物事の起こりというのは、人々が眠る中迎える、静かな夜明けのように、気づくことが難しい
気づいた時には、もう始まっているのだ
前兆はあるのだろうが、見つけるのは至難の業だろう
なぜなら、起こることがわからないことの前兆を見つけようと思うこともないのだから
起きてからあれは前兆だったのだ、と気づくことはあるかもしれないが
さて、僕の目には建物が建物にめり込んだり、景色にノイズが走っている光景が写っている
この世界は現実ではなく、仮想現実だった
詳しくはわからないが、人は現実に住めなくなったために、コンピュータで創造された世界へ逃げ延びたのだ
別に僕はそのことになんの感想も抱かない
現実だろうと仮想現実だろうと、僕にとって僕の生活の価値は変わらないから
問題はこのバグだ
人が創ってきた情報に、コンピュータが耐えられなくなった
要するに、容量不足に陥ったのだ
それで、管理者というプログラムが緊急措置として様々な情報を削除しようとした
しかし保持者と呼ばれる存在⸺こちらもプログラムだ⸺がそれを無理やり阻止しようとした結果、このような状態になった
最初は小競り合い程度だったが、双方の争いはエスカレート
皆が気づいた時には大変な事態になっていたのだ
まあ、そんなに悲観するほどのことではない
僕はこの世界を創ったコンピュータを開発した一族の末裔だそうで、権限があるのでアクセスすれば命令できるらしい
僕はプログラミングとかの知識はないので、少し不安だったが、声でそんなに難しくない命令を下せばいい、と観測者から聞かされた
ああ、わかると思うが、観測者もプログラムのひとつだ
僕が命じることはひとつ
「サーバー強化して」
これくらい自動でできるように作れよ、先祖
一週間後、世界は拡張され、管理者と保持者は争う理由がなくなり、バグは消滅した
さらに、世界はバグ発生以前より生活しやすくなったのだが、拡張の副産物として、脳の処理速度が上がったおかげだそうだ
今回の事件は、静かな夜明けだ
例える場合、夜明けはいいことでなければならないと思う
悪いことは起きたが、結果として、世界はより良い方向へ向かったのではなかろうか
2/6/2025, 11:08:29 AM