我々は必死で君の背中を追っている
だが全く君を捕えることができない
いい加減、捕まってはくれまいか
利己的義賊と称し、黒狐と名乗る君の主張は、はっきり言って無茶苦茶だと思う
悪どい方法で富を得た者たちから金品を奪い、貧しい人々に配って回るなら、よくないことではあるが理解はできるし、厳罰に処さなくてもいいだろうと思えた
しかし黒狐
君は悪人からせしめた金品を、自分の贅沢に使うと宣言したな
君曰く、贅沢することで経済を回し、最終的に貧しい人々に与えている、とのことだが
流石に自分に都合が良すぎないか?
利己的義賊とはよく言ったものだ
これでは普通の泥棒だと思うのだが、どうだろう
なんてことを追跡の途中、機会があったので問いかけてみたわけだが、君はこんな返答をしたな
「考えが浅いな
盗んだ金をそのまま渡したらどうなる?
違法な金を彼らは喜んで使うと思うか?
間違いなく、然るべきところへ返してしまうだろう
ゆえに私はその金で個人的な買い物をする
私が贅沢して使った金が、貧しい者が働いている店の、労働者たちの給金として還元されるのだ
私は生活苦ではないような人間しか働いていないような、高級な店で金を使ったことは一度もない!」
堂々と言い放った時は、正直呆れたが、一理あるとも考えてしまったことが悔しい
ともかく、君には君の正義があるのだろうが、なんだか言っていることとやっていることが歪んでいる気がしてならない
自分が旨味を最大限吸おうとするのはいかがなものか
義賊なら義賊らしく、利益を考えず貧しい人々のために粉骨砕身で働くべきではないか?
いや、我々は犯罪に対してそんなことを言うような立場ではないが
「私は義賊稼業で忙しく、合法的な仕事に就く暇などない
ゆえに盗みで利益を得ねば生活できないのだ
私は貧しい人々を助けている
非合法な方法で金を頂いてもバチは当たらないだろう」
バチが当たるかどうかは知らないが、我々に捕まれば重い罰は受けるだろうな
まぁ賊というのは、盗みに適している時を狙わねばならないから、別の仕事ができないというのはわかる
ただ、わかるだけで盗賊行為が許されるとは思っていないのでこうして追いかけている、ということは言っておこう
まともな職について働け
もう遅いけども
「ともかく、私はいいことをしながらちょっとだけ贅沢もしたいんだ
そんな私を一体誰が責められるというのか」
我々と法の番人が責めるだろうな
あと、義賊としては非常にがっかりなセリフだよそれは
そんな君に毎度毎度逃げられる我々も情けないわけだがな
しかし、君の実力が凄まじいのは確かだが、我々だって罪人を捕えることを生業にしている存在
いつまでも負けっぱなしではいられない
必ず君を捕まえてみせる
「そんなことをしたら私の人生が終わるだろう
忖度しろ
私を追いかけるフリだけして、適当にサボってくれ」
黒狐、君が義賊を名乗るのは、なんだか無理がある気がするよ
あの人が私をどう思っているか、花占いをしよう
好き、嫌い、好き、嫌い……
ん?
ちょっと待った
好きか嫌いかなんて極端すぎない?
好きじゃなければ嫌いとか、嫌いじゃなければ好きとか、人間そんな単純じゃないでしょ
ということは
好き、嫌い、興味ない、好き、嫌い、興味ない
いやこれもおかしい
好きでも嫌いでもなければ興味ないって
それもそれで極端すぎないかな?
ということはどうすればいいのか
好き、嫌い、興味ない、興味ないことはないけど好きではない、好き、嫌い、興味ない、興味ないことはないけど好きではない
うーん、好意的な方に偏っているような
これじゃあ正確じゃないか
どうしようかな
好き、嫌い、興味ない、興味ないことはないけど好きではない、あんまり近づきたくないけど嫌いまではいかない、好き、嫌い、興味ない、興味ないことはないけど好きではない、あんまり近づきたくないけど嫌いまではいかない
いや、人の心はこんな五つのカテゴリーで分けられるほど単純じゃないよ
もっと正確に、細分化しないと
あれとこれと、それから……
ダメだ、花びらの数が足りなくなった
だいたい花占いって何?
そんなもので相手の心がわかるわけがないでしょ
こんなことをしても時間の無駄
くだらないことをしてないで、さっさと自分の気持ちをぶつけてこよう
「雨の香り、涙の跡」
雨の香りがまだ残る濡れた地面は、天が流した涙の跡のよう
何か悲しい出来事でもあったのか?
