恋人が「君だけのメロディ」とかいう自作の歌を引っ提げてきた
どうやら私へ贈ろうと作ってきたようだ
私のために頑張ってくれたんだろうなとは思う
けど、あの
正直、かなり痛々しいと思います
なにがって、大して音楽に明るくないのに歌をプレゼントするところとか
あと、作詞作曲歌唱、そのどれをとってもかなり微妙
いや、作曲は知識や経験がないと難しいだろうから当然としても、作詞と歌唱は素人にしてもなかなかの下手さ
どうしてそんな状態でこれを贈り物にしようとしてしまったのか
それから、作曲って言ったけど、もちろん恋人は楽器なんて弾けないし、楽譜なんて読めないし書けないので、アカペラ
つまり歌の部分だけメロディを付けたということ
本当に、どうしてこれを贈り物にしようなどと無謀な考えに至ったのか
勢いで乗り切るつもりなのか
そして、今日は記念日でも何でもない
私の誕生日でも、恋人の誕生日でも、付き合い始めた日でもない、ごく普通の日だ
そんな日に唐突に、謎の歌を披露した
意味不明
もう本当に、この人は本当に……
あんまりにも面白すぎない?
普通こんなわけのわからないことをして笑わせてくれる恋人なんていないよ?
なんでこう、いっつも私を楽しませてくれるかな
この前だって、あ、ダメだ、思い出し笑いしそう
とにかく、フフ、これは最近の中でも最高の部類
私のツボを的確に突いてくる
恐ろしいことにこの人、天然じゃないんだよ
確実に私を笑わせるため、計画的にやってるからね
なんでこんな完成度の低い歌を贈り物にしようと思ったかって?
私を笑いの渦に飲み込ませるために決まっている
この人のせいで、もう他の人と付き合える気がしない
まあ、私から別れを切り出すことなんて絶対にないだろうけど
この人抜きの生活になったら死ぬほど退屈になりそうなくらい、なくてはならない人になってしまった
私をこんなヤバい状態にするなんて、ひどい人だよ
とりあえず、「君だけのメロディ」をもう一度歌ってもらおう
最低一週間は笑えそう
I love fossils!(私は化石を愛している!)
とたまに叫びたくなるほど、私は化石が好きだ
自分でもいくつか持っているし、博物館などへ見るに行くこともけっこうある
流石に持っている化石は安いものばかりで、博物館もほとんどレプリカではあるが、ともかく、私の化石愛は強い
そんな感じなので、本物が展示される場合の多い特別展やイベントには嬉々として見に行く
しかし、勘違いしてほしくないことがある
私の興味の対象はあくまで化石なのだ
そう、化石
古生物ではない
その化石がティラノサウルスのもので、生前はこんな生態で、この個体がどのように死んだのかとか、そんなことは正直、どうでもいい
ただ、化石を愛しているのだ
私のような人間も珍しいだろう
だいたいの化石好きは、化石そのものも好きだろうけど、なにより化石のもととなる古生物が好きなはずだ
私は違う
なぜ化石のみを好きになったのか
その理由だが、考えてみてほしい
化石というのは、もととなった生物はすでに死んでいる
いや、それどころか体そのものは全く残っていないのだ
それが、体の痕跡に流れ込んだ鉱物が固まることで、骨格を形成する
言うなれば、偽物の体だ
そこから生前の姿を知ることができたりするわけだ
本物ではないもので生前の姿や生態を研究できる
生前の姿に興味はないが、これはすごいことだと思う
そう、化石は本物を知れるすごい偽物なのだ
そもそも古生物には興味のなかった私だが、こうしたことから、化石だけは好きになった
古生物の生態に繋がるから好きなのに、古生物自体には興味がないという、見方によっては歪んだ愛かもしれない
しかし、楽しみ方や好みは人それぞれだろう
たまたま私の好みが珍しいだけで、なにもおかしいことはない、と自分では思っている
うるさい雨音に包まれて、俺は地面に倒れている
なにも大雨の降る嫌な日にこんなことが起こらなくてもいいじゃないか
たぶん、俺が壊滅させた組織の残党かなんかだろうな
