世界に一つだけ
*BLです。
「はぁー、俺にもなんか、才能とか特技とか、あればいいのに」
リビングのソファで一緒に青春映画を見た後、膝を抱えた恵(めぐむ)は眉を下げて小さく呟いた。
恵は出会った時から、いや、それよりもずっと前から「特別」という言葉に憧れているらしい。
「俺って普通だし」が恵の口癖だ。
恵の兄はバンドのボーカルだし、恵を取り囲む友達も才能や目標のある人が多いから、自分と比較して昔からずっとその気持ちを燻らせて来たみたいだ。
それで言うと、日本とイギリスのハーフでイギリス人でバンドでドラムを叩いている俺はすごく特別なんだと言う。
だけど俺はずっとどこにも属せない感じが落ち着かなくて、居場所が欲しかった。その上恋愛対象も男で。それは特別なんかじゃなくて、マイノリティってやつで。すごく嫌なこともなかったけれど、いいことなんてなかった。
それを全部覆して俺の居場所になってくれたのは、恵だ。ヤバい言い方をすると、恵はこの世界に一つだけの俺の居場所だ。
恵みたいに特別な人に、生まれて初めて会ったんだ。
そういうことを、全部伝えたい。全部伝えて恵がどれだけ特別で大切で、どこにも代わりがいないって、言い聞かせたい。だけどいつも上手く言葉にできなくて、恵には少しも伝わらない。
「え? なに? 突然」
もどかしくて、気がつくと恵のさらさらの黒い髪をかき回していた。
「ちょ、なに、なになになに」
それから、特別な恵の体をぎゅっと抱きしめて、特別なほっぺにキスをする。
「レン? どうしたの?」
「可愛くって」
「またそれ、なに? 俺なんかスイッチ押しちゃった?」
恵は少し体を離して俺の顔を覗き込む。困った顔で耳を赤くして。探るように俺の瞳をみつめる。そのなにもかも全部がスイッチを押してるっていうのに。
「あああーっ、無理っ、可愛すぎて無理」
「だからー、なんなの?」
「恵、恵がどう思ってても、俺には恵は特別だから。知ってるよね」
「……うん……そんなこと、言わなくても」
「言うよ。わかって欲しいから何回でも言う。それに恵のやりたいことならなんでも応援するし、手伝うよ」
真剣に、視線を合わせて。いつも思っていることをきちんと声に出して言う。
「ん……ありがと」
「個性って、知ってる? 恵が、恵として生まれた時から、恵であることが個性なんだよ」
「それは……なんか目からウロコだけど……」
「だけど、そういうんじゃないんでしょ」
「うん……ん、なんで今?」
急に我慢できなくなって、恵の柔らかい唇に自分のを押し当てた。
学校でも外でも手も繋がないし、いちゃつかないように、なるべく自分を律している。だから放課後ふたりになると、頭がおかしくなるって、恵にいつも注意されてしまう。これでも、急がないようにスピードを緩めているつもりなんだけど。
「恵、好きだよ」
「お、俺も。レン、好き」
はにかむようにふにゃっと笑う。
照れていたって、気持ちを言葉にしてくれる恵に、何度も感動してしまう。
恵はまだ気が付いていない。
恵は俺の恋人になった時点で、ある意味マイノリティになった。なにか嫌な思いもするんじゃないかって、本当は心配だった。俺なんかと関わらない方が恵のためになるって、自分に言い聞かせようとした時期もあった。
だけど、恵の周りにはいつも優しさが溢れていて、友達も家族も、恵にそのことを感じさせない。
恵のいる場所がそういう世界で本当によかったと思う。
「お、おお、レン? どうしたの?」
「んー、大好きが高まっちゃって」
力を込めて抱きしめると、耳元でからからと恵が楽しそうに笑う。
「俺もーっ」
そう言って同じ力で抱きしめ返してくれる。
「あー、俺も相当頭おかしいかも」
恵はまだ楽しそうに笑っている。
ずっと、恵にこんなふうに笑っていて欲しいんだ。
