ストック1

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彼は歴戦の英雄だった
一流の剣技
一流の肉体
一流の精神
彼に敵う者などいない
そう言われるのも頷ける強さだった
彼は誰かを守るために戦い、皆が彼に敬意を払った
まさに無敵
いつからだろうか、彼は敵による傷を負わなくなり、戦場においては不死身、とまで言われ始めた
そんな中、彼の体に傷を付ける男が現れる
英雄に匹敵する剣の使い手に、皆が驚愕した
なぜ、あのような実力者が今まで表に出なかったのか
それは、男が自らの腕を上げるため、敵と互角になるように、自らに制限を課して戦っていたからだ
絶対的な力を持ちながら、常にギリギリの戦い方をして、上を目指す
そのため、男は今まで表舞台に出てこなかったのだ
しかし、男は英雄という、互角の相手を得た
もはや制限をする必要はない
英雄と男は好敵手となり、死闘の中で腕を磨き始める
英雄は、誰かを守る以外の戦いを知り、男は全力を出してなお、ギリギリとなる戦いを経験する
互いに敵同士でありながら友情すら感じていた
幾度となく刃を交える二人
勝負は毎回つかず、その度、双方強くなるために修練を行う
戦っては退き、己を鍛え、また戦う
どれほどの戦いを行っただろうか
いつまでも戦い、いつまでも腕を上げ続ける
そんな日々が続くような気がしていた
だが、ついに決着の時は来る
これまでで最も激しい戦いの末、英雄は男に致命の一撃を与えた
男は満足そうに笑い、感謝の言葉とともに命を終える
英雄は涙を流し、別れの言葉を呟いた
敵を倒したというのに、英雄は深い喪失感に包まれ、彼は剣を取ることができなくなった
戦いの中でこそ、彼は輝いていた
しかし、戦いによって彼は、深い傷を負うこととなったのだ
彼の心はもはや、英雄ではない
もう戦いたくない、と心の底から思う
彼は、自分が戦うための心を全て捨てることにした
未練はない
戦うために一番必要だった、これまで大切にしてきた、これから彼が手放す勇気も、もはや彼には不要なものだった
好敵手が息絶えた時に、失う恐怖によって、勇気など使い物にならなくなっていたのだ
その日、歴戦の英雄は戦場を去り、ただの一人の人間となった
彼に敬意を持った人々は、彼の心に幸福が訪れることを深く望んだ
そして、穏やかな人生を歩むことを、強く願った
いつか、彼に笑顔が戻ることを信じて

5/16/2025, 11:00:05 AM