私はずっと、平原にポツンと建つこの家で過ごしてきた
いつからなのかはわからない
ただ、気づいた時にはこの家でひとり、暮らしていたのだ
毎日毎日、同じことの繰り返し
自給自足の生活
そのことに不満を持つことはなかった
けど、ある日ふと、疑問が出てくる
この周りの景色は、どこへ繋がっているのだろう?
この景色の先に、世界は広がっているのだろうか?
家にあった古い本の数々
そこに書かれていたようなものが、外にはたくさんあるのか?
そんなことを考えていると、確かめてみたい欲求が高くなっていった
ここより遠く....どこか遠くへ行きたい
私は初めて、この場所から出ることにした
旅の準備はしたけれど、これでいいのかはわからない
それでも、好奇心の赴くまま、旅立ちを迎える
これから先、私に何が待ち受けているのか、何と出会うのか
生まれて初めて、楽しみ、という感情が芽生えていく
いつのことだったか、以前、本を読む中であることに気づくことがあった
私には、感情というものがないようだ
本に出てくる人の心の動きがわからない
行動理由は理解できても、喜び、慈しみ、怒り、悲しみ
そういったものが全く理解できなかったのだ
でも、今は、前に本で読んだものと合致する、楽しみという感情が私の中にあるのがわかる
もしかすると、旅を続けていけば他の感情も生まれていくかもしれない
そのためにも、目的地はないけれど、できるだけ遠くを目指して旅をしよう
どこまで行くのか、どこまで行けるのか、帰るのか、帰らないのか、わからないけれど
こうして、私は世界へ一歩を踏み出した
俺が心の中で何を望んでいるか
それは誰も知らない秘密だ
この心の中の願望は、表には出していないのだから
そして、俺はこの願望を絶対に言えない
理解されないだろうし、バカにされたり、そうでなくとも、俺にとって嫌なリアクションをとられるのは目に見えている
だからこの先、俺以外がこの願望を知ることは無いと思う
話したくないわけじゃない
誰かに話してスッキリしたい気持ちはある
だが、あまりにリスキーだ
俺の願望をわかってくれる相手など、いることにはいるだろうが、そうそう出会えるわけがない
もし、俺と同じ願望を持った人と出会ったとしても、本人が明かさない限り知るすべはない
いや、明かしたとしても、本心なのか、冗談かなにかなのか、それは心の中を覗かなければわからない
だから、明かされても俺自身は明かせない
そんな勇気はない
この決して叶うことのない望みは、きっと俺以外、誰も知らない秘密であり続けるのだ
物事の起こりというのは、人々が眠る中迎える、静かな夜明けのように、気づくことが難しい
気づいた時には、もう始まっているのだ
前兆はあるのだろうが、見つけるのは至難の業だろう
なぜなら、起こることがわからないことの前兆を見つけようと思うこともないのだから
起きてからあれは前兆だったのだ、と気づくことはあるかもしれないが
さて、僕の目には建物が建物にめり込んだり、景色にノイズが走っている光景が写っている
この世界は現実ではなく、仮想現実だった
詳しくはわからないが、人は現実に住めなくなったために、コンピュータで創造された世界へ逃げ延びたのだ
別に僕はそのことになんの感想も抱かない
現実だろうと仮想現実だろうと、僕にとって僕の生活の価値は変わらないから
問題はこのバグだ
人が創ってきた情報に、コンピュータが耐えられなくなった
要するに、容量不足に陥ったのだ
それで、管理者というプログラムが緊急措置として様々な情報を削除しようとした
しかし保持者と呼ばれる存在⸺こちらもプログラムだ⸺がそれを無理やり阻止しようとした結果、このような状態になった
最初は小競り合い程度だったが、双方の争いはエスカレート
皆が気づいた時には大変な事態になっていたのだ
まあ、そんなに悲観するほどのことではない
僕はこの世界を創ったコンピュータを開発した一族の末裔だそうで、権限があるのでアクセスすれば命令できるらしい
僕はプログラミングとかの知識はないので、少し不安だったが、声でそんなに難しくない命令を下せばいい、と観測者から聞かされた
ああ、わかると思うが、観測者もプログラムのひとつだ
僕が命じることはひとつ
「サーバー強化して」
これくらい自動でできるように作れよ、先祖
一週間後、世界は拡張され、管理者と保持者は争う理由がなくなり、バグは消滅した
さらに、世界はバグ発生以前より生活しやすくなったのだが、拡張の副産物として、脳の処理速度が上がったおかげだそうだ
今回の事件は、静かな夜明けだ
例える場合、夜明けはいいことでなければならないと思う
悪いことは起きたが、結果として、世界はより良い方向へ向かったのではなかろうか
heart to heartを忘れずにな
腹を割って話しをし、心を通わせる
そうすることで相手を知ることができ、また、自分を知ってもらえるんだ
相手に心を開いてほしければ、まず自分が心を開くこと