胸の鼓動
*ブロマンス×ファンタジーです。
とくん……とくん……。
隣から、ゆったりとしたリズムで胸の鼓動が聞こえてくる。決してそんな気がするのではなくて、物理的にだ。
彼がリラックスしている時、困っている時、嬉しい時。どんなに表情を取り繕っていても、素直な鼓動はいつも真実を告げている。
僕は、ヴァンパイアだ。生まれた時はもちろん普通の人間だった。けれど狂った男にこんな体に変えられて、それからもう随分と経つ。
「今日ね、この後大雨が降るらしいんですよ。お客さん、大丈夫ですかね」
テーブルを回ってひとつずつキャンドルを灯しながら、乙都(おと)くんは心配そうに眉を下げる。
「どうかな。誰も来ないかもね」
僕がそう告げると、乙都くんは目を丸くする。
「雨の日はほんと少ないよ、まあ、雨の日は早く家に帰りたいよね」
他人事のように言う僕に、乙都くんはもっと目を丸くする。その顔が愛しくて、思わず顔が緩んでしまう。
ヴァンパイアになってから気が遠くなるほどの月日を経て、いろんな時代を過ごして来た。今僕は夜だけオープンするカフェを営んでいる。
年を経るごとに日光に対する耐性はついたけれど、体調に多少なりとも影響するのは確かだ。夜に出来る仕事をいろいろと試した結果、今は心地の良い穏やかな暮らしを手に入れた。似た境遇の仲間が穏やかに過ごせる場所が欲しかった。
住み込みのアルバイトの乙都くんは、人間だ。過去に縁があったけれど、彼は何も知らない。もちろん僕のことも。僕は紫外線アレルギーの虚弱体質の男だと思われている。乙都くんは素直だから、僕が告げたそのままを、受け入れる。
ふらりと客としてやって来て、失業して住むところもなくなると聞いた瞬間、二階の余った部屋の内装を考え始めた。
ただ、僕は彼を見守りたくて、そばに置きたい。もちろんそれは彼の血が欲しいとかそういうことではない。時代とともに社会は変化して、人工血液もその入手ルートも確立された。だから人間を食糧みたいに考えるヴァンパイアなんて、ごく一部のカルトな連中だけだ。
だからこそ、タチが悪いのかもしれないと思った。出会った日からの彼の成長、人生。その何もかもを、見守っていたかった。
その欲を手放したくて長く離れていたはずだったのに、乙都くんはひょっこりと突然店に姿を現した。再会したその瞬間、成長して当時と何もかもが変わっていても、すぐに彼だとわかった。目が合った瞬間、全身の毛が逆立つような感覚がした。
運命っていうのは、神様っていうのは、どうしてこんなにも意地悪なのかと。親切心だとしたら、お節介が過ぎる。
「店は、開けるんですよね?」
「そうだね、もしかしたら誰か来るかもしれないし」
「じゃあ、俺今日下にいてもいいですか?」
「いいよ、どうして?」
「……なんとなく、迷惑じゃなか、」
「ちょうど良かった。新作のドリンク試して欲しかったんだ」
言葉を濁す乙都くんの話を遮った。いくら言い聞かせても、彼は遠慮をやめてくれない。そういう性格なのだろう。
乙都くんが自分のシフトを終えた後に店で過ごしたいと時々申し出てくれる。その時、この店が彼にとっても居心地の良い場所なのかもしれないと、幸せを感じる。
「はい、いただきます、なんでもっ」
そう言って、パッと顔が明るくなる。そして、少しだけ速くなる鼓動。
ああ、駄目だ。
やっぱり手放したくない。
踊るように
*ブロマンスです
「はー、あっつ、あっついねー、ナギ」
シャツの首元をパタパタと引っ張りながら、俺を振り返る。暑いって不満をいうくせに、その響きにはネガティブさはなくて。夏は嫌いじゃないんだろうって思う。
「あー、汗やば、俺臭くない? 大丈夫?」
そう言って冗談めかして近づいてくる。
「あー、暑い、近づくな」
