ボクはこの家のアイドル!
ボクがいつ、何をしても、みんなが可愛い可愛いの大合唱!
ご飯を食べても、尻尾を追いかけ回しても、ボールを追っても、お腹を出して甘えても、散歩してても、疲れてへばってても、みんながボクの一挙手一投足に夢中なんだ!
たまに、そのへんの物を散らかして怒られることもあるけどね
この家ではボクが一番!
そして、ボクもみんなが大好きだ!
と、思っていたんだけど……
ある日、小さな子がボクの家にやって来た
それ以来、家族はボクとも遊んでくれるけど、別の部屋にいる新しい子のお世話もし始めて、かまってくれる時間が減っちゃった
あぁ、ちょっと寂しいな
しかも、ボクより小さくて、別の部屋でみんなの可愛い可愛いの大合唱が聞こえてくるし
これはボクの可愛いの危機なのでは!?
少し経って、同じ部屋で一緒に過ごす時間がちょっとずつ増えてきた
ボクの危機感なんか知らないその子は、ボクのところにやって来ると、尻尾を振りながらじゃれついてくる
あれ?
なんか、妙な気分
すごくいい気持ち
これがみんなが言ってる可愛いって感情なのかな?
みんなから言われてきたけど、ボクがそういうふうに思うのは初めてだ
それだけで危機感なんて忘れちゃった
これから、ボクもこの子と目一杯遊べたらいいな
とある事件の記録
5/12
ジャックと呼ばれる何者かが、この町で連続殺人事件を起こしているという情報を聞きつけた私は、真相を探るべく、調査を開始した。
今日はもう遅いので、本格的な活動は明日からだ。
この町唯一の宿に泊まることになったが、宿屋の主人は終始、こちらを警戒していた。
5/13
住民は怯えきっている。
情報を集めようにも、人々の外出は最低限。
家々を訪ねても警戒され、まともにとりあってもらえない。
無理もないだろう。
連続殺人鬼がどこに潜んでいるかわからないのだから。
向こうからすれば、私がそうなのでは、と疑いたくもなるだろう。
5/14
住民のひとりに話を聞くことができた。
杖をついた老人で、私の調査に快く協力してくれた。
もしかしたら犯人かもしれない私を警戒しないのかと聞くと、自分はこれまでの人生に満足しており、生にあまり執着がないと言っていた。
そして、事件解決に役立つならと、招いてくれたのだ。
彼によると、事件の話が出たのは今月のはじめ頃だという。
それから五度ほど、事件が発生しているらしい。
合計六人が犠牲になっているということだ。
事件現場には、JACKという血文字が残されていたそうだ。
それでジャックと呼ばれているのだ。
5/15
今日は何人かの住人に話を聞くことができた。
住人たちの間で、私の話が広まっていたようだ。
私が事件の調査をしていると知り、藁にもすがる思いだろう、協力を申し出てくれた。
住人たちの話を聞く限り、被害者は鋭利な刃物で首を一撃。
昨日話しに出た血文字が必ず残されている。
被害者はいずれも、夜、襲われたと思われる。
この三点が共通しているようだ。
しかし、住人にさらに詳しく聞きたかったのだが、それ以上のことは知らないという。
5/16
おかしい。
被害者も事件現場も、誰に話を聞いてもわからないと言われた。
そんなことがあるのか?
私はさらに調査を進め、自分でもそれらしい場所を探したが、町の中で見つけることはできなかった。
5/17
私は事件を誰から聞いたのか、住人たちに聞いて回った。
多くの人ははっきり覚えておらず、はじめに聞いたのがいつなのか、わからなかった。
覚えている人もいたが、その人たちに事件の話をした住人は、いつ聞いたか覚えていないと言っていた人たちだった。
私の中で、ある仮説が立った。
信じがたいことだが。
明日、改めて調査しよう。
5/18
結局、事件の話は聞けたが事件そのものの痕跡はどこにもなかった。
おそらく、事件など起きていないのだろう。
噂だけが拡散されているのだ。
そして、噂に出どころなどない。
誰が言い出したのでもなく、噂そのものが突然発生したのち、生き物のように増殖していったものと思われる。
私がこのことを住人に話しても、おそらく彼らは信じない。
彼らはこの町にいる限り、存在しない殺人鬼に怯え続けるのかもしれない。
噂の根源を断つ方法がわからない以上、私ができることなどないだろう。
いつか、彼らの心に安寧が訪れることを願って、私はこの町をあとにした。
「さぁ冒険だ!
