僕は治癒魔道士
仲間の傷を癒やしたり、解毒、身体能力補助などを行うのが役割だ
そんな僕が、広い範囲の味方だけを癒やせる上に、魔力消費も少ない魔法を開発した
広範囲魔法は、範囲内にいる特定の相手のみを対象とするのはかなり難しく、複雑な術式ゆえに、できても魔力を大量に消費するのだ
しかし、この魔法は消費量が軽い
さらに、この魔法のすごいところは、長い詠唱を必要としないこと
詠唱は短い一言で済む
敵に気づかれず、安全な治癒が可能だ
自分で言うのも何だが、僕の今回の魔法は大発明と言える
開発したら次にすることは、魔道協会への登録と命名だ
魔法名は基本的に、開発者が付けられる
この魔法を開発する時に、僕はすでに名前を決めていた
「妖精のささやき」
敵に気づかれずに、味方にだけ治癒の効果を与えることを、聞こえてほしい相手にだけ伝える、ささやき声にたとえた名前だ
早速仲間に名前を伝える
「あー、なんか、ネーミング古いね」
想定外の返答だ
僕は名前に自信があったので、その言葉に驚いた
「今の流行は、ヒールとかホワイトウィンドとか、そんな感じじゃん」
そうなのか?
いや、言われてみれば、最近の魔法はそういう名前が多い気がする
攻撃魔法も、ファイアアローとか、アイスダンサーとか
僕が好きな紅蓮槍とか、輝きの鉄槌とかは古いのか!?
「まあ、あなたがそれでいいなら、止めはしないけど」
暗に、ダサいからやめたほうがいいと言ってるな
しかし、「妖精のささやき」、気に入ってるんだよな
変えるべきなのか?
……いや、もうこれは「妖精のささやき」でいこう
妥協して好きでもない名前を付けても絶対に後悔する
登録後しばらく、僕の魔法は、唯一の欠点が名前だけ、と言わしめるほどに、様々な治癒魔道士によって様々な場面で使われ、必要不可欠な魔法となっていた
しかし、名前に自信のあった僕は、複雑な気分だった……のだが
突如魔道士界隈でレトロブームが始まる
どうやら影響力のある魔道士が、僕の「妖精のささやき」というネーミングを気に入ったらしく、「かっこいいじゃないか!」と言い始めたようだ
魔道士たちはそれに影響され、自分の開発した魔法の名前を、ヒールとかファイアーアローみたいな系統ではなく、紅蓮槍や輝きの鉄槌などの系統で命名し始めた
これにより、僕の魔法は欠点のない最高の治癒魔法と呼ばれるようになったのだった
僕のネーミングを肯定してくれた魔道士の方、ありがとう!
私はこの都会の一角で、今から星空観賞会を始めるよ
温かいココアを飲みながらね
贅沢なひとときだと思わない?
「先輩、都会は夜も明るいですよ
星なんてほとんど見えません」
それはどうかな?
素晴らしい星々を見られるとっておきのスポットを知ってるんだ
君も来る?
「来てほしいから私を呼んだんでしょう?
私の分のココアを奢るためだけに電話したなら、怒りますよ」
まあ、そうだね
ついて来てほしいし、ついて来ると思ってる
あと、君なら用件を言わなくても来てくれるって信じてたよ
「いきなり、素敵なものを見せるから来なよ、なんて呼び出して
私じゃなかったら断ってますよ」
ありがたいねぇ
君は私の誘いなら、用事がない限りすっとんで来てくれるもんね
じゃ、行くよ
楽しみにしていてよ
「先輩がそんな自信満々に言うなら、期待しておきます」
ほらここ、ここが目的地
どうだね、君ならなんとなく予想していたんじゃないかね?
「まぁ、こんなビルの並ぶ都市部の真ん中で星を鑑賞って言ったら、プラネタリウムですよね」
そう!
