叶わぬ夢など、俺にはない
だから俺は夢で心を乱されないのだ
夢破れて落ち込むことなど絶対にないのだから
今までの歴史の中で、いったい何人が夢を見て、破れ、絶望したことか
何人が夢を叶えた他者を見て、劣等感に襲われたか
俺はそんなこととは無縁だ
夢が叶わぬと苦しむことも、夢を失ったと嘆くこともない
当然のことだろう
俺は、そもそも夢を持ったことがないのだから
夢というのがなんなのか、よくわからない
悲しくないのかって?
なぜ悲しむんだ?
夢がなくても、俺は何も困っていない
夢の何がいいのかも理解できない
まあ、だからといって他人が夢を見ることを否定はしないが
みんなは夢があるんだな
俺が言えたことではないけど、叶うようがんばるといい
俺の中には無い世界だがな
花の香りと共に目を覚ました
起き上がると、一面の花畑
おおっと?
私は死んでしまったのかな?
ここに来る前は確か
ああ
人生なんにもうまくいかなくて、自暴自棄になった末、通り魔と刺し違えて死んだ気がする
誰かをとっさに庇うとか、捕まえようとしてとか、そんなんじゃなくて、殺意を持って相手に襲いかかるあたり、完全に自暴自棄だったな、私は
私と通り魔がお互い唯一の被害者なのがまだ救いか
通り魔も悪いんだけど、相手が暴れてるからって自分の人生の不満をぶちまけるように殺意を向ける私も、向こうとたいして変わらないかもな
とか思って横を見たらいるよ、通り魔が
私と同じところに送られてるよ
なんか、通り魔も困惑してるな
それはそうか
やっぱり死後だな、ここ
なんだか気まずい
「あなた達に、異なる地でもう一度人生を与えましょう」
背後から声がした
二人して振り向くと、いかにも女神です的な外見の女性がいた
おやぁ?
異世界転生させてくれる感じ?
「話が早くて助かります
言い方はちょっと失礼ですが、同じ世界に転生させてもなんか、同じような結末を辿りそうな予感がするんですよね
本質がそういう感じなので
世界と反りが合わない的な?
あなた達も世界も、互いに相手の枠に全くハマれない的な?
要は外れものですね」
失礼だな本当に
事実なんだろうけど
「なので、今度はお二人にあった世界で、出血大サービスとして記憶も保持したまま、いい感じの状態で転生をしていただこうかと」
そうかぁ
自暴自棄になってたけど、もう一度チャンスを貰えるなら、がんばってみようかな
名も知らぬ通り魔もよかったな
次は真っ当に生きような
私も今度こそ真っ当に生きるさ
「お二人の行く先は同じ世界です
では、行きなさい」
私たちは、眩い光に包まれ、転生を果たした
その先の世界は……
あれ?
あまり世界の雰囲気が変わってないような
なんか、隣の元通り魔も困惑してるな
そういえば、赤ちゃんから開始じゃないんだね
いい感じの状態ってこういうことか
頭の中に女神の声が響く
「あなた達の新たな世界は、社会のシステムがほんの少しだけしか違わない、けれど、あなた達にとってとても過ごしやすい世界です
前世の記憶のおかげで1からこの世界を学ぶ必要もありませんし、以前よりもよい人生を送れるはず
最初は少しナビゲートしますけど、それからの生活はあなたたち次第
がんばってくださいね」
ま、下手にファンタジー世界に送られてもね
憧れはあるけど、苦労しそうだよね
こういう異世界転生もありか
じゃ、これもなにかの縁だし、隣の元通り魔さんも、一緒にがんばっていい感じの人生を、今度こそ送りますかね
終わり、また初まる、ということが、この世界では繰り返されている
なんでもそうだ
1日が終わったら、新たな1日になるし、学校が終われば放課後となる
ドラマが終われば次のドラマ
退職して仕事が終われば新しい生活
何かの終わりとは、新たな何かの初まりであると言える
だから、これは決して終わってしまったわけではない
何かが初まりを告げたのだ
確かに私はテストで恐るべき点を取った
クラスで最下位であろうことはほぼ確実だと思う
しかし、逆に考えてみよう
私がいろんな意味で終わったからには、これ以上ひどくはならないということ
もう上しかない
上がっていくしかない
下がることは絶対にない
下がりたくても下がれない
一番下だから
私の快進撃はここから初まるのだ
最下位より下はないのだから、上がらざるを得ない
なんて素晴らしいことか
私は決して落ちたのではない、やれば絶対に昇れるようになったのだ
ここから私のサクセスストーリーが初まる
そうとでも考えなきゃやってられない
だってこの点はないでしょ、いくらなんでも
「星が呼んでる」
突然、槙野がそんなことを言い出した
公園のベンチから立ち上がって、早歩きで立ち去ろうとする
おいおい、まだゲームの途中だろ?
