茂久白果

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 踊るように
 *ブロマンスです


「はー、あっつ、あっついねー、ナギ」
 シャツの首元をパタパタと引っ張りながら、俺を振り返る。暑いって不満をいうくせに、その響きにはネガティブさはなくて。夏は嫌いじゃないんだろうって思う。
「あー、汗やば、俺臭くない? 大丈夫?」
 そう言って冗談めかして近づいてくる。
「あー、暑い、近づくな」
「ひどっ、なあー、俺臭い? なあなあ」
 ケラケラと笑いながら、俺の体に腕を回してわざと近づいてくる。
 もちろん臭くなんてない。部活終わりに汗を気にしてボディーシートで拭いているのも知っているし、そのせいかいつもミントみたいな爽やかな香りを纏っている。それに、リツのことを臭いなんて思うわけがない。そもそも俺に聞くなんて意味のないことだ。
「なーなー、くさいー?」
「くっつくなって、臭くないって」
 俺がそう言うと、満足したように笑ってようやく離れる。
「はあよかった、ナギなんでそんなに涼しそうなの? ネクタイ暑くない?」
「ああ、大丈夫」
 本当は体温がぐんぐん上昇中で、背中は汗でびっしょりだ。だけどそれはギラギラとした太陽のせいだけじゃない。
 もう何年も一緒にいるのに、リツがそばに来てふざけて俺にくっつくと、心臓は早鐘を打ち、体温は上昇して、息も浅くなるし、体調が悪くなる。ここ最近は特に酷くなりつつある。
 それが、嫌悪感や苦手意識なんかじゃないってことは、とっくに理解している。

「なんか食べて帰る? ファミレスとか、いっちゃう?」
 ステップを踏むように追い抜いて、俺を振り返る。暑いなら無駄な動きしなきゃいいのに。
「久しぶりだよな? 一緒に帰るの」
 そう言って笑う。登校するのもクラスも一緒なのに、一緒に帰ることがまるで特別みたいに言う。
 無邪気というか馬鹿というか。中学の頃から全然変わらない。そんなところがかわいすぎるだろ。
「うん、寄ってこうか」
「やったね。いこいこっ」
 満面の笑みで頷く。

 図書室から、グラウンドを走る陸上部のリツが見えた。リツを待たずに真っ直ぐ帰ってもよかったのに、昼に、最近一緒に帰ってないなー、なんて可愛く呟いているのを聞いてしまったから。
 図書室で勉強して帰るって言った。勉強をしたのも本当だけど、窓のそばの歴史関係の資料の並ぶ棚に長時間滞在したのは俺だけの秘密だ。
 日差しを浴びてキラキラ輝くリツの笑顔が眩しかった。それに、俺にするように気安く他のやつにも絡む様子が憎らしくて、胸がひりついた。
 リツを見ているだけで、嬉しい、悔しい、もどかしい、色んな気持ちがないまぜになって、胸が苦しくなった。
 その度に、何度も気持ちを再確認する。何度でもリツを好きになる。
 自分の気持ちを疑ったり見ないふりをする時期は、とうの昔に過ぎ去った。
 それでも、この気持ちをなるべく長く、出来ればずっと秘めていたい。

「なーぎなぎっ、早くっ、お腹すいたっ喉乾いたっ」
 少し前を歩いていたリツがパッと振り返る。
「子どもかよ。わかった、急ごう」
 ドキッとしたのを悟られたくなくて、俺は早足でリツを追い抜いた。
「えっ、急になにっ」
 きゃはきゃは、楽しそうに笑いながら踊るようにスキップで追いついてくる。
 そんなところがかわいくて、かわいくって。


 ああ、いつまで、耐えられるだろうか。
 

9/7/2024, 1:43:41 PM