「子供の頃の夢か
とてもじゃないが、俺は言えないな」
高野さんが、私は何も言っていないのにこっちから話を始めたかのような口ぶりで、なにやら話を始めた
言えないな、と言いつつ聞かれる気満々なところが非常に鬱陶しい
ここで「無理に言わなくていいですよ」などと突き放せば、間違いなく私が聞くまで「言えない夢だったよ」とかなんとかわざとらしく呟くことだろう
話を聞くのも面倒だけど、アピールはうざいことこの上ないので仕方なく聞く
「どんな夢だったんですか?」
「いやいや、さすがに無理よ
他人に話せる内容じゃないって
引くよ?
絶対に引くよ?」
うわ面倒くさ
聞いてほしいなら素直に話し始めてくれないかな
どうせくっだらない内容なんだからさ
さっさと話を終わらせてほしい
「大丈夫ですよ
もとから引いてますから」
「あっはっはっは
辛辣だなぁ」
こういう時はバカみたいな冗談を混ぜることで高野さんは気分が良くなって、すぐに本題に入るのだ
「じゃあ本当に引かないでよ?
俺の子供の頃の夢
11歳くらいの時なんだけどな、漫画のヒロインと結婚することが夢だったんだ」
引いた
何がって、ヒロインとの結婚を目指すこと自体に引いたわけじゃない
それ単体でもなかなかとは思うけど、まあそういう話は聞く
そこまで激レアなものじゃないから、そういう人はいるよね、と思える
問題は目指した年齢だ
小学校高学年
もっと小さい子どもなら、可愛いねで済む
もう少し歳が上がったら、思春期特有の錯綜かなとか、大人でも、まあ現実をわかった上で、あえて気を紛らわせるために言ってるのかな、とか思う
しかし小学校高学年
世の中というものをちょっとは理解している年齢
低い年齢の無邪気な結婚する発言からは卒業しているはず
かといってもう少し上の年齢の、あの現実逃避気味の架空キャラへの恋へ至るには、まだ早すぎる
高野さんはいったいどんな心でその夢を得るに至ったのだろう
それを考えると、うわぁ、引く
「あの、引かないって言ったじゃん
ていうかその顔、マジの表情だな」
顔に出てたらしい
「あー、ええと、心の中でちょっとオエッてなりました」
「心がえずいたの?
なんか、ごめん
そんなに気持ち悪かった?」
「私からは、あまり他人に話さないほうがいいんじゃないか、とだけ……」
その後、高野さんは「やっちまった」みたいな顔をしてトボトボ歩き始めたけど、私にはどうすることもできなかった
そして、高野さんに引いていたのでどうにかしたいとも思わなかった
むしろ、冷徹かもしれないけど、これに懲りてうざ絡みをやめて欲しいとさえ思った
そして次の日
「あー、信じられないよなぁ
あれは信じられないって」
高野さんは相変わらずうざいアピールをしている
この人は、懲りるとか、反省するとか、学習するとか、そういう言葉を知らないのかな?
私は傭兵をやっている
人類の敵たる機獣を討伐したり、町の防衛、護衛任務、配達など、戦闘行為の発生する可能性がある様々な仕事を行うのだ
まったく覚えていないが、どうやら私はいつの間にか護衛の依頼を受け、達成していたらしい
知らない報酬が振り込まれていると思っていたら、仕事仲間が教えてくれた
ただ、仲間は詳しいことは知らないらしく、彼によると私は、きな臭いものではない正規の依頼だが、極秘のため、仕事に関する記憶を消去する必要があると言っていたらしい
たまにそういった依頼はあるが、私はそれに参加していたわけだ
ここ一ヶ月の記憶が不自然に抜け落ちているのはそのせいだろう
依頼内容は気になるが、護衛対象の安全のために記憶を消去されたのだろうから、好奇心は頭から追いやったほうがいい
それから少し経って、私を直接指名してきたある依頼を受けることとなった
指定の場所へ行くと、スーツを着た壮年の男性がすでに待っていた
場所の特定を避けるためだろう
挨拶もほどほどに、待ち合わせの場所から複雑な順路、手順をもって目的地へ向かう
依頼主は脅威から隠れているのだ
たどり着いたのは、きれいに整った地下基地だった
「依頼を受けてくださりありがとうございます
どうしてもあなたがいいとおっしゃるので」
「ご依頼主が、ですか?」
「ええ
一ヶ月と少し前、あなたが護衛をした方です
と言っても、記憶にないでしょうが」
ああ
機密保持で記憶を消去したらしい依頼か
リピーターになってくれたならありがたい
「私の仕事内容に満足いただけたなら、光栄です」
「ああいえ、仕事内容はもちろんなのですが、その
お嬢様は、あなた自身をたいへん気に入られて、できればまた会いたいと」
「私に?」
どうやら、私は依頼主に気に入られるようなことをしでかしたらしい
仕事に私情は挟まないように、最低限のことしかしないようにしているはずだが、当時の私は何をしたんだ?
