『届かない……』
目の前には、虚ろな眼差しの青白い少女
どこかで聞いたことがあったな
この道を夜、歩いていると、少女の霊が現れて、『届かない……』と呟きながら近づいてきて、『届けて……』と宛先に名前だけが書かれた手紙を押し付けてくる
そして三日以内に宛先に手紙を届けられなければ、呪い殺される、か
確か、隣の市の駐車場が、霊の幼馴染が住んでいた家の跡地で、そこに手紙を供えると、死を免れる、とのことだったはず
駐車場がどこの駐車場かまでは知らないけど
それにしても、まさか本当にいたとは
『届けて……』
手紙を押し付けられた
まあ、呪い殺されるのは勘弁してほしいし、このまま届けてもいいんだけど……
どうも、私はこういう強要してくるタイプの存在が気に食わない
勝手に仕事を押し付けておいて、うまくいかなかったら逆ギレしてくる、みたいなやつ
一方的な命令は嫌なので、私は持ってたノートを開いて、ペンを取り出した
「引き受けてもいいよ
その代わり、口約束じゃなくて正式な契約をしよう
そのほうが、お互い後腐れないからね」
『!?!?』
虚ろな幽霊が驚きの表情に変わった
私は霊力を込めて、ノートで契約書を書く
お互いにサインすれば、契約成立
どちらかが反故にすれば、反したほうが代償を支払う
実に平等な契約となっている
何を隠そう、私は幽霊などとの契約を結ぶ力を持つ霊能力者なのだ
『……届けて』
自信なさげにそう呟き、なおも一方的に押し付けようとしてくるが、そうはいかない
そちらが契約書にサインしないなら、こちらが承る義務はない
契約内容を簡単に説明するとこうなる
・三日間、こちらの生活に支障をきたさない範囲で、手紙の届け先を探し、見つけ次第速やかに届ける
・三日以内に見つからなかった場合、そこで打ち切り、そちらはこちらを呪わないこと
ただし、こちらが探す義務を怠った場合は、この限りではない
・こちらが契約違反をした場合は、呪殺の受け入れ、そちらが契約違反をした場合は、強制除霊
実際はもっと堅い文章だけど、まあそんな感じ
この契約は絶対のものだ
ただ、相手は小さい少女の霊なので、契約書の内容がいまいち理解できなかったようだった
仕方ないので、丁寧に説明してあげた
その後、お互いの了承のもと、二人で契約書にサインする
相手は終始不満げだったけど、悪霊の悪質な行為に付き合ってあげるほど、私は甘くはない
手紙を届けたら、今度は説教だ
他人に手紙を押し付けて、失敗したら呪殺なんて自分勝手なことをするな、ってね
あと、幼馴染の家の跡地にも案内しよう
この子、いまだに家があると思ってるみたいだし、事実を教えないといつまでも同じ事を繰り返すだろうから
さぁ、届け先を探しますか
魔法による自動通訳システムが構築されて一年ほど
子供でも使える簡単な魔法であるため、言語の異なる国の人々とのコミュニケーションは容易となった
相手の発した言葉が、自分の国の言葉に聞こえるのだ
僕もこの魔法のおかげで、本来なら友だちになれなかったであろう人たちと、楽しく毎日を過ごしている
ただこの通訳魔法、問題がないわけじゃない
当然のことだが、その言語だからこそ成り立つ面白い言い回しなんかは、翻訳不能
僕の故郷である和国の、いわゆる親父ギャグを言っても通じない
ことわざは、同じような意味のことわざが相手の国にあれば翻訳するが、それでも限界はあるので、使うのは避けたほうがいい、というのが常識となっている
ついこの間のことだ
僕は親父ギャグでも、ことわざでもない、ごく普通の言葉を、外国出身の友達との会話で口にした
「木漏れ日が暖かくて気持ちいいな」
すると、ウルベゥスフ出身の友達は、
「今日は、気温が少しだけ高いだろ?
木の間から差し込む日光が、特別暖かいわけじゃないと思うけど」
と言ってきた
一瞬、ん?となったが、どうやら正確に翻訳されていないようだと気付いた
そういえば、木漏れ日って特殊な言葉だから、対応する言葉は外国ではあまりないと聞いたことがある
木の間から差す陽の光を表し、また、心身ともに暖かくなってリラックスできる状態を連想できるピンポイントな言葉は、和国の木漏れ日ぐらいだ、と前に知り合いが言っていた
僕は友人に木漏れ日について説明した
便利なもので、話者が元の言葉で伝えたいと思った場合は、そのままの発音で聞こえるのだ
友人は興味深げに聞いていた
そして、僕の言いたかったことに納得してくれたようだ
木漏れ日に触発されたのか、今度は友人のほうが自分の国の独特な言い回しを僕に教えてくれるそうだ
ウルベゥスフは、寒い地域なので、雪に関する言い回しが多いそうな
僕も興味があったので、じっくり教えてもらうことにした
通訳魔法がなければ、こんな話もできなかっただろう
通訳魔法のおかげで、逆に相手の言語への理解が深まるなんて、思わなかったな
僕は感動できるタイプの歌が苦手だ
嫌いなわけじゃない
苦手なんだ
作者の祖父母との思い出とか、家族の温かい記憶とか、そういった内容の歌を聴かされると涙が止まらない
泣ける曲で泣かなかったことはないので、あまり聴きたくないのだ
なので、僕に好きな曲をオススメする時は、そういった歌は避けてほしい
そうだな、青春真っ盛りの爽快な歌とか、かっこいい系、ネタに走った歌とかをオススメしてくれれば、全力で楽しむと約束するよ
感動系はダメだ
ある日、友達が聴いてほしい曲があると言ってきた
内容が素晴らしいから、是非!とのことだ
そんなにいいなら聴いてみたい
しかし慎重な僕は、感動系じゃないだろうな、と警戒しながら友達に聞いた
友達は気持ちのいい笑顔で、ただのラブソングだよ、と答えた
それなら安心だ
正直、ラブソングとか、普段あまり聴かないけど、だからこそ聴いてみる価値がある
新しいものに挑戦してみるのも、いいだろう
その友達はアイドル好きだし、きっと好きなグループのキュンキュン系の歌なんじゃないかな?
さっそく、友人がスマホから再生する
ん?明らかにアイドルの曲じゃないな
始まって早々、曲調でとても嫌な予感がした
これはまさか……
これ以上聴くなという心と、最後まで聴けという心が戦い、後者が勝利した
続行決定
これは、離れ離れになる友人への感謝の気持ちを歌った曲だ
しかも、ものすごく感情を揺さぶってくるとてもいい歌詞だ
僕の心に特効のある曲じゃないか!
気づいたらボロ泣きしていた
ラブソングじゃなかったのか!
騙された!
曲が終わって泣きながら文句を言うと、友達は笑いながら、嘘は言ってない、などと言い放った
曰く、ラブソングは愛の歌、愛とは恋愛だけでなく、親子愛、兄弟愛、作品愛、そして友愛なども含まれる、ラブソングと呼んでも何も間違ってはいない、とのこと
屁理屈すぎる!
僕は重ねて文句を言おうとするも友達は、でも聴けてよかっただろ?と自信満々の様子
人を騙しておいてよくもぬけぬけと!
ああすごくよかったよ!
ここ最近聴いた中で一番いい歌だったよ!
一年前に行方不明になった親友から、手紙が来た
住所などは書いてない
直接投函されたのだろう
最初、誰かが酷いいたずらをしたのだと思ったが、とりあえず手紙を開くと、明らかに親友の筆跡で書かれていた
無事だったのか?
なんで今まで連絡をしてこなかった?
僕の自宅に手紙を投函したのに、なぜ僕に会いに来ない?
そんな考えが頭に次々浮かんだが、ともかく内容を読む
それは、到底信じられないような内容だった
『碧人、一年間なんの連絡もできずにすまない
みんな俺を心配し、悲しんでいることだろう
けど、俺は生きているから、その点は安心してくれ
俺は今、別の世界で旅をしている
その旅の途中に寄った神殿で、神様の一柱が俺の故郷の世界へ手紙を送れるっていうもんだから、お前を含む、家族や友人一同に手紙を書いたんだ
俺が異世界に来たのは、どうやら召喚でもなんでもなく、ただの自然現象だったらしい
呆然としている俺を、エルフの冒険者の人が助けてくれて、試しにギルドで能力を測ったら、魔法の才を持っていたそうでな
魔道士として、冒険者ライフを送ってるんだ
危険もあるけど、助けてくれたエルフや、ドワーフ、魔族と多種族パーティを組んで楽しくやってるよ
面白いことに、この世界には魔王とか勇者とか、そういう存在はいないんだ
比較的平和でな
俺たち冒険者は、危険な魔物を狩ったり、ダンジョンで希少価値のある植物や物質なんかを採取するのが仕事で、人同士の大きな争いなんてものはない
種族間の対立もない、いい世界だ
俺はこの世界で出会った仲間たちと、充実した生活を送ってる
碧人たちとバカみたいな話しをしたり、どこかへ遊びに行ったりできないのは寂しいけど、俺はここでも幸せだから、あまり悲しまないでくれると嬉しい
もし、また会えることがあったら、前みたいにバカ話で盛り上がろう
土産話なら尽きないほどあるからさ』
信じられないけど、僕は信じることにした
なぜなら、僕は親友を疑う気にはなれなかったからだ
親友は僕をこんな風に騙すような真似はしない
また会いたいとは思うけど、それは僕がどうにかできることじゃない
これから先も、異世界の親友が無事で楽しく過ごしてくれたら、僕も嬉しい
あいつが幸せなら、僕はそれでいいんだ
さあ、いつか会える日が来た時のために、僕の方でも、なにか面白い話を用意しておかないとな
そうして、またバカ話で盛り上がるんだ
距離が離れていても、わざわざ近くによってから、道行く人とすれ違う瞳
諸田 瞳は道を歩くと、積極的に対面の人へ近づき、すれ違う
落ち込んでいる時や、イライラしている時など、ストレスがかかっている時、彼女はすれ違いざまに、ほんの少しだけ相手の元気を吸収するのだ
もちろん、元気のある相手からしか吸収しない
そこはちゃんと配慮する
そして、これを繰り返すうち、彼女は前向きな思考を取り戻してゆける
しかし、瞳は元気をもらってばかりではない
彼女の能力は一方的に元気を吸収するだけではないのだ
逆に元気を与えることも可能である
相手の元気度が見える瞳は、自分のテンションが上りまくり、おかしなことをしそうになると、自分の元気を、強いストレスがかかっている他人へと譲渡する
ただ、他人へ譲って自分が落ち込むことがあれば本末転倒なので、瞳は譲渡する量の調整にはしっかりと気をつけており、何も問題は起こらない
自己犠牲の精神などは持っていないのだ
この能力は、パッとしないな、と本人は思っている
しかし、この能力のおかげで普段から快適な生活ができているのも確かだ
いい気分の相手から影響のない範囲とはいえ、元気を奪うような真似をしていることに関して、少し悪いな、と思いはするが、その代わり、気分が落ち込んでいる相手には自分の元気を与えているのだから、別に問題はないだろう、と考えて今日もすれ違いざまに元気をちょっとずつもらう瞳であった