「ひどっ、なあー、俺臭い? なあなあ」
ケラケラと笑いながら、俺の体に腕を回してわざと近づいてくる。
もちろん臭くなんてない。部活終わりに汗を気にしてボディーシートで拭いているのも知っているし、そのせいかいつもミントみたいな爽やかな香りを纏っている。それに、リツのことを臭いなんて思うわけがない。そもそも俺に聞くなんて意味のないことだ。
「なーなー、くさいー?」
「くっつくなって、臭くないって」
俺がそう言うと、満足したように笑ってようやく離れる。
「はあよかった、ナギなんでそんなに涼しそうなの? ネクタイ暑くない?」
「ああ、大丈夫」
本当は体温がぐんぐん上昇中で、背中は汗でびっしょりだ。だけどそれはギラギラとした太陽のせいだけじゃない。
もう何年も一緒にいるのに、リツがそばに来てふざけて俺にくっつくと、心臓は早鐘を打ち、体温は上昇して、息も浅くなるし、体調が悪くなる。ここ最近は特に酷くなりつつある。
それが、嫌悪感や苦手意識なんかじゃないってことは、とっくに理解している。
「なんか食べて帰る? ファミレスとか、いっちゃう?」
ステップを踏むように追い抜いて、俺を振り返る。暑いなら無駄な動きしなきゃいいのに。
「久しぶりだよな? 一緒に帰るの」
そう言って笑う。登校するのもクラスも一緒なのに、一緒に帰ることがまるで特別みたいに言う。
無邪気というか馬鹿というか。中学の頃から全然変わらない。そんなところがかわいすぎるだろ。
「うん、寄ってこうか」
「やったね。いこいこっ」
満面の笑みで頷く。
図書室から、グラウンドを走る陸上部のリツが見えた。リツを待たずに真っ直ぐ帰ってもよかったのに、昼に、最近一緒に帰ってないなー、なんて可愛く呟いているのを聞いてしまったから。
図書室で勉強して帰るって言った。勉強をしたのも本当だけど、窓のそばの歴史関係の資料の並ぶ棚に長時間滞在したのは俺だけの秘密だ。
日差しを浴びてキラキラ輝くリツの笑顔が眩しかった。それに、俺にするように気安く他のやつにも絡む様子が憎らしくて、胸がひりついた。
リツを見ているだけで、嬉しい、悔しい、もどかしい、色んな気持ちがないまぜになって、胸が苦しくなった。
その度に、何度も気持ちを再確認する。何度でもリツを好きになる。
自分の気持ちを疑ったり見ないふりをする時期は、とうの昔に過ぎ去った。
それでも、この気持ちをなるべく長く、出来ればずっと秘めていたい。
「なーぎなぎっ、早くっ、お腹すいたっ喉乾いたっ」
少し前を歩いていたリツがパッと振り返る。
「子どもかよ。わかった、急ごう」
ドキッとしたのを悟られたくなくて、俺は早足でリツを追い抜いた。
「えっ、急になにっ」
きゃはきゃは、楽しそうに笑いながら踊るようにスキップで追いついてくる。
そんなところがかわいくて、かわいくって。
ああ、いつまで、耐えられるだろうか。
時を告げる
*ブロマンスです
ボーン ボーン という聞き慣れない音に、ハッと目が覚めた。
真っ白い天井。
鐘の音のような音はまだ止まずに鳴り続けている。無理やりこじ開けたぼんやりとした視界。寝返りをうって隣を向くと、今度は心臓が止まるかと思った。
目の前の光景が信じられなくて、何度も瞬きを繰り返す。俺の方に体を向けて目を閉じている。
すやすやと、穏やかな顔で眠っている……佐治(さじ)さん。なぜ。
佐治さんは前まで俺が所属していたチームのチームリーダーだった人で、今はデザイン部全体の総括リーダーになって。思いっきり、俺の上司だ。
仕事上の会話しか交わしたことのない、雲の上みたいな、会社の女性社員みんなの憧れみたいな人が俺の向かいに横たわっているのはあまりにも変というか、奇想天外すぎるだろ。
きっとこれは夢だ。そうかそうかと、仰向けに戻って目を閉じた。