「覚えてらっしゃらないでしょうが、あなたはお嬢様の親代わりのようになっていましたよ」
めまいがしそうだった
何を考えていたんだ、記憶から消えた私は
思い切り一線を越えている
しかも自分の記憶が消えるのに、その子と絆を育むなどと、狂っていたのか?
「致し方ありません
お嬢様は、天涯孤独の身で、さらに当時は心を固く閉ざしていましたから
あなたも放っておけなかったのでしょう
しかし、おかげでお嬢様は穏やかになられました」
心を閉ざす、か
依頼が来た時に聞いた話だと、人類を脅かす機獣を操るマザーブレインを破壊する能力を持つ機械を体に埋め込まれているらしいな
さらに、マザーブレインに特定距離近づけば、居場所も割り出せる、と
だからすべての機獣から狙われている
そんな緊張状態で過ごせば、そうなるか
「前回は、マザーブレインの位置を探って外へ出た際、ある機獣グループにこちらの位置がバレてしまい、緊急措置としてあなたに護衛をしていただきました
しかし、おかげでマザーブレインの居場所が判明
すでにお伝えしました通り、今回あなたには、お嬢様をマザーブレインのいる、PCセブン44研究所跡地まで護衛していただきたいのです」
機獣の脅威を永遠に消し去る重要な任務だ
失敗すれば人は機獣に怯えて暮らし続けることとなる
私の腕が役に立つのなら、行こう
機獣の目を誤魔化すため、少数精鋭で行うらしいが、必ず成功させる
そして、任務が始まった
「あの、メイさん」
依頼主の少女が恐る恐る話しかけてきた
「どうした?」
「お母さんって呼んでいいですか?」
「構わないよ
前は、そう呼んでくれたのだろう?
敬語も不要だ」
私がそう言うと、依頼主……エレナは安心したように笑った
「よろしくね、お母さん」
「ああ、必ず守るから安心するといい」
おかしい
いくらなんでも順調すぎる
研究所についたが、敵に見つからず、マザーブレイン手前まで来てしまった
それに、最奥部だというのに、機獣が一体もいないというのは不自然だ
そんなことを考えていたら、背後で扉が閉まり、ロックがかけられた
罠だ
次々とマザーブレインのいるであろう部屋から、機獣の群れが出てくる
非常にまずい
応戦するも、仲間たちは倒れていく
私も含めサイボーグで構成されているため、即死はせず、戦闘不能になっているだけだが、もともと数が少ないため、敵に余裕ができ、とどめを刺され始めるのも時間の問題だろう
せめてエレナだけでも死守し、逃さねば
そう思った直後、奴らは私を倒せばエレナの守りが手薄になると判断したのだろう、一斉攻撃を始めた
ダメだ、耐えきれない……!
エレナの悲鳴が聞こえ、すぐ私に駆け寄った
「お母さん!」
「エレナ、逃げろ
私はもう動けない
他の仲間も、恐らくもうじき倒れるだろう」
「嫌だ!
