「僕と結婚してください!」
目の前で、知り合いの少年が私にプロポーズしてきた
この少年は赤ちゃんの頃から見てきて、成長を見守っていたのだけど
まさか私を好きになっていたとは
確かに、近所のお姉さんに初恋をするというのは、ベタではある
「君はまだ子供だよ?
そういうのは早い
プロポーズは大人になるまでまって
私が応えるかどうか、わからないけど」
そう言うしかないね
大人になったらね、なんていい加減な約束をして、本気にしてしまったら可哀想だ
それに、私は人間ではない長命種
君は私と同じ時間は生きられない
結婚して、失ったあとが怖いから、私は人間と結ばれる気はないんだ
ごめんね
「僕、きっとお姉さんに愛されるような男になるよ!」
私がそんな事を考えてるとも知らずに、この子は、笑顔でそう言った
そして、何年かの歳月を経て、少年は青年へと成長する
彼はとても誠実で、優しい人になっていた
そして相変わらず、私のことを好きでいてくれて……
私も彼のことを好きになり始め、けど、寿命の差が、私に彼を受け入れることを拒ませる
本当は、私も彼と同じ気持ちで、結婚をしたいけれど
彼と一緒の時間が増えれば、失った時、きっと私はその先の長い人生を暗い気持ちで過ごさなければならなくなる
「まってて、僕があなたにとって相応しい男になるために、しばらく旅に出るよ
きっと、あなたを悲しませないような男になって、また会いに来るから」
そう言って、彼は私の前から姿を消した
寂しさはあったけど、どこかホッとした自分がいるのも、確かに感じる
私はなんとなく、彼とはもう会うことがない気がしていた
それから三十年
ふと、彼のことを思い出した
あのあと、私の予感の通り、彼は私の前に一度も顔を見せない
きっと、私への思いを断ち切って、どこかでいい人を見つけ、幸せに暮らしているんだ
そう思いたい
そんなことを考えていると、家の扉を叩く音が聞こえた
誰かが訪ねてきた
扉を開けて、目に映った顔を見て、私は絶句した
あの頃と変わらない姿で、彼が微笑んでいた
「ただいま」
「どうして……」
なぜ、若いままなのだろう?
彼の子供かとも思ったけど、目の前の彼は、ただいま、と言った
雰囲気も、記憶の中の彼のものだ
「詳しい話は後でするよ
今、言えることがあるとしたら、僕はあなたと同じ、長命種になれたってことだよ
そのために、今までかかってしまったけど……」
具体的なことはわからない
けど、彼は私のために三十年間、自分が長命種になれるように頑張っていたのだ
私の目から涙が溢れてきた
「本当に長く、またせてごめん
改めてお願いするよ
……僕と結婚してください」
「はい!」
もう、失うことを怖がる必要はない
私はとびきりの笑顔で、ようやく彼のプロポーズに応えることができた
「やぁエリー、私と一緒に全国一位を目指さないか!」
幼馴染のミラベルが突然、入部届を片手に私のところへやって来た
ミラベルは魔法のじゅうたんのレースをやっていて、部活ではかなりの成績を収めている
一方、私は部活には入っていない
少し退屈を感じつつも、自由な時間を確保しておきたかったのだ
「私、スポーツはちょっと……」
先輩や先生の圧が恐そうだし、どうせ入るなら魔法実験とか、それ系の部活に入りたい
入る気はないけど
「私も無理にとは言わないけどさ
エリーっていつもつまんなそうじゃん
ここらでいっちょ、今まで見向きもしなかったことに挑戦してみるのもありなんじゃないかと思うわけ」
「でもスポーツって、ひたすらしんどい印象あるし」
「そこは問題ないよ
ちょっと大変だけど、それは他の部活も同じだし、今は昔と違って楽しむこと第一にシフトしてるから、成長のための指摘や反省会はあっても、怒られることとかはないんだよね」
私の、ミスすると怒鳴られたり、厳しく叱咤されるイメージは古いらしい
ついていけない部員が次々やめていったり、先輩や教員の態度への苦情が増えたことで、部員への負担などの問題が明るみになり、教員への講習なども行われ、改善されたのだとか
「先生もダメで元々、ハマってくれたらラッキーの気持ちで、お試し入部でいいよって言ってくれてるし、やってみよーよー!」
「うーん、じゃあちょっとだけ
合わないと思ったらすぐやめるよ?」
「やったー!」
魔法のじゅうたんレース
他のレーサーと生身で激しくぶつかる箒のレースと違って危険度は少ないけど、大きい分コントロールが難しく、じゅうたんのメンテナンスも箒以上に大変、というレースまでの地道な努力が他よりかなり大事な競技だ
とても難しそうだし、私にとってはまだ知らない世界で、不安はあるんだけど、ミラベルはなんというか、色々な意味で人を見る目があって
たぶん、つまらなそうだったから誘ったってだけじゃなく、私に向いている部分があると感じたからこその提案なんじゃないかと思う
ダメならすぐやめればいいし
試すだけ試すのも悪くないよね
そんな風に考えていた
その時はまさか、私とミラベルで二年後、全国一位を本当に取るとは思わなかったし、その後、二人で同じプロチームに入って、レースでご飯を食べていくことになるなんて、想像もしてなかった
ミラベルから部活に誘われてなかったら、今頃何をしていただろう?
