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1/17/2023, 11:19:09 AM

今の時期にふく冷たい風は
「木枯らし」とは言わない。

晩秋から初冬に吹く、北寄りの風のことを言う。

木枯らしがふきはじめた11月なかばは、
まだ今のようなことになるとは知らず、
呑気に舞い上がる枯葉を眺めていたのだ。

じゃあ今、ふく風はなんというのだろう。
なんでも調べて教えてくれる君は、ここにはいない。

1/16/2023, 2:50:38 PM

「美しいですね」と言われた。
呆気に取られて、
そのあと腹が立った。
だから、「は?」と相手を睨め付けた。
酔っ払ってはいない。
酔っ払ってるとしたら、それはキョトンとした顔をして、こちらを見ている
「美しいですね」と言ったこいつだ。

私は美しくなどない。
身長175センチ、80キロの私は
レンタルで唯一着ることができた
全く似合わない振袖、
赤地に鶴の柄という
やけにおめでたい柄の振袖を
着込んでいた。
振袖を着るべきだという、親
の意向に従ったのがバカだった。
縦にも横にも大きい体だから赤を着ると
そそり立つ炎の柱のようだった。
そこに鶴がすっくと立っている。
着物というより、舞台背景だ。

1人きりで鏡の前に立った時はそれでもずいぶんマシに見えたのだが、
成人式に出席し
パステルピンクや萌葱色、縹色、淡い綺麗な色で
今時の振袖を着ている華奢な同年代の中に立ってみると
自分が時代錯誤でけばけばしい
置物のように思えた。
人間ですらない。

髪をアップにしたせいで細い目元はますます細くなっている。
着物は苦しくて汗はかく。
周りの視線が痛い。
誰も言葉にしないものの、「なんだあれ」と思っているのだ。
今度は気持ちの面でざわざわしてまたどっと汗をかいた。
成人式が終わる頃には
ひどくくたびれていた。

1人になりたい。一刻も早く。
誰と話すこともなく、とりあえずも会場を後にして、
そそくさと自宅に帰ろうと駅の改札まで来た時だった。
くだんの人間が
しかも見知らぬ人間が「美しいですね」などと宣ったのだ。

どこまで馬鹿にしたら気が済むのかと突き上がる気持ちがあって
反射的に
「こんな大きい私が、美しいわけなんてないです」
と金切り声で叫んでしまった。

すると、そいつは、フワッと笑って、
「大きいものはよいもの、美しいもの。
もともと、美という漢字は、大きい羊を、意味します。
あなた、「大きいから美しいわけない」といったけど、
それは間違い」
といった。
「美しいですね」
そしてそいつは、そのまますたすたと歩いて行った。

1/13/2023, 1:49:52 PM

年は2つ3つ上で
背が高くて
かっこよくて
お金持ちで
それからとっても優しくて…
そういうひとが
私を永遠に愛してくれる。
そんな普通の願いを持って何が悪いの?と
思う。

そのためには私は美しくなる必要がある。
全てのムダ毛は処理して
毛穴がない滑らかな肌で
胸は大きく
足は細く
胸以外の不必要な贅肉は一つもなく
枝毛のない艶やかな髪で
素晴らしく長いまつ毛で
白目には濁りがなく
シワのひとつもない。
そういう女になるのだ。

そのためにはお金がいる。
化粧品にも、
美容室にも、ダイエットにも
美容外科にも、ジムにも
デパートのコスメカウンターにも
行かないといけない。

そのためにはおじさんとご飯を食べる。
手を繋いで歩く。
どうでもいい連絡のやり取りをする。
ニコニコしながら、卑猥な言葉を受け流す。

年は2つ3つ上で
背が高くて
かっこよくて
お金持ちで
それからとっても優しくて…
そういうひとが
私を永遠に愛してくれる…
なんてことがあるなんて本当は思っていない。

でも、
叶うかもしれないじゃない

そういう夢を見ていたい

1/13/2023, 12:54:41 AM

薄く開いた扉の向こうから、
言い争う声がする。
物がぶつかる音やすすり泣く声も、聞こえてくる。
内容はわからない。
たぶん、お金か僕のことなんだろうと思う。
2人が言い争う時は、だいたいその2つのうちのどちらかだから。
扉はそのままにして、布団に潜り込む。
聞きたくはないけど、聞かないといけないのかもしれない。
体を丸くできるだけ小さくして、目をつぶる。布団は冷たい。それはおねしょをしたからだ。できるだけ濡れていないところにいく。

今日のお昼までは楽しかったのにな、と思う。
3人で、外でご飯を食べたのだ。
何でも食べていいと言われたので、びっくりした。
うちにはお金がないと思っていたからだ。
でも、お金ができたのかもしれないと思って、ハンバーグのセットとアイスクリームを頼んだ。
アイスクリームはチョコ味だ。
アイスクリームも頼んでいいよと言われたから、そうしたのだけれど、それは間違いだったのかもしれない。
僕にはそういうところがあって、だいたい何か間違えて、みんなの空気を悪くしてしまう。
楽しい時は要注意なのに、それを忘れてしまっていた。

ハンバーグには目玉焼きが載っていて、横にはポテトが載っていて、鉄板がじゅうじゅう音を立てているのを見たら、悪い空気のことを忘れてしまっていた。
もしかしたらあれはテストで、そこに気づくかを見られていたのかもしれない。それに、鉄板の上に乗っていた、コーンとマメのやつは色が気持ち悪いから残した。それも良くなかったのかもしれない。
アイスクリームを選んでいいと言われてバニラじゃなくてチョコを選んだのも、今思えば良くなかったような気がする。

スプーンでチョコアイスを救って、口に入れた時、甘くて美味しい味がいっぱいに広がって、目が開いた。
そしたら、それを見た2人がにっこりしてくれた。
口元が汚れていると言って、紙で拭いてくれた。
その時も、2人は笑っていた。
チョコアイスの味と同じような気持ちになった。甘くて広がる感じだった。もっと食べたくなるような気持ちだ。ずっとこのままだといいのにとお祈りするような、そういう気持ち。

僕はまた失敗したのだ。 だから、ずっとこのままにならない。
そのことが悲しくて、少しだけ泣いた。

1/12/2023, 12:04:12 AM

長い壁の横にある細い小道を歩いていた。
冷え込みのせいか、足元の靴がぽくぽくなる音だけが温かに感じられる。
生きているものが出す音だからだと思う。
熱のある音だ。
枯れ果てた葉っぱがくるくるまわり、はねていくが、乾いていて冷たい音しかたてない。
空は薄曇りで、暗く、
頬が痛いほど、空気が冷たい。
肩に違和感があったので、触ると、髪の毛の先が凍っていた。触れると、手の温かさで少し、溶けた。
息をひとつ吐いて、小道をひたすらまっすぐ歩く。
この地域にはもう、自分以外には生きている人間はおそらくいないだろう、
その事実に
寒さがさらに身に染みていく。

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