目を閉じると、残像のように朧げに昨日の記憶が少しずつ浮かんでくる。
そうだ、昨日残業をしていて、このファイルを保存したらすぐに家に帰って明日のデートに備えて早く寝よう。なんて考えていた。そうしたら、スマホに一件の通知。
「ごめんなさい」で始まるその文章に嫌な予感がして、恐る恐る手に取った。
付き合って三ヶ月で初めてのクリスマスイブのデート。それも土曜日だ。お泊まりなんて大胆なことは考えていなかったけれど、最近仕事があまりにも忙しくて、付き合いたてだっていうのにそれらしいデートもできなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だから、彼女が好きだって話していた少し背伸びしたイタリアンのレストランだって予約済みだし、今までの埋め合わせをして、今後の関係性をもっと深めて。なんてひとりでいろいろと考えたりしていた。それなのに。
「ごめんなさい、私たち合わないと思う。少しの間だったけど、ありがとうさようなら」
まるで、不用品のやり取りをするアプリの提携文みたいな、事務的な別れの言葉だった。そこからは彼女の悲しみも苛立ちもなんにも伝わって来ない。
わかる、俺がきっと大切にしなかったせいだ。コンペの準備にかかりきりで、連絡の頻度も少なかったかもしれない。だけど本当に大切な仕事だったから。
仕事が大好きだってことは伝えていた。好きなことを仕事にできるなんていいねって、彼女は言っていた。だからわかってくれているんだって……そう思っていた。
なんで? どうして? 俺は好きなのに。どこがどう合わないと思うの?
そう打とうか、それとも電話しようか。頭に浮かんでも手も指も動かなかった。
そうやって彼女を引き止める資格が自分にはないような気がした。
彼女が別れたいって言うなら、そうするのがいいのかもしれない。きっと悪いのは俺だ。
「わかった。今までありがとう、ごめん」
頭にはいろんなことが浮かんだり消えたりしていたのに、結局そう送信した。他に言葉が思い浮かばなかったから。
「理由も聞かないんだね。そういうとこだよ。さよなら」
次に来たメッセージはそれだった。
俺の記憶には笑顔の彼女しかいない。そんな彼女からの、苛立ちと怒りをハッキリと感じた。そういうとこ……。自分を全否定された気がした。
なんだか、バッサリと切り捨てられて急に胸がグッと締め付けられた。きっと悲しかったのは彼女の方なのに。なんだか視界がぼんやりとしてくる。
力が抜けて椅子に座ったまま、動けなくなった。仕事は終わったし、PCの電源を切って立ち上がるだけだ。残業をしている同僚はもういない。早く、帰らなきゃ。
「市川君?」
どのくらいの間そうしていたのか、ふいに呼ばれて飛び上がりそうなほど驚いた。佐治さんがそばで俺を見下ろしていた。
「あっ、佐治さん」
「あっ……」
驚いたのは俺だけじゃないらしい、声をかけてきた佐治さんも目を見開いている。
その時、頬に違和感を感じた。
「あ、なんでもないです、なんでもなくて」
手の甲で頬を拭って、慌てて下を向いた。ズボンにぽたりと水滴。
黙ったままの佐治さんになにか言わなきゃと思うのに、どうしよう、しか浮かんでこない。なにか取り繕うべきだ。困らせてる。
「どうしたの?」
不意に頬に手を当てられて、思わず顔を上げた。佐治さんは心配そうに俺をみつめている。
「や、あの。大丈夫です。なんでもなくて」
「なんでもない顔してないよ? 何があったの?」
「や、そんな、佐治さんに聞いてもらうような話じゃなくて、」
「俺には、話したくない?」
佐治さんはいつも冷静沈着だ。仕事でミスをしても受け止めてくれて、どうすればいいか対策を示してくれる。何年も一緒に働いていて、怒られた記憶もない。