俺を刺し、ボスの仇をとってやったとか言って、立ち去ろうとしたところを、滑って頭をどっかに打ち付けて死にやがった
俺を刺しといてそんなドジな死に方するなよ
自分が殺した相手より先に死ぬって、なんの冗談だ
俺の傷はどうやらすぐ死ぬような傷ではないらしく、死はまだ遠いようで、痛みだけが続く
これが雨の日の深夜、人気のない道じゃなけりゃ、誰かが救急車を呼んでくれたのだろうが、期待はできんな
あーあ
世のため人のためとはいえ……相手が犯罪組織とはいえ、たくさん殺してきたからな
いつかこうなるんじゃないかと思ってたよ
でも、俺だってやりたくてこの仕事をやってたわけじゃない
ガキの頃に両親が死んで、引き取り手もなく、故郷の町じゃ児童養護施設もない
そもそも町が腐敗していたから、俺みたいなのは死ぬか、ゴミ漁ったりして死なないようにするか、非合法な後ろ暗い仕事をして生きるかしかない
そして俺は非合法な仕事を選んだ
生きるために悪事に手を染めたわけだ
で、そんな中、俺に仕事をさせていた組織を壊滅させた今の組織に拾われて、犯罪組織を潰す仕事をやらされたわけだ
俺の組織は、平和を守る存在ではあるが、正義の組織じゃない
俺には、今の組織に入るか、犯罪組織の末端として始末されるかの選択肢しか提示されなかった
迷うことさえ許されない内容だ
俺は前者を選び訓練を受け、正式な構成員となって仕事に励み、今ではトップクラスの実力を持つとまで言われるようになった
ひどい組織ではあるが、多くの人から感謝はされていたんだ
俺自身も
だがその結果がこれとはね
つくづく報われない人生だぜ
ま、なかにはムカつく奴もいたが、同僚がだいたい気のいい連中だったのは、ありがたかった
連中とつるむのは、なんだかんだ楽しかったもんな
あいつらと別れるのは名残惜しいぜ
はぁ、けどもういいか
俺は充分頑張ったよな
そろそろ休んでも、文句は言われないだろ
心残りがあるとすれば、引退した先輩から貰ったいいワインを飲めなかったことか
と思ったが、俺は酒の味はわからないから、意味ないな
なら、思い残すことはやっぱ無いか
次があるなら、温かい家庭で、幸せに暮らしたいよな
もう、人は殺したくない
「クレア、よくこんなハードボイルドな小説書けるよね」
「これが才能ってやつ?」
「うわー、言うね
でも本当、才能あると思うよ
だって、リアリティとかすごいよ!」
「お母さんとお父さんは、リアルすぎて引いてたけどね」
「あー、わかるかも
だってまるで自分が体験したみたいだよこれ」
「……まあ、そうだからね」
「ん?なんか言った?」
「いやいや、なんにも」
「そう?
それはともかく、せっかくだしどっかに応募してみたら?
絶対賞取れるって!」
「いやぁ、それはちょっとマズイかな
……実話だし
まぁとにかく、私はあくまで趣味で書きたいから、プロは狙わない!」
「もったいないなぁ
ま、本人がそれがいいって言うなら、私はなんにも言わないけどね
また書けたら読ませてよ」
「わかった
楽しみに待っててね!
……ふぅ
平和で、家族がいて、友達がいて
すごい幸せだなぁ、私」
「美しいものを見たい」
なんてことを言うものだから、私は頑張ったわけです
友達のために美術館へ行こうと誘いました
美って書いてありますからね
美しい絵がたくさんあると思います
「いやぁ、美術館とかあんまり来ないけど、たまにはいいもんだね」
おお、なら満足できたんじゃないですか?
「うーん、でもなーんか違うんだよね
自分でもわからないけど」
違うそうです
ならイルミネーションを見に行きましょう
これなら友達も喜んでくれるはず
では次の土曜日に予定を入れます
「うわぁ、これはいいね
見慣れてるはずの街並みが、いつもと違う光景に変身してるよ」
これは手応えあり!
求めていた美しいものが今ここに!
「いい光景だけど、これは美しいというより、キレイって感じかな
すごく楽しいけどね
誘ってくれてありがと」
やっぱり違うみたいです
ならとっておきを出さないといけません
美しいといえば、いい景色!
