備忘録

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8/13/2025, 7:08:27 PM


夏休みが始まって1週間がたった頃、オレは事務所で課題をする羽目になっている。

「うーーーーん。」

かれこれ作文用紙と向き合って2時間。埋められたのはたったの5行。これはもしかしなくてもやばいか。隣のセイカの作文用紙を見るとなんと3枚目の後半部分までシャーペンを走らせていた。

「なんだ、ジロジロ見てもお前の助けになるものなんて書いてないと思うぞ。」
「いやそれはわかるんだけど、セイカ書くの速くね?もう終わりそうじゃん。終わったらオレのも手伝ってくれませんかね?」
「それはいいが文章は自分で考えたほうがいい。じゃないとハヤトが思った通りの内容にも、自分の力にもならない。」
「そう言われてもねー、なんで書けばいいのかわかんないっすよ先生。」
「いいか?作文にはテンプレートがある。それに沿って書いていけばいつの間にか埋まっている。俺もここまで書けているのはそのテンプレートのおかげだ。」
「なるほど、もしかしてそのテンプレートなるものを使えばオレでもこの忌々しき読書感想文を書けると言うことなのか!?」
「そうだ。ハヤトでも書ける。良かったな。」
「なんかムカつくなその言い方。」

セイカは自分のファイルから白紙の紙を出すとペンを走らせながらオレに説明してきた。

「いいか?学校で出される作文なんかは読む相手を喜ばせたら勝ちだ。読んだ後にこれはよく書けている、書いたやつはよく考えている。なんて思わせるような内容にするんだ。」
「読む相手っていうと先生か?」
「そうだ。ハヤトのくせによく分かったな。」
「は?それくらいわかりますが。」
「続けるぞ。読む相手つまり教師が喜ぶのは自分と結びつけている作文だ。」
「自分と結びつけている作文?」
「あぁ、例えるとだ。主人公は最初体が弱かったが懸命に努力を重ねた結果、誰にも負けない体を作ることができた。なんて話があったとしよう。その話を読んで自分も決してできないと思っていることでも主人公のように己を鼓舞して頑張っていきたい。なんで書けば教師は満足する。」
「ほーん。その話を読んで自分もこんなふうになりたいって言えば良いのか?」
「簡単にいうとそうだ。だがそれだとジャンルや内容によっては書くとまずい場合もあるから気をつけたほうがいい。」
「そんなのあるんか?」
「サスペンスやミステリー、ホラー系がある。自分も殺人鬼のように己の心情を持ってして人間を篩にかけたい。ホラー主人公のように未知の生物にも果敢に立ち向かいたい。なんて書いたらその日は三者面談待ったなしだな。」
「それくらい書いたらやべえことなんてオレにでもわかる。」
「そうか、良かった。一応言ったまでだ。」
「………そうか。ありがとな。」

前々から思っていた。セイカは俺をバカバカ言ってくるがオレを本当にバカ扱いしているこいつ。よくある弄りとかではない。本気でオレをバカだと思っていて、だけどどれくらいのバカか分からないから想定しうるバカ行動をさせないように善意でものを言っている。そしてそれを隠さずオレに言ってくる。恐るべし天然。良かったな、受け手がオレで。

「よし。読書感想文の方向性を教えたところで次は実際に自分が本を読んで思ったことを書き出すんだ。安心しろ、ハヤトでもかける。まずは感動したところや印象的な場面を書いていく。そしてその理由、ある程度かけたら自分とどう繋げるか考えるんだ。こじつけで繋げてもいいし、自分が素直に思ったことでも良い。後者の方がより