その佐治さんから感じた、初めての静かな怒りの圧だった。
どうしよう、またそれで頭がいっぱいになってしまう。
「なんか、飲みに行こうか」
下を向いた俺の頭に、手の重み。
そんなのも、初めてだった。
またハッと息をのんだ。
飛び込んで来たのはさっきと同じ真っ白な天井。顔だけをそっと左側に向けてみるとやっぱり隣には佐治さんがいた。
音を立てないように、ベッドを揺らさないようにそっと抜け出す。初めて来たとしか思えない部屋。佐治さんの部屋なんだろう。整理整頓されていておしゃれで、ずいぶん広い部屋だ。部屋を見回すと、大きめのソファにちょこんと腰掛けた。
そうだ、カフェに連れて行ってもらって、泣き言をたくさん聞いてもらって。自分でも理解できないくらいに佐治さんに色んなことを話した。
頭ではわかっていた。佐治さんとは仕事の話しかしたことがなくって、自分のことをペラペラと話すのは変だって。
なのに佐治さんがあまりにも聞き上手で、いつもの仕事の時とはなんだか違って、まるで年上の友達みたいに優しくて、リラックスしてしまって。話題はそのうちに彼女とのことじゃなくて自分のことばかりになって、なにもかもを明け透けに、仕事の悩みや心配ごとまで、全てを曝け出していた。
すごく自然な流れで、誘われて、佐治さんのうちにまでのこのこと着いてきて、一緒にお酒も飲んだ気がする。
後ろを振り返ると、ベッドで眠る佐治さんが見えた。
これは現実だ。
話しかけるのも少し緊張してしまうような、憧れの先輩のプライベート空間に、なぜ俺はいるのか。
また、ボーンっと一度音が鳴った。壁にかかった古い振り子時計の時を告げる音だった。七時三十分。三十分だから一回鳴ったのか。なんてぼんやりと考える。
佐治さんと一緒に行ったカフェ、頬や頭に触れた手のひら。仕事の時とは違う、柔らかく笑う佐治さんの顔。何もかも初めてだった。
佐治さんは仕事中に居眠りなんてしないから、寝顔だってもちろん初めてだ。
ああ、何やってんだ、俺。
思わず腕で顔を覆う。その白いスウェット。そうだ、服も貸してもらったんだった。
なに、この状況。
ああ、今日は彼の誕生日だった。
そう気がついたのは二十三時三十分のことだった。
一年に一度のこの日を忘れて今日を終えようとしていたのは、彼と出会ってから初めてのことだ。
出会ってからも別れてからも。彼の誕生日を忘れたことはなかった。きっと彼は私の誕生日なんてとっくの昔に忘れて、三六五日の中の一日として過ごしているだろう。
今さら彼のことを考えて悲しくなったり切なくなったり、しない。ましてや、会いたいなんて思っていない。いや、もしばったりと街中で会って向こうが声をかけて来たら、それはそれで嫌な気持ちはしないかもしれない。
だけど彼はそんなことはしないだろう。少し考えただけで、それは確信できるし、少しでもそんなシチュエーションを頭に思い浮かべただけで、自分に対する裏切りのような気がする。
彼は出会った時からきらきらと眩しくて、輝いていた。好奇心の溢れるその瞳にみつめられると全部見透かされているようだった。
私は彼に夢中になって、精一杯背伸びをして彼に釣り合う自分でいたいと思っていたけれど、いつになっても彼に見せたい自分と本当の自分の溝が埋まらなくて、ただ辛いばかりだった。
彼がどんな私を求めていたのかなんて、今になっても分からない。臆病な私はなにも確かめられなかったから。
彼と離れてから自分で自分を宥めすかして、甘やかして、慈しんで、ようやくここまで辿り着いた。
次の誕生日には忘れてこの一日を過ごして、そしてそのうちに気にも留めなくなるだろう。
それでも、彼と過ごした時間の少しはきらめく思い出として胸の中に残るかもしれない。
それも、悪くはない気がする。
きらめき