それが大事だ
昔、父はそう私に教えてくれた
私はこれまで他者と接するのに、その言葉を大切にしながら生きてきた
まあ、世の中にはどうしても合わない人間というのもいるが、そういう相手に対しても、できるだけ、どういう人なのか知る努力をしてきたつもりだ
だがまさか、その言葉を人間以外に適用する日が来ようとはな
目の前には、傷ついたゴブリン
正直、彼に我々人間の言葉が通じるのかわからないが、私は外国の別言語の人ともなんとかコミュニケーションをとった実績がある
ゴブリン相手でもなんとかなるだろう
大事なのは気持ちを隠さず、心を通わせることだ
私は回復薬を手にゴブリンに近づいた
当然、あちらは警戒している
ゴブリンは基本、こちらが何かしない限り、あちらから攻撃してくることはない
昔は誤解されていたこともあったが、今ではそういう生態であることがわかっている
そして傷を治すためには近づかなければならない
しかし近づけば、こちらが危険だ
ゴブリンは、こちらに攻撃の意思ありと判断すれば即座に身を守るため、襲い掛かってくるだろう
回復薬など知らないはずなので、まずはこれがどういうものなのか、知ってもらう
私はナイフで自分の腕を切った
ゴブリンは不審がっているが気にしない
続けて回復薬を自分の腕にふりかける
傷はみるみるふさがり、傷跡も残らない
さすがは高い値段で買っただけのことはある
効能が強い
その後私は、身振り手振りでゴブリンに、この回復薬で君の傷を治したい、と伝えた
ゴブリンは私の伝えたいことを理解してくれたようで、こちらに近づいてきて、胸をそらして傷を見せた
これは痛そうだな、すぐにでも治してやりたい
私は早速、回復薬をかけた
しみた痛みでゴブリンは少しうめいたが、傷は無事、すぐに塞がった
ゴブリンは何事かを言うと、去っていったが、きっと礼を言ってくれたのだろう
それから数年経っただろうか
私はガルーダという怪物と戦っていた
状況は危険
全身傷だらけだが、回復薬は品切れだ
相手はまだまだ余裕だろう
しくじったなと思った
簡単な採取の依頼だと油断したが、まさかガルーダの生息地だったとは
必殺の体勢に入るガルーダ
本気の一撃だ
これをまともに受けたら死ぬ
だが、もう体がうまく動かない
最悪の結末を覚悟した私だったが、その時、何者かが魔法でガルーダを叩き落とした
その魔法は強力で、ガルーダは一撃で息絶えたのだ
驚く私が魔法の発生場所を見ると、魔道士の装束を身に着けた大柄なゴブリンが立っていた
私は即座に気づく
彼は、あの時私が回復させたゴブリンか!
あの時のゴブリンが近づいてきて、大丈夫かと聞きながら、回復薬をかけてくれた
私は礼を言いながら、大丈夫だと答えた
聞けばゴブリン……グルススは、私が助けたあと、それがきっかけで冒険者を目指し、鍛錬を重ねたのだという
言葉も必死で勉強し、周りのバカにするような目にも負けず、実力で周りを黙らせてきて、今では彼をバカにする者はなく、むしろ頼りにされているのだそうだ
そうか、噂でそんなゴブリンがいると聞いていたが、君だったんだな
私がきっかけとは、嬉しい限りだ
グルススは、ガルーダの目撃報告のあるこの場所に私がいることを知り、急いで駆けつけてくれたそうだ
heart to heart、か
私のあの時の行動は間違いではなかった
グルスス、君のような立派な冒険者が誕生するきっかけになれた私は、誇らしい気分だよ
心の底から、そう思う
そして、助けてくれてありがとう
この花畑にある花々は、なぜだか枯れることがないんだ
ここでは、同じ花がいつまでもずっと咲き誇る
だからこの場所は「永遠の花束」と言われているんだね
花畑ではなく花束なのは、昔、この花畑を所有していた人が、自分の大切な娘にプレゼントしたからだそうだ
花束を贈るように、花畑を贈ったんだよ
贈られた娘は、この花畑をすごく気に入ったようで、とても喜んだ
そして、付けた名前が「永遠の花束」ってわけだね
だけど月日が経って、この素晴らしい場所を自分だけのものにしていいのか、贈られた娘は悩んだ
結果、独り占めせずに、この場所を定期的に開放することにしたそうだよ
今ではこの地域の名物になっているのは、君も知っての通り
さてと、豆知識はこのへんにしておこう
でも、もう少し話をさせてほしい
ここに君を連れてきた目的があるんだ
……私は君を愛している
ここに咲く花々のように、永遠に枯れない愛を君に贈りたい
もし、君も私を愛してくれているのなら、どうか、私と結婚してください
……あぁよかった、ありがとう
ちょっと、言葉を気取りすぎたかな
でも、気持ちは本物だよ
ごめんごめん、君もプロポーズしたかったよね
けど、私からプロポーズっていうのも、ありだと思うんだ
後日、改めて君からプロポーズされるのもいいかもしれないな
返事は今日の君と同じだけどね
これからも二人、喜びの中も、苦しみの中も、ずっと一緒に歩んでいこう