お願いだから、死なないで
もう、私を置いてどこにも行かないで!」
もう置いて行かないで、か
記憶を消去した時のことだろう
願いを叶えてやりたいが、無理だな
「君を失うわけにはいかないんだ
言うことを聞いてほしい」
「絶対に離れない!」
強情な子だな
以前の私は、どれだけこの子に好かれるようなことをしたんだ
完全にこの子の足かせじゃないか
私が記憶にないことで罪悪感を感じていると、エレナが両手を前に突き出した
「私、頑張るから
だから、死なないで!」
エレナが言った瞬間、私の体の機械部分の出力が上がった
これは……なんだ?
まさかこの子は、マザーブレインの破壊だけじゃない
サイボーグなどにも使われる、バイオマシンの潜在能力を引き出す力があるのか?
倒れた仲間たちが次々立ち上がる
おそらく、マザーブレインを破壊する機械に搭載された本来の機能とは、この能力のことだ
きっと、マザーブレインの能力限界を突破させることで負担を増やし、自壊させるのだろう
それを今、負荷にならない程度に調整し、私達の力を強化してみせたのだ
「調整が大変だから、私、たくさん練習したんだよ
お母さんが教えてくれたこの力を
危ないから練習して、本当に危険な時にだけ使いなさいって言ってた、この力を」
「私だったのか……エレナに教えたのは
よく頑張ったな、偉いよ
あとは任せてくれ」
戦況をひっくり返すには充分だった
私達は攻勢を強め、戦う
その場にいる機獣を全滅させるのに、そう時間はかからなかった
私達は勝利したのだ
エレナとともに最奥部へ入り、マザーブレインのもとへついにたどり着く
心臓のような形で、鼓動を繰り返すその機械
人類を脅かす敵のコア
エレナは冷静に、マザーブレインの能力を限界突破させ……
鼓動が早くなったと思ったら、マザーブレインは内部でバチン!という音を出し、機能を完全停止させた
こうして、人類最大の脅威は排除されたのだった
私はその後、自由を手に入れたエレナと正式に親子となり、危険な傭兵稼業も引退した
今は飲食店を開いている
エレナを守ってきた仲間たちも、やることがなくなったとかで、従業員として働いている
評判は上々
エレナも、学校へ通い始め、楽しくやっているらしい
まさか、こんな人生になるとは思っていなかったが、娘ができて、傭兵時代よりも充実していると感じている
だがきっと、エレナに危機が迫るようなことが起きたら、私は迷わず力を振るうだろうな
そうならないことを願いながら、私は今日も料理する
我々は必死で君の背中を追っている
だが全く君を捕えることができない
いい加減、捕まってはくれまいか
利己的義賊と称し、黒狐と名乗る君の主張は、はっきり言って無茶苦茶だと思う
悪どい方法で富を得た者たちから金品を奪い、貧しい人々に配って回るなら、よくないことではあるが理解はできるし、厳罰に処さなくてもいいだろうと思えた
しかし黒狐
君は悪人からせしめた金品を、自分の贅沢に使うと宣言したな
君曰く、贅沢することで経済を回し、最終的に貧しい人々に与えている、とのことだが
流石に自分に都合が良すぎないか?
利己的義賊とはよく言ったものだ
これでは普通の泥棒だと思うのだが、どうだろう
なんてことを追跡の途中、機会があったので問いかけてみたわけだが、君はこんな返答をしたな
「考えが浅いな
盗んだ金をそのまま渡したらどうなる?
違法な金を彼らは喜んで使うと思うか?
間違いなく、然るべきところへ返してしまうだろう
ゆえに私はその金で個人的な買い物をする
私が贅沢して使った金が、貧しい者が働いている店の、労働者たちの給金として還元されるのだ
私は生活苦ではないような人間しか働いていないような、高級な店で金を使ったことは一度もない!」
堂々と言い放った時は、正直呆れたが、一理あるとも考えてしまったことが悔しい
ともかく、君には君の正義があるのだろうが、なんだか言っていることとやっていることが歪んでいる気がしてならない
自分が旨味を最大限吸おうとするのはいかがなものか
義賊なら義賊らしく、利益を考えず貧しい人々のために粉骨砕身で働くべきではないか?