……そんなことは考えるだけ無駄か
私の世界を広げてくれたミラベルには感謝してもしきれない
昔からミラベルは、私を引っ張っていってくれる
まあ、ミラベルに言わせれば
「エリーも、後ろから私の背中を押して前に進ませてくれてるけどね!」
ということらしいけど
お互い、引っ張っていったり、押していきながら、これからも前進し続けられたらいいな
彼は歴戦の英雄だった
一流の剣技
一流の肉体
一流の精神
彼に敵う者などいない
そう言われるのも頷ける強さだった
彼は誰かを守るために戦い、皆が彼に敬意を払った
まさに無敵
いつからだろうか、彼は敵による傷を負わなくなり、戦場においては不死身、とまで言われ始めた
そんな中、彼の体に傷を付ける男が現れる
英雄に匹敵する剣の使い手に、皆が驚愕した
なぜ、あのような実力者が今まで表に出なかったのか
それは、男が自らの腕を上げるため、敵と互角になるように、自らに制限を課して戦っていたからだ
絶対的な力を持ちながら、常にギリギリの戦い方をして、上を目指す
そのため、男は今まで表舞台に出てこなかったのだ
しかし、男は英雄という、互角の相手を得た
もはや制限をする必要はない
英雄と男は好敵手となり、死闘の中で腕を磨き始める
英雄は、誰かを守る以外の戦いを知り、男は全力を出してなお、ギリギリとなる戦いを経験する
互いに敵同士でありながら友情すら感じていた
幾度となく刃を交える二人
勝負は毎回つかず、その度、双方強くなるために修練を行う
戦っては退き、己を鍛え、また戦う
どれほどの戦いを行っただろうか
いつまでも戦い、いつまでも腕を上げ続ける
そんな日々が続くような気がしていた
だが、ついに決着の時は来る
これまでで最も激しい戦いの末、英雄は男に致命の一撃を与えた
男は満足そうに笑い、感謝の言葉とともに命を終える
英雄は涙を流し、別れの言葉を呟いた
敵を倒したというのに、英雄は深い喪失感に包まれ、彼は剣を取ることができなくなった
戦いの中でこそ、彼は輝いていた
しかし、戦いによって彼は、深い傷を負うこととなったのだ
彼の心はもはや、英雄ではない
もう戦いたくない、と心の底から思う
彼は、自分が戦うための心を全て捨てることにした
未練はない
戦うために一番必要だった、これまで大切にしてきた、これから彼が手放す勇気も、もはや彼には不要なものだった
好敵手が息絶えた時に、失う恐怖によって、勇気など使い物にならなくなっていたのだ
その日、歴戦の英雄は戦場を去り、ただの一人の人間となった
彼に敬意を持った人々は、彼の心に幸福が訪れることを深く望んだ
そして、穏やかな人生を歩むことを、強く願った
いつか、彼に笑顔が戻ることを信じて
光輝け、暗闇で!
うおおおおおお!
レバーを回しまくるぞ!
しかし腕が疲れる!
停電したので俺は懐中電灯を探したが、見つけたそれは電池切れ
電池自体も在庫切れ
そうして見つけたのは災害用のラジオ付き電灯
しかし、これはレバーを回して発電しなければ使えない!
充電できても長くは保たず!
だが、今の俺は体を鍛えたい気分だ!
特に腕を!
なので好都合!
どりゃああああああ!
……しかし流石に疲れたな
少しの間ラジオでも聴いて休もう
『5分筋トレチャレンジー!』
ちょうどなにか始まった
『このコーナーでは、5分でできる簡単な筋トレを紹介
みなさんも、私の解説に合わせてやってみてください』
ああ、これでは休むどころではない
疲れている上、暗闇の中で筋トレするのは危ないが、これもなにかの縁
やらないわけにはいかないな
疲れた腕を奮い立たせ、ラジオの声に合わせて筋トレ開始!
筋トレを頑張る俺よ、光輝け、暗闇で!
きっと丈夫な体になるぞ!
私が幼い頃の話
友達が私のところへ来て、すごいことを知った、と言いあることを話した
親戚の人に聞いたらしい
「酸素って毒なんだって!
たくさん吸い込むと大変なんだよ!」
その時の私は一応、酸素は空気の中にあるもの、くらいの認識だが知ってはいた
そして、嬉々として報告してきた友達の言葉に、青ざめた
普段から毒を吸いまくってると思ったからだ
混乱する私
目の前の友達はなんでこんなに平気でニコニコしていられるのか
自分だって酸素を吸い込んでるのに
私は毒を吸わないように、息を止めた
これ以上毒を吸い込みたくなかったからだ
当然、息なんて止めたら苦しくなる
我慢したけど、苦しくてすぐに呼吸を再開した私は、どうしていいかわからなくなり、泣き始めてしまったのだった
突然息を止めたと思ったら泣き出した私を見て、友達はわけもわからずただひたすらオロオロするしかない
しかし、私の家が近くだったので、ハッとして慌てて私の母を呼びに行き、母は心配そうにやって来た
「酸素が毒だから、息止めたけど、苦しくなって、息しちゃってぇぇ」
泣きじゃくる私を落ち着かせるのに、母はかなり苦労したらしい
母から、呼吸くらいなら毒にならないから大丈夫だと教えられ、友達は悪くないのに謝って、それでもしばらく涙を流し、ようやく泣き止んだ私は、母とともに友達を家まで送ってから帰った
たぶん、赤ちゃんの頃を除いて、あれほど泣いたのは今までであの時だけだと思う
あの時は本当に怖かった
子供の頃って、そういう勘違い泣きってあるよね
あなたにもそういう思い出って、ある?