俺の銀髪英雄とお前の赤い配管工でこれから対戦しようって時にどうした?
「星が呼んでるんだ」
槙野は俺のことは気にならないようで、何かに取り憑かれたように歩を進める
ちょっと待ってくれ
今日は俺と一日ゲーム三昧じゃなかったのかよ
これの対戦が済んだら俺の家に行って、育てたモンスターたちで3番勝負だろ?
「ごめん
約束、破ることになるけど、本当に悪い
星に呼ばれてる
俺は行かないといけない」
槙野はこちらに顔も向けず、立ち止まろうとすらしない
いやいや、なんかすごく嫌な予感がするぞ
ただ、止めたいけど、止めることはできなさそうだ
結局俺は、槙野を見送ることしかできなかった
悪いことが起きなければいいが
俺の心配は的中した
その日の夜、槙野から連絡が来た
「聞いてくれ、友よ
あのあと、幼馴染の星に告白された!
すごい嬉しいよ!」
なるほど、星に告白されたか
まあ、告白だろうと思ったからお前は俺を放って星のもとへ向かったんだな
たぶん、いや絶対これから槙野は俺と遊ぶ時間が減るよな
下手したら無くなるよな
彼女のほうが大事だもんな
……チクショウ!!
あーあ!
俺も彼女つくろうかなぁ!
できるかぁ!
好きな子なんていないんだよ俺は!
告白されてもOKする自信ないよ俺は!
だって恋愛興味ないもんな、俺!
万が一にもされないだろうけどね!
明日からボッチじゃねえか、どうすればいいんだクソッ!
「願いが1つ叶うならば、お主はなにを望む?
わしの力で願いを1つ、どのようなものでも叶えてやろう」
1つ?
1つか
人生において、1つ願いが叶った程度で何かを変えるのは厳しいな
仮に1つ叶えたところで、それによって人生が好転するどころか、悪い方向に進む可能性すらある
いや、その可能性のほうが高い
この世は様々な要素が絡み合って、互いに関わり合って、影響しあって成り立っている
結局、様々な人間の様々な願いを叶えない限り、1人の人間を幸せにすることすらもできないと思うな
「いや、わしはそういう神だし、そんなこと言われても困るのだが……」
まあ、確かにそうだな
しかし、このままではあなたは人を幸せにはできないのではないか?
というか、今まで、あなたが願いを叶えた相手で幸せになった人はいるのか?
「痛いところを突いてくるな
確かにわしがこれまで願いを叶えた人間で、幸せになった者は見ないな
人間が強欲だからだとか、そのように考えていたが、そもそも人間社会が複雑で、1つ叶えたところで解決しないのか」
かといって、多くの願いを叶えても、その人が堕落しそうだな
人の願いを叶えるというのは難しいかもしれない
「ううむ
人に聞くのもどうかと思うが、わしはどうすればいいのだろうな」
転職するわけにはいかないのか?
「人間と違って役割は最初から決まっているゆえ、転職するわけにもいかぬ
できることなら、こんな役割からは抜けたいが……」
そうだな
……よし、なら私があなたの願いを叶えよう
人と違って、あなたの願いなら、1つ叶えればなんとかなりそうだ
人ではなく神なのだから、あとはなんとでもなるだろう
「どんな手段で叶えるというのだ?」
簡単だ
あなたの願いを叶える力で、私があなたの願いを叶えてほしいと願う
まあその後はあなた次第だが
「なるほど
わかった、その後の進む道はわし自身でなんとかするとして、さっそく願いを頼む」
いいんだな?
「うむ
まさか、神が人に願いを叶えてもらうとはな
しかし、それもたまにはいいのかもしれん
では、願いを1つ言うがいい」
あなたが、あなたの望む役割に就けるように……
「……ありがとう
わしは今、旧き役割から解放された
いつかまた、新たな役割を知らせに、お主に会いにゆくと誓おう」
ああ、楽しみにしておくよ
私は、叶えたい願いが多すぎるから、こういう使い方が一番いい
すべての願いは叶えられないが、ひとつでも多く叶うように、自分で頑張るさ