私は傭兵をやっている
人類の敵たる機獣を討伐したり、町の防衛、護衛任務、配達など、戦闘行為の発生する可能性がある様々な仕事を行うのだ
まったく覚えていないが、どうやら私はいつの間にか護衛の依頼を受け、達成していたらしい
知らない報酬が振り込まれていると思っていたら、仕事仲間が教えてくれた
ただ、仲間は詳しいことは知らないらしく、彼によると私は、きな臭いものではない正規の依頼だが、極秘のため、仕事に関する記憶を消去する必要があると言っていたらしい
たまにそういった依頼はあるが、私はそれに参加していたわけだ
ここ一ヶ月の記憶が不自然に抜け落ちているのはそのせいだろう
依頼内容は気になるが、護衛対象の安全のために記憶を消去されたのだろうから、好奇心は頭から追いやったほうがいい
それから少し経って、私を直接指名してきたある依頼を受けることとなった
指定の場所へ行くと、スーツを着た壮年の男性がすでに待っていた
場所の特定を避けるためだろう
挨拶もほどほどに、待ち合わせの場所から複雑な順路、手順をもって目的地へ向かう
依頼主は脅威から隠れているのだ
たどり着いたのは、きれいに整った地下基地だった
「依頼を受けてくださりありがとうございます
どうしてもあなたがいいとおっしゃるので」
「ご依頼主が、ですか?」
「ええ
一ヶ月と少し前、あなたが護衛をした方です
と言っても、記憶にないでしょうが」
ああ
機密保持で記憶を消去したらしい依頼か
リピーターになってくれたならありがたい
「私の仕事内容に満足いただけたなら、光栄です」
「ああいえ、仕事内容はもちろんなのですが、その
お嬢様は、あなた自身をたいへん気に入られて、できればまた会いたいと」
「私に?」
どうやら、私は依頼主に気に入られるようなことをしでかしたらしい
仕事に私情は挟まないように、最低限のことしかしないようにしているはずだが、当時の私は何をしたんだ?
「覚えてらっしゃらないでしょうが、あなたはお嬢様の親代わりのようになっていましたよ」
めまいがしそうだった
何を考えていたんだ、記憶から消えた私は
思い切り一線を越えている
しかも自分の記憶が消えるのに、その子と絆を育むなどと、狂っていたのか?
「致し方ありません
お嬢様は、天涯孤独の身で、さらに当時は心を固く閉ざしていましたから
あなたも放っておけなかったのでしょう
しかし、おかげでお嬢様は穏やかになられました」
心を閉ざす、か
依頼が来た時に聞いた話だと、人類を脅かす機獣を操るマザーブレインを破壊する能力を持つ機械を体に埋め込まれているらしいな
さらに、マザーブレインに特定距離近づけば、居場所も割り出せる、と
だからすべての機獣から狙われている
そんな緊張状態で過ごせば、そうなるか
「前回は、マザーブレインの位置を探って外へ出た際、ある機獣グループにこちらの位置がバレてしまい、緊急措置としてあなたに護衛をしていただきました
しかし、おかげでマザーブレインの居場所が判明
すでにお伝えしました通り、今回あなたには、お嬢様をマザーブレインのいる、PCセブン44研究所跡地まで護衛していただきたいのです」
機獣の脅威を永遠に消し去る重要な任務だ
失敗すれば人は機獣に怯えて暮らし続けることとなる
私の腕が役に立つのなら、行こう
機獣の目を誤魔化すため、少数精鋭で行うらしいが、必ず成功させる
そして、任務が始まった
「あの、メイさん」
依頼主の少女が恐る恐る話しかけてきた
「どうした?」
「お母さんって呼んでいいですか?」
「構わないよ
前は、そう呼んでくれたのだろう?
敬語も不要だ」
私がそう言うと、依頼主……エレナは安心したように笑った
「よろしくね、お母さん」
「ああ、必ず守るから安心するといい」
おかしい
いくらなんでも順調すぎる
研究所についたが、敵に見つからず、マザーブレイン手前まで来てしまった
それに、最奥部だというのに、機獣が一体もいないというのは不自然だ
そんなことを考えていたら、背後で扉が閉まり、ロックがかけられた
罠だ
次々とマザーブレインのいるであろう部屋から、機獣の群れが出てくる
非常にまずい
応戦するも、仲間たちは倒れていく
私も含めサイボーグで構成されているため、即死はせず、戦闘不能になっているだけだが、もともと数が少ないため、敵に余裕ができ、とどめを刺され始めるのも時間の問題だろう
せめてエレナだけでも死守し、逃さねば
そう思った直後、奴らは私を倒せばエレナの守りが手薄になると判断したのだろう、一斉攻撃を始めた
ダメだ、耐えきれない……!
エレナの悲鳴が聞こえ、すぐ私に駆け寄った
「お母さん!」
「エレナ、逃げろ
私はもう動けない
他の仲間も、恐らくもうじき倒れるだろう」
「嫌だ!
お願いだから、死なないで
もう、私を置いてどこにも行かないで!」
もう置いて行かないで、か
記憶を消去した時のことだろう
願いを叶えてやりたいが、無理だな
「君を失うわけにはいかないんだ
言うことを聞いてほしい」
「絶対に離れない!」
強情な子だな
以前の私は、どれだけこの子に好かれるようなことをしたんだ
完全にこの子の足かせじゃないか
私が記憶にないことで罪悪感を感じていると、エレナが両手を前に突き出した
「私、頑張るから
だから、死なないで!」
エレナが言った瞬間、私の体の機械部分の出力が上がった
これは……なんだ?
まさかこの子は、マザーブレインの破壊だけじゃない
サイボーグなどにも使われる、バイオマシンの潜在能力を引き出す力があるのか?
倒れた仲間たちが次々立ち上がる
おそらく、マザーブレインを破壊する機械に搭載された本来の機能とは、この能力のことだ
きっと、マザーブレインの能力限界を突破させることで負担を増やし、自壊させるのだろう
それを今、負荷にならない程度に調整し、私達の力を強化してみせたのだ
「調整が大変だから、私、たくさん練習したんだよ
お母さんが教えてくれたこの力を
危ないから練習して、本当に危険な時にだけ使いなさいって言ってた、この力を」
「私だったのか……エレナに教えたのは
よく頑張ったな、偉いよ
あとは任せてくれ」
戦況をひっくり返すには充分だった
私達は攻勢を強め、戦う
その場にいる機獣を全滅させるのに、そう時間はかからなかった
私達は勝利したのだ
エレナとともに最奥部へ入り、マザーブレインのもとへついにたどり着く
心臓のような形で、鼓動を繰り返すその機械
人類を脅かす敵のコア
エレナは冷静に、マザーブレインの能力を限界突破させ……
鼓動が早くなったと思ったら、マザーブレインは内部でバチン!という音を出し、機能を完全停止させた
こうして、人類最大の脅威は排除されたのだった
私はその後、自由を手に入れたエレナと正式に親子となり、危険な傭兵稼業も引退した
今は飲食店を開いている
エレナを守ってきた仲間たちも、やることがなくなったとかで、従業員として働いている
評判は上々
エレナも、学校へ通い始め、楽しくやっているらしい
まさか、こんな人生になるとは思っていなかったが、娘ができて、傭兵時代よりも充実していると感じている
だがきっと、エレナに危機が迫るようなことが起きたら、私は迷わず力を振るうだろうな
そうならないことを願いながら、私は今日も料理する
6/22/2025, 11:59:09 AM