世界が私たちを待っている!
どんな困難も乗り越えて、まだ見ぬ景色、まだ見ぬ文化、まだ見ぬ人々のもとへ辿り着こう!」
のんきに楽しそうですね
僕たち部下はあなたについていくのに精一杯で、いつも神経すり減らしてますけどね
僕は冒険に付き合った挙句、呪いで喋れなくなりましたよ
「呪いなんていつか解けるさ!
私がチューして解いてあげようか!?」
なんでこの人は僕の言いたいことがわかるんだろうな
とりあえず、セクハラはやめてください
そんなんで解けたら苦労しません
ふざけてるとチョップしますよ
「暴力だっていけないんだぞー!」
そうですね
もちろんチョップは冗談ですが
とにかく、冒険するのはいいですけど、周囲の部下にも気を配ってくださいよ
あなたが向こう見ずで無茶するから、僕たちはハラハラするし、サポートだって大変なんですよ?
あなたに何かあったら、僕たちは深く悲しみますからね
あと、あなたも僕たちに何かあったら大泣きするでしょ?
僕が呪われた時、僕以上にショック受けて一晩中泣いてたじゃないですか
「うっ、よく覚えてるね」
とはいえ、あなたと冒険するのは、僕たちもなんだかんだ楽しんでますが
あなたが楽しそうだと、僕たちもつられて楽しくなってしまいますからね
でも、もう少しアクティブさを抑えてくれるとありがたいです
「君たちに余計な心配はかけられないもんね
わかったよ
ちょっと自重するよ」
本当に、お願いしますよ?
じゃ、そろそろ冒険に出発しますか
みんな呼んできますんで
「うん、任せた!
……静かだけど、おしゃべりだよなあ
私にしか聞こえない声
なんか、特別感があって嬉しいな」
「見てごらん、あんな過酷なところでも、一輪の花が笑んでいるよ」
咲いているのを花が笑うって表現するの、詩的だね
いつも小難しいことを喋ってるけど、そういうことも言えるんだ
というか、花に興味を持つなんて思わなかったよ
「ハッハッハッ
私の視線はこういうものがよく目につくんだよ
君とはまた、違った景色が見えていると思う
それに、実は私の興味の範囲は広いのだよ
普段は抑え気味だけどね」
じゃあ小難しい話より、あなたの広い興味の話が聞きたいよ
「すまないすまない
私の話は退屈だったか」
言っちゃ悪いけど、意味わからないしね
意味のわかる話じゃないと、聞いててつまらないし、まともに返事もできないよ
「では意味のわかる話をしよう
笑うという意味の笑むは、花が咲く、の咲くの字を使って咲むとも書くから、花が笑んでいるというのも、実はひねった表現というわけでもないんだよ」
確かに、そういう表現ってたまに見かけるもんね
笑と咲で同じ意味にもなるんだ
というか、また小難しい話に繋がりそうだな
「そうだね
では、お互いの行ってみたい場所でも語り合うかい?」
おお、いいね
そういう話なら大歓迎だよ
私の行きたい場所はローゼリアス城下町かな
「ゲームに出てくる町だね
私も君の隣でゲーム画面を見ていたけど、あの一輪の花がモチーフの城の光景は、迫力があったね」
そうだね
街並みも含めて綺麗だしね
というか、また花の話になっちゃった
この話のきっかけも一輪の花だったよね
「話が戻ってはいないが、戻ったような気分になるね
あの花と城は全然違う姿だが、どちらも美しいことに変わりはない」
なんかかっこつけたこと言ってる
今日はそういう気分なのかな?