いや、我々は犯罪に対してそんなことを言うような立場ではないが
「私は義賊稼業で忙しく、合法的な仕事に就く暇などない
ゆえに盗みで利益を得ねば生活できないのだ
私は貧しい人々を助けている
非合法な方法で金を頂いてもバチは当たらないだろう」
バチが当たるかどうかは知らないが、我々に捕まれば重い罰は受けるだろうな
まぁ賊というのは、盗みに適している時を狙わねばならないから、別の仕事ができないというのはわかる
ただ、わかるだけで盗賊行為が許されるとは思っていないのでこうして追いかけている、ということは言っておこう
まともな職について働け
もう遅いけども
「ともかく、私はいいことをしながらちょっとだけ贅沢もしたいんだ
そんな私を一体誰が責められるというのか」
我々と法の番人が責めるだろうな
あと、義賊としては非常にがっかりなセリフだよそれは
そんな君に毎度毎度逃げられる我々も情けないわけだがな
しかし、君の実力が凄まじいのは確かだが、我々だって罪人を捕えることを生業にしている存在
いつまでも負けっぱなしではいられない
必ず君を捕まえてみせる
「そんなことをしたら私の人生が終わるだろう
忖度しろ
私を追いかけるフリだけして、適当にサボってくれ」
黒狐、君が義賊を名乗るのは、なんだか無理がある気がするよ
あの人が私をどう思っているか、花占いをしよう
好き、嫌い、好き、嫌い……
ん?
ちょっと待った
好きか嫌いかなんて極端すぎない?
好きじゃなければ嫌いとか、嫌いじゃなければ好きとか、人間そんな単純じゃないでしょ
ということは
好き、嫌い、興味ない、好き、嫌い、興味ない
いやこれもおかしい
好きでも嫌いでもなければ興味ないって
それもそれで極端すぎないかな?
ということはどうすればいいのか
好き、嫌い、興味ない、興味ないことはないけど好きではない、好き、嫌い、興味ない、興味ないことはないけど好きではない
うーん、好意的な方に偏っているような
これじゃあ正確じゃないか
どうしようかな
好き、嫌い、興味ない、興味ないことはないけど好きではない、あんまり近づきたくないけど嫌いまではいかない、好き、嫌い、興味ない、興味ないことはないけど好きではない、あんまり近づきたくないけど嫌いまではいかない
いや、人の心はこんな五つのカテゴリーで分けられるほど単純じゃないよ
もっと正確に、細分化しないと
あれとこれと、それから……
ダメだ、花びらの数が足りなくなった
だいたい花占いって何?
そんなもので相手の心がわかるわけがないでしょ
こんなことをしても時間の無駄
くだらないことをしてないで、さっさと自分の気持ちをぶつけてこよう
「雨の香り、涙の跡」
雨の香りがまだ残る濡れた地面は、天が流した涙の跡のよう
何か悲しい出来事でもあったのか?
しかし雨が上がったということは、泣きやんだのだろう
今は、代わりに俺が泣いている
心は雨模様だ
悲しい出来事があった
かなり心に来るものがある
なんでこんなことになったのか、と思わずにはいられない
もしかしたら、天が涙したのも俺と同じ理由なのではないか、と錯覚するほどだ
前を向いて進もうと思うが、ショックが大きすぎる
水たまりに疲れ果てた自分の顔が映りこむ
まさか自分がここまで愛着を持っていたとは知らなかったな
しばらく立ち直れそうもない
俺の中の雨はいつまで降り続けるのだろう
彼を失った俺の心の傷は深い
……
「有給取るのに、わざわざこんな詩を送ってこなくても大丈夫だよ?」
「休む理由としては、ちょっと自信がなかったので、ひと押しが欲しくて」
「でもこれで有給取るって、よっぽど悲しかったんだね」
「はい」
「私もちょっとショックだったけどね
推しキャラだったから」
「まさか最終章の途中であんな死に方するとは思わなかったです」
「で、もう大丈夫なの?」
「なんとか、仕事をできる程度には回復しました」
「まぁ、あんまり漫画のキャラに入れ込み過ぎないようにね」
「面目ないです」