私はいつから旅をしているのだろう?
昨日までの記憶はあるが、いつ旅を始めたのかと問われたら、まったくわからないと答えるしかない
そこだけが曖昧だ
確かなことは、私は普通の人間では生きられない年月、旅を続けているということ
100年ではきかないだろう
旅の中で、嬉しいことも、悲しいこともあった
数え切れないほど、他者の幸福な場面に立ち会った
数えたくもない数、他者の不幸な場面に立ち会った
それらを思い出にしながら、旅をする
なんのために旅を始めたのか、もう覚えていないが、それでも私は旅を続けている
惰性だろうか?
それとも、記憶の隅に残る理由に突き動かされている?
なぜなのかはわからない
しかし、そんなことはどうでもいい
私は今を楽しんでいるのだから
いや、それこそが私が旅をする理由だ
始めた理由は、今となっては関係ない
今、私が楽しんでいる
その事実が大事なのだ
様々な場所へ行った
様々な人と出会った
これからも様々な場所へ行くだろう
これからも様々な人と出会うだろう
同じ場所でも、時代が違えば様変わりすることもあるし、世代も変わる
同じ場所でも、行くたびに新しい発見がある
この世界は飽きることがない
さあ、今度はどこへ行こう
どこだろうと、きっと私は楽しむはずだ
私の旅はこれからも、ずっと続く
祖母がアイドルグループにハマった
以前から元気な人だったけど、よりテンションの高い人になった気がする
ユーパイプで公式MVを見たり、出演するテレビ番組もチェックして、日々楽しそう
彼女たちを見る目は完全に孫に対する眼差しなので、私はちょっと嫉妬してしまう
でも、祖母はとても幸せそうだし、別に私を可愛がってくれなくなったわけじゃないから、なにも問題はない
むしろ、そんな祖母の姿を見るのは私も好きだ
祖母の愛は大きくなり、ファン活動が活発化していく
そして、ついに苦労の末ライブのチケットを手に入れた
二枚も
私に予定を聞いたと思ったら、一緒に行きたかったらしい
ライブの日は予定が空白なので、私は連れて行ってもらうことにした
私以外の子供やら孫やらは興味がなかったり、予定が合わなかったという
なんだか久々に一緒の遠出な気がする
いつ以来だっけ?
ライブ当日、祖母はワクワクしていて、私もつられてワクワクした
ついでに、つられて買う気のなかったグッズも買ってしまった
私が小さい頃から面白くてすごく元気な祖母が、ライブが始まると、まだ上があったのかと衝撃を受けるくらいハイテンションで楽しみ始めた
もちろん、周りの人に迷惑にならないよう、ルールや注意事項の範囲内で
ライブも楽しいけど、改めて祖母のグループへの大きな愛が感じられて、なんだか私の方もとても幸せな気分になった
来てよかったな
これからも目一杯楽しんでね
応援してるから
僕は治癒魔道士
仲間の傷を癒やしたり、解毒、身体能力補助などを行うのが役割だ
そんな僕が、広い範囲の味方だけを癒やせる上に、魔力消費も少ない魔法を開発した
広範囲魔法は、範囲内にいる特定の相手のみを対象とするのはかなり難しく、複雑な術式ゆえに、できても魔力を大量に消費するのだ
しかし、この魔法は消費量が軽い
さらに、この魔法のすごいところは、長い詠唱を必要としないこと
詠唱は短い一言で済む
敵に気づかれず、安全な治癒が可能だ
自分で言うのも何だが、僕の今回の魔法は大発明と言える
開発したら次にすることは、魔道協会への登録と命名だ
魔法名は基本的に、開発者が付けられる
この魔法を開発する時に、僕はすでに名前を決めていた
「妖精のささやき」
敵に気づかれずに、味方にだけ治癒の効果を与えることを、聞こえてほしい相手にだけ伝える、ささやき声にたとえた名前だ
早速仲間に名前を伝える
「あー、なんか、ネーミング古いね」
想定外の返答だ
僕は名前に自信があったので、その言葉に驚いた
「今の流行は、ヒールとかホワイトウィンドとか、そんな感じじゃん」
そうなのか?
いや、言われてみれば、最近の魔法はそういう名前が多い気がする
攻撃魔法も、ファイアアローとか、アイスダンサーとか
僕が好きな紅蓮槍とか、輝きの鉄槌とかは古いのか!?
「まあ、あなたがそれでいいなら、止めはしないけど」
暗に、ダサいからやめたほうがいいと言ってるな
しかし、「妖精のささやき」、気に入ってるんだよな
変えるべきなのか?
……いや、もうこれは「妖精のささやき」でいこう
妥協して好きでもない名前を付けても絶対に後悔する
登録後しばらく、僕の魔法は、唯一の欠点が名前だけ、と言わしめるほどに、様々な治癒魔道士によって様々な場面で使われ、必要不可欠な魔法となっていた
しかし、名前に自信のあった僕は、複雑な気分だった……のだが
突如魔道士界隈でレトロブームが始まる
どうやら影響力のある魔道士が、僕の「妖精のささやき」というネーミングを気に入ったらしく、「かっこいいじゃないか!」と言い始めたようだ
魔道士たちはそれに影響され、自分の開発した魔法の名前を、ヒールとかファイアーアローみたいな系統ではなく、紅蓮槍や輝きの鉄槌などの系統で命名し始めた
これにより、僕の魔法は欠点のない最高の治癒魔法と呼ばれるようになったのだった
僕のネーミングを肯定してくれた魔道士の方、ありがとう!
私はこの都会の一角で、今から星空観賞会を始めるよ
温かいココアを飲みながらね
贅沢なひとときだと思わない?
「先輩、都会は夜も明るいですよ
星なんてほとんど見えません」
それはどうかな?
