茂久白果

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 ああ、今日は彼の誕生日だった。
 そう気がついたのは二十三時三十分のことだった。
 一年に一度のこの日を忘れて今日を終えようとしていたのは、彼と出会ってから初めてのことだ。
 出会ってからも別れてからも。彼の誕生日を忘れたことはなかった。きっと彼は私の誕生日なんてとっくの昔に忘れて、三六五日の中の一日として過ごしているだろう。
 今さら彼のことを考えて悲しくなったり切なくなったり、しない。ましてや、会いたいなんて思っていない。いや、もしばったりと街中で会って向こうが声をかけて来たら、それはそれで嫌な気持ちはしないかもしれない。
 だけど彼はそんなことはしないだろう。少し考えただけで、それは確信できるし、少しでもそんなシチュエーションを頭に思い浮かべただけで、自分に対する裏切りのような気がする。

 彼は出会った時からきらきらと眩しくて、輝いていた。好奇心の溢れるその瞳にみつめられると全部見透かされているようだった。
 私は彼に夢中になって、精一杯背伸びをして彼に釣り合う自分でいたいと思っていたけれど、いつになっても彼に見せたい自分と本当の自分の溝が埋まらなくて、ただ辛いばかりだった。
 彼がどんな私を求めていたのかなんて、今になっても分からない。臆病な私はなにも確かめられなかったから。
 彼と離れてから自分で自分を宥めすかして、甘やかして、慈しんで、ようやくここまで辿り着いた。

 次の誕生日には忘れてこの一日を過ごして、そしてそのうちに気にも留めなくなるだろう。
 それでも、彼と過ごした時間の少しはきらめく思い出として胸の中に残るかもしれない。
 それも、悪くはない気がする。



 きらめき

9/5/2024, 3:40:04 PM