しかし雨が上がったということは、泣きやんだのだろう
今は、代わりに俺が泣いている
心は雨模様だ
悲しい出来事があった
かなり心に来るものがある
なんでこんなことになったのか、と思わずにはいられない
もしかしたら、天が涙したのも俺と同じ理由なのではないか、と錯覚するほどだ
前を向いて進もうと思うが、ショックが大きすぎる
水たまりに疲れ果てた自分の顔が映りこむ
まさか自分がここまで愛着を持っていたとは知らなかったな
しばらく立ち直れそうもない
俺の中の雨はいつまで降り続けるのだろう
彼を失った俺の心の傷は深い
……
「有給取るのに、わざわざこんな詩を送ってこなくても大丈夫だよ?」
「休む理由としては、ちょっと自信がなかったので、ひと押しが欲しくて」
「でもこれで有給取るって、よっぽど悲しかったんだね」
「はい」
「私もちょっとショックだったけどね
推しキャラだったから」
「まさか最終章の途中であんな死に方するとは思わなかったです」
「で、もう大丈夫なの?」
「なんとか、仕事をできる程度には回復しました」
「まぁ、あんまり漫画のキャラに入れ込み過ぎないようにね」
「面目ないです」
運命の赤い糸
愛し合う二人の繋がりを例えた言葉
だけど、私たちは運命の黒い糸で繋がっている
私はあいつを利用し、あいつは私を利用する
私たちは利害が一致している限り、お互いを絶対に裏切らない
関係性が明確な分、下手な愛や友情なんかよりも圧倒的に信頼できる
そもそも、曖昧で、知らない内に移り変わるような心なんてものを信頼するなんて、リスクが大きすぎる
相手がいつ裏切るか、もしくは、いつ相手が私に裏切られたと思い込むか、わかったものではない
なら、利益で動く相手と、利益のみの関係を持つほうが安心できる
そう、相手は利益で動く存在
そう思っていたのに
恋人ができたそうだ
あいつは今の仕事から足を洗うと宣言し、私の前から姿を消した
追うこともできるけど、無駄なのでしなかった
それに、相手が利益ではなく気持ちで動くようになったら、私はそんなやつを信頼できない
また利害の合う、心で動かない相手を探さないと
でも、あいつは幸せそうだったな
私は今、幸せなのだろうか
もう、幸せだとか、嬉しいだとか、そんな感情はわからなくなってしまった
いつからだろう、こんなふうになったのは
そんなことが頭を巡って、気づいたら涙を流していた
そうだ、思い出した
私は、本当はこんなことをしたかったわけじゃない
いつの間にか忘れていたけど、私だって、心で信頼できる相手が欲しかったんだ
でも、他人を信頼して生きていけるような環境じゃなかった
だから、自分の利用価値で相手を判断し、信頼するようになった
私はどうするべきだったのだろう
私は、今からでもやり直せるのだろうか
失くした感情を取り戻せるのだろうか
そんなことを考えていたら、私の中で何かが少しずつ変わり始めた
やっぱり、このままでいるのは嫌だ
私はこの黒い糸を断ち切って、光の射す方へ歩いていきたい
私自身を変えるために、一歩を踏み出す
恋人ができたあいつにも可能なことなら、私にだってできるはず
魔王が勇者の私に勝とうと頑張ってる
戦士を育成し、作戦を練って私に強力な部下たちを差し向けてくる
私はビンタ一発で魔王軍を戦闘不能にしていく
勇者たる私の右手にかかれば、彼らがいかに強くても、一撃のもとに沈めることができてしまう
魔王軍は私の敵ではなかった
にもかかわらず、魔王軍は己を鍛え、作戦を練り直し、私に立ち向かう
そんなことをしても、私には届かないのに
相変わらず魔王軍は向かってくる
飽きもせず、来る日も来る日も私に挑み、ビンタされ、ボロボロになって帰っていく
これだけ負け続けているのに、よく諦めないものだ
その点だけは評価できる
ただ、諦めてくれたほうが、お互いにとって有益なのではないかと思うが
ある時、私は魔王軍がどのようなモチベーションで戦っているのか気になったので、バレないように魔王城へお邪魔することにした
私は潜入も得意なのだ
作戦室らしき場所を覗いてみると、魔王を始め、魔族たちが多く参加していた
彼らは立場に関係なく、積極的に発言し、意見をぶつけ合い、議論している
その姿はとても楽しそうで……私は孤独感が溢れそうになった
私は昔からひとりだった
子供の頃から、私の能力は高すぎたのだ
何をやっても一番
周りは私に決して追いつけない
圧倒的すぎて、友達はできなかった
嫌われたわけではない
おそらく、自分たちでは手の届かない大物だと思われたのだろう
それは今も変わらない
私の圧倒的な力を前に、ともに戦おうと考える者などいるだろうか?
すべて私だけいれば済むというのに?
いるはずがないのだ
私は、魔王軍を羨ましく思った
私も、あの中に入りたい
そんな願いは届かないのに、望んでしまう
今わかった
彼らは私に勝つために、仲間と顔を突き合わせて作戦を練るのが楽しいのだ
だから何度負けても私に挑む
きっと、勝敗よりもこの過程を楽しんでいる
ある日、私の弟子になりたいという者たちが現れた
わざわざ私に師事しようとは、変わった者がいるものだ
だが悪い気はしないし、断る理由もないので、弟子にとることにした
彼らは飲み込みが早く、実践レベルにまで成長するのに、そう時間はかからなかった
ならば、私の代わりに魔王軍と戦ってもらうのもいいだろう
いつも負けっぱなしの魔王軍にも、少しは接戦を体験させてやる
弟子とともに作戦などを立てるのは楽しかった
これこそ、私が憧れていたものだったのだ
それ以来、私は前線から退き、戦闘指揮に徹することにした
魔王軍と私の弟子たちは、まさに互角
お互い、勝ちも負けも何度も味わった
魔王軍は以前より楽しそうに戦っており、私の弟子たちも魔王軍に刺激を受けたようだ
実に生き生きとしながら作戦を練り、戦っている
私も、感じたことのない楽しさに心を満たされていた
私では手が届かないと思っていた願い
しかし、弟子たちによって願いは叶い、弟子たちと魔王軍のおかげで充実した日々を送っている
私は、この楽しい毎日を大切にしていきたい
こんな毎日をくれた弟子たちと魔王軍に、感謝をしよう