でもね、私のサプライズはそこじゃないんだよ
このパンフレットを見たまえ
「あっ
これ、私が昔見て気に入ったやつ……」
復刻上映だってさ
思い出の星明かりのもとで心地よく座りながら、ココアを飲むんだよ!
「わざわざ見つけてくれたんですね
これ、もう一度見たかったんですよ
ありがとうございます」
なんのなんの
かわいい後輩のためさ!
「でも先輩、館内は確実に飲食禁止なので、残念ながら温かいココアは飲めません」
あー、そりゃそうだ
じゃ、今飲もう
飲み切ろう
「あ、私は熱いココアが苦手なので、プラネタリウムを見終わって、冷めてたら飲みますね」
えー、一緒に飲まないの?
まぁ、どうでもいいか
しばしお待ちを……
プハァッ
じゃ、入ろうか
「本当にありがとうございます
まさか前に話したこと、覚えてくれていたとは思いませんでした」
私は後輩を大事にするタイプなんだよ
久しぶりの鑑賞なんだから、今夜は存分に楽しみなね
私には、周囲の人たちが影絵のように見える
ある日、世界が一変した
よく晴れた昼間でも景色は暗く、まるで閉め切った部屋で、小さなろうそくを灯したかのようだ
そして、私の目に映る人たちは、まるで影絵のような黒いシルエットになっていた
これは私にだけ起きている現象のようで、他の人たちは普段と変わらず過ごしている
幸い、影絵の状態でも、不思議と相手が誰なのかはわかるので、まったく困らない
初対面の相手や、知らない相手でも、判別はできる
特に生活に支障はないから、このままでもいいかと考えていたのだが……
「君は心を閉ざしきってるね
だから景色が暗くて、周りの人がシルエットに見えるんだよ
たまに心を閉ざした人が、突然、目の前が闇になることがあるんだよね
真っ暗闇じゃないのは、君自身に対しては、ある程度心を開いてるからかな」
動物の妖精、としか言えないような姿のなにかが、私の前に現れ、そんな事を言ってきた
確かに、妖精の言う通り、私は心を開くような、親しみを感じられる相手はいない
他人を信用することもない
だが、そのことに苦痛を感じてはいないので、改める考えは皆無だ
「君はまるで心を失ってるかのようだね
何に対しても動じない
何に対しても喜ばない
怒らない、悲しまない、慈しまない
でも、そのわりに自分自身を楽しんでる」
その通り
他人で心は動かないが、自分の一挙手一投足は、そこそこ楽しんでいる
自分にしか興味のない人間が私だ
それだって、ナルシストというほど強くない
「ま、人の価値観なんてそれぞれだし、それが悪いことだとは言わないよ
ただ、君はこのままだと、絶対に幸せになれないよ?」
そうだろうな
元々幸せにも興味がないけれど
「かと言って幸せが嫌いなわけでもないでしょ?
なら、ちょっと暇つぶしに幸せになってみない?」
私にはどうでもいい話だが、どうでもよかったので、話にのることにした
妖精によると、これから私と、ある人物を出会わせるらしい
その人物と長く過ごしていれば、幸せな人生が送れるのだという
「僕は人を幸せにすると点数が貰えるんだ
君の幸せな人生を願ってるよ」
そう言うと、妖精は姿を消した
しばらくして、私は道端で震える、影絵の小さなシルエットが目についた
子供だ
訳ありだろう
今は大丈夫だろうが、放っておくとそのうち何かの拍子に死んでしまいそうだった
帰る場所もなさそうだ
私は顔もわからない子供を住処へ連れていき、事情を聞いた後、息子として育てることになった
そして……
私の周りの景色は、時折眩しく思うほどに明るくなっていた
今では人も影絵ではなく、はっきりと姿が見える
息子の顔を初めて見た時は、あまりにも嬉しくて、涙を流した
息子は困惑していたけれど
その後も色々なことがあったな
成長を見守るのは楽しかった
息子の結婚や、孫の誕生も経験した
間違いなく、私の人生は幸せだ
私に心を開く機会をくれたあの妖精には、感謝してもしきれない
今も、命の旅立ちを迎える私の周りには、息子と義理の娘、孫たち、そして、私が出会った人たちが集まっている
みんな、ありがとう
私は、自分の人生に満足だ
「幸せになれたんだね
僕も、点数がもらえて幸せだよ
さあ、行こう
君の人生は終わったけど、まだその先がある
今はちょっと寂しいかも知れないけど、きっと君も喜ぶと思うよ」
みんなと会えなくなるのは、そうだな、寂しい
しかし、わかっていたことだ
覚悟はできていたよ
「そうだね
君に、未練はなさそうだ
さあ、あれを見て
君の次の行き先はあそこだよ」
あぁ
確かに、これは喜ばしい
今からワクワクしてきたよ
私の行き先は、退屈しなさそうだ
物語の始まりは大事だって言ったでしょ?