2週間後に少し遠出して、山を登りましょう!
「いやぁ、気持ちいいね
ここが頂上かぁ」
どうです?
前に来て私が感動した景色です!
これこそ友達が求めていた美しいものに違いありません!
「これは美しいね」
来た!
やっぱりこういう景色でしたね!
「でも種類がちょっと違うかな?」
ダメでした
もう私の思いつく限りのものは出尽くしました
3つしか出してないですけど
もう限界です、残念です
「まあ、そんなに気にしないで
私もよくわかってないし、一緒に出かけて楽しかったから」
そう言ってくれてますが、悔しいですね
しかし残念な気持ちで山を降りて、帰りにまたこの間のイルミネーションを眺めていた時のこと
「あれ」
友達が1点を見つめています
親子連れです
お母さんとお父さんが嬉しそうな顔で、2人の子供を見ていました
そして……
「今日は2人に言わなきゃいけないことがあるの」
お母さんが子供たちに言います
子供2人は「なにー?」と、嬉しそうな両親を見て不思議そうに聞き返しました
「よく聞いてね
2人に新しいきょうだいができるよ」
それを聞いた子供たちは、ポカンとしたあと、キラキラした笑顔になってはしゃぎ始めました
「……うん
あれこそ、私が見たかった光景だよ」
友達がそう呟きました
見ている無関係な私たちも、なんだか嬉しくて心が暖かくなります
「美しいね」
友達が穏やかな笑顔でそう、言いました
そうですね
この光景は、美しいです
見たい光景、やっと見れてよかったですね
私は十数年ほど前から、神樹がゴーch.というチャンネルで、実況者神樹としてゲーム実況をやっている
チャンネル登録者数もなかなかのものだ
趣味で始めたことだが、一応利益も出ており、楽しく続けられている
顔出ししているわけだが、視聴者の反応から私がなかなかの美形らしいこともわかった
自覚はなかったが
そのおかげでついたファンもいるようだが、まあ、そんなことはどうでもいい
私には恐ろしく思っていることがある
それは、どうしてこの世界は勘の鋭い人々が多いのか、ということだ
SNSでちょっとエゴサーチをした時のこと
こんな内容のコメントをいくつも見つけた
「神樹さんの見た目、最初の実況動画から全然変わらないよね
もしかして不老なんじゃない?」
ハッハッハッ、なんでバレた
何を隠そう……いや、思い切り隠してるんだけど……私は異世界から追放され、この世界に150年ほど前に迷い込んだエルフなのだ
今は亡きある人に助けられ、魔法で尖った耳を丸く見せかけて(当時は屈辱だった)、普通に生活できるようになり、今に至る
しかし、バレたからにはしかたがない
フォロワーの皆さんにカミングアウトするとしよう
私はエルフです、と
『私を不老と言っている人たちがいるようですが、正直に言います
私は異世界から来たエルフです』
これでいい
打ち明けるのは緊張したが、もう隠さなくていいという解放感も感じ……ん?
「今日は4月1日じゃないですよ」
「神樹さんはエルフだったのかー(棒読み)」
「笑いました、冗談のセンスもあるんですね!」
「バーチャル配信者みたい
転身しちゃうんですか?w」
は?
えーと
不老とバレたわけじゃない?
冗談で言っていただけ?
これは、あれだな
図星だとたとえ相手が明らかに冗談で言っていたとしても、バレたと思い込んでしまう現象か
なんというか、恥ずかしいな
好意的なコメントがほとんどだけど、これでは痛いやつだぞ
消しはしないけど、無かったことにして、この件には触れずに実況活動を続けよう
『動画更新しました!
今回は久々にマツオカートやっちゃうぞ!』
「エルフの神樹さん、待ってました!」
「エルフの神樹さんの動画楽しみ!」
「エルフの神樹さんのマツオカート面白いんだよな」
「エルフの神樹さん、またヘイヨー使うのかな?」
「エルフの神樹さん、ダークボウルの続きまだですか?」
ギャアアア、いじられてるぅぅぅぅ!
忘れろぉ!
人の傷口に塩塗って楽しいかぁ!
あとダークボウルは難易度高すぎて無理!
クソォ打ち明けるんじゃなかった!