それはともかく、あなたはどこに行きたい?
「私は最近、激しい運動がしたくてね
散歩はするが、このままでは体が鈍る一方だからね
思いっきり走れるドッグランがいい」
現実的ですごく身近な場所だね
じゃあ、次の休日にでも行こうか
それにしても、なんで私は犬のあなたの言ってることがわかるんだろう?
「それは君が特殊能力を持ち、私も超能力、長寿命を持つ少々特殊な犬だからだが、詳しい話、聞きたいかい?」
小難しい話は理解できないからいいって
そんなしっぽふって目を輝かせても、聞かないよ
「それは残念」
「夜空の輝きと掛けまして、犯人と解く
その心は、どちらも星でしょう」
絶妙にうまくない謎掛けをしているな
というか、下手だ
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、これなーんだ
正解は人間でした」
それを言うなら最初は四本足、次に二本足、最後は三本足じゃないのか?
ある意味、間違ってはいないけれども
……なあ、現実逃避してもいいことはないぞ?
ここはキッチリ切り替えていこうぜ
「お前に何がわかるんだよ
俺の心の傷はお前の想像よりも深くて痛いんだよ」
秘密のノート見られただけだろ
「それが致命傷なんじゃねえか
よりによって永遠なる闘争の剣(エターナルラグナロク)を一番見られたくない姉に見られたんだぞ」
確かに、あの人に見られるのは嫌な感じはするけど
「見つかった時のあのニヤけ面を思い出すだけで冷や汗が出そうだよ、俺は」
全部見られたんだったか
「そうだよ
俺の考えた魔法の、混沌に染まりし暗雲(カオティックダーククラウド)も、審判下す王の双眸(ジャッジメントロードアイズ)も、深淵より出でし怨嗟の慟哭や、その他も余さず見られたよ」
キツイなぁそれは
だが気を落とすな
俺のノートを見せて、苦しいのは自分だけじゃないと思わせてやるから
「俺並みにキツイのがお前にもあるってのか?」
正直、お前並みにキツイかどうかはわからない
お前とは方向性が異なるからな
キツイの種類というか、意味が違う
見てくれ、俺がかっこいい魔法とかを作ろうとすると、なぜかこうなってしまうんだ
ほら
「えーと、トゥインクルドリーム?
ん?
おかしくね?」
そうだよ、おかしいんだよ
俺がかっこつけようとするとなんかこんな感じになる
「ハートフルアロー
マジカルハッピーシャワー
え、魔法少女もの?
なんでかっこつけようとしてかわいい感じになるんだよ?」
知らん
そして、かっこよくならずに、かわいらしくなってる自覚はあるところが不思議でならない
どうだ、俺に比べればなんの問題もないだろう
かっこつけようとしてかっこついてるんだから
恥ずかしがる必要はない
俺なんてかっこつけた結果、なんかファンシーになってるぞ
さらに俺の生み出したものは全く俺の趣味じゃないし
ともかく、姉に笑われたからなんだ
自分の好きなものに自信を持て
かっこつけたっていいじゃないか
お前のは普通にかっこいいし、痛くなんかない
黒歴史なんかじゃないと胸を張れ
「まあ、そうだよな
好きなことだもんな
元気が出てきたよ、ありがとう」
それにしても、永遠なる闘争の剣(エターナルラグナロク)とか、俺も思いついてみたかったな
「月並みだけど、きっといつか思いつけるようになるさ
がんばれよ」
そうだな、俺もがんばってみるか
手始めに強い光線を相手に放つ魔法の名前とか、考えるかな
ええと、キラメキシューティングスター
……ダメだこりゃ
「穢れ祓いし清浄なる一閃」
ああ、これは絶対にお前には勝てないな