ダメですよ、君は主人公なんだから
能力者同士のバトルを目撃した瞬間に逃げちゃお話にならないんですよ?
あの場ではドキドキしながら隠れてしばらくバトルを見続けて、その中で戦ってる知り合いに存在を気づかれるから、物語が動き出すんじゃないですか
その後なんだかんだあって能力者として覚醒して、本格的にバトルが始まる展開でしょ?
え?
そんなの怖い?
能力者に覚醒とかしたくない?
いやいや、それはないでしょ
君は主人公なんですよ?
君を中心とした仲間たちの活躍が、人々の心を動かすわけです
あぁちょっと、主人公を辞めるとか言わないで
気持ちはわかるけど
ここを越えれば、あとはどうとでもなるから
君が死ぬ予定とか無いから大丈夫ですって
主人公なんてみんなが憧れる立ち位置ですよ?
かっこよくキメられますよ?
普通の人が言ったら痛いけど、主人公という立場で言うとかっこいい、魅力的なセリフも言い放題ですよ?
……どうしてもバトルは嫌だ?
あー、まあ、本人のやる気がないなら、無理強いするのもよくないですね、残念ですが
じゃあわかりました!
ラブコメの主人公にしてあげます!
え?
恋愛は興味ない?
いやいやいや、恋人とかいると楽しいですよ?
私も、恋人ができる前は恋愛とかどうなんだか、なんて考えてましたが、毎日が心地よくなっていきますから
えぇ、嫌なんですか?
じゃあ何がいいんですか?
え?
え、え?
あー、ずいぶんマニアックですね
いや、そういう物語自体は別に普通にありますから、作品そのものはマニアックではないですけど、その物語の主人公になりたい!って人は、あまりいないですよね
まぁ、でも、それが君の望みなら、私からは何も言うことはありません
じゃ、旅系グルメ漫画の主人公として登録します
全国の美味しいものを食べて、食レポしながら舌鼓を打ってくださいね
それでは、よい物語を!
僕の親友は表情があまり変わらない
騒いだりとかもせず、普段から静かだ
だから、周りからは冷めている人ように思われがちだ
けど、心の中では、静かな情熱が燃えている
あいつは誰よりも情熱を持って、好きなことに打ち込んでいるのだ
気づいている人は少ないけど、僕にはわかる
伊達に13年も友人をやっていない
なんとなく、今どういう感情なのか、いつの間にかわかるようになっていた
なので今、一見すごく冷静にゲームの対戦をしているようだけど、だいぶ熱中している
大事な局面だから、顔は無表情でも力が入って、緊張もしている
他の友人は「さすが、落ち着き払ってるな」とか言ってるけど、このゲームが大好きな親友が穏やかな心でプレイしているはずがない
強い情熱を傾けて、本気でプレイしている
ランクアップがかかっているので、きっと勝てば、表に出さずに大喜びするだろう
負けたら周りは気づかないだろうけど、落ち込むだろう
冷めているなんてとんでもない
僕の親友は、静かで顔に出ないだけで、心はとても情熱的なやつなのだ