素晴らしい星々を見られるとっておきのスポットを知ってるんだ
君も来る?
「来てほしいから私を呼んだんでしょう?
私の分のココアを奢るためだけに電話したなら、怒りますよ」
まあ、そうだね
ついて来てほしいし、ついて来ると思ってる
あと、君なら用件を言わなくても来てくれるって信じてたよ
「いきなり、素敵なものを見せるから来なよ、なんて呼び出して
私じゃなかったら断ってますよ」
ありがたいねぇ
君は私の誘いなら、用事がない限りすっとんで来てくれるもんね
じゃ、行くよ
楽しみにしていてよ
「先輩がそんな自信満々に言うなら、期待しておきます」
ほらここ、ここが目的地
どうだね、君ならなんとなく予想していたんじゃないかね?
「まぁ、こんなビルの並ぶ都市部の真ん中で星を鑑賞って言ったら、プラネタリウムですよね」
そう!
でもね、私のサプライズはそこじゃないんだよ
このパンフレットを見たまえ
「あっ
これ、私が昔見て気に入ったやつ……」
復刻上映だってさ
思い出の星明かりのもとで心地よく座りながら、ココアを飲むんだよ!
「わざわざ見つけてくれたんですね
これ、もう一度見たかったんですよ
ありがとうございます」
なんのなんの
かわいい後輩のためさ!
「でも先輩、館内は確実に飲食禁止なので、残念ながら温かいココアは飲めません」
あー、そりゃそうだ
じゃ、今飲もう
飲み切ろう
「あ、私は熱いココアが苦手なので、プラネタリウムを見終わって、冷めてたら飲みますね」
えー、一緒に飲まないの?
まぁ、どうでもいいか
しばしお待ちを……
プハァッ
じゃ、入ろうか
「本当にありがとうございます
まさか前に話したこと、覚えてくれていたとは思いませんでした」
私は後輩を大事にするタイプなんだよ
久しぶりの鑑賞なんだから、今夜は存分に楽しみなね
私には、周囲の人たちが影絵のように見える
ある日、世界が一変した
よく晴れた昼間でも景色は暗く、まるで閉め切った部屋で、小さなろうそくを灯したかのようだ
そして、私の目に映る人たちは、まるで影絵のような黒いシルエットになっていた
これは私にだけ起きている現象のようで、他の人たちは普段と変わらず過ごしている
幸い、影絵の状態でも、不思議と相手が誰なのかはわかるので、まったく困らない
初対面の相手や、知らない相手でも、判別はできる
特に生活に支障はないから、このままでもいいかと考えていたのだが……
「君は心を閉ざしきってるね
だから景色が暗くて、周りの人がシルエットに見えるんだよ
たまに心を閉ざした人が、突然、目の前が闇になることがあるんだよね
真っ暗闇じゃないのは、君自身に対しては、ある程度心を開いてるからかな」
動物の妖精、としか言えないような姿のなにかが、私の前に現れ、そんな事を言ってきた
確かに、妖精の言う通り、私は心を開くような、親しみを感じられる相手はいない
他人を信用することもない
だが、そのことに苦痛を感じてはいないので、改める考えは皆無だ
「君はまるで心を失ってるかのようだね
何に対しても動じない
何に対しても喜ばない
怒らない、悲しまない、慈しまない
でも、そのわりに自分自身を楽しんでる」
その通り
他人で心は動かないが、自分の一挙手一投足は、そこそこ楽しんでいる
自分にしか興味のない人間が私だ
それだって、ナルシストというほど強くない
「ま、人の価値観なんてそれぞれだし、それが悪いことだとは言わないよ
ただ、君はこのままだと、絶対に幸せになれないよ?」
そうだろうな
元々幸せにも興味がないけれど
「かと言って幸せが嫌いなわけでもないでしょ?
なら、ちょっと暇つぶしに幸せになってみない?」
私にはどうでもいい話だが、どうでもよかったので、話にのることにした
妖精によると、これから私と、ある人物を出会わせるらしい
その人物と長く過ごしていれば、幸せな人生が送れるのだという
「僕は人を幸せにすると点数が貰えるんだ
君の幸せな人生を願ってるよ」
そう言うと、妖精は姿を消した
しばらくして、私は道端で震える、影絵の小さなシルエットが目についた
子供だ
訳ありだろう
今は大丈夫だろうが、放っておくとそのうち何かの拍子に死んでしまいそうだった
帰る場所もなさそうだ
私は顔もわからない子供を住処へ連れていき、事情を聞いた後、息子として育てることになった
そして……
私の周りの景色は、時折眩しく思うほどに明るくなっていた
今では人も影絵ではなく、はっきりと姿が見える
息子の顔を初めて見た時は、あまりにも嬉しくて、涙を流した
息子は困惑していたけれど
その後も色々なことがあったな
成長を見守るのは楽しかった
息子の結婚や、孫の誕生も経験した
間違いなく、私の人生は幸せだ
私に心を開く機会をくれたあの妖精には、感謝してもしきれない
今も、命の旅立ちを迎える私の周りには、息子と義理の娘、孫たち、そして、私が出会った人たちが集まっている
みんな、ありがとう
私は、自分の人生に満足だ
「幸せになれたんだね
僕も、点数がもらえて幸せだよ
さあ、行こう
君の人生は終わったけど、まだその先がある
今はちょっと寂しいかも知れないけど、きっと君も喜ぶと思うよ」
みんなと会えなくなるのは、そうだな、寂しい
しかし、わかっていたことだ
覚悟はできていたよ
「そうだね
君に、未練はなさそうだ
さあ、あれを見て
君の次の行き先はあそこだよ」
あぁ
確かに、これは喜ばしい
今からワクワクしてきたよ
私の行き先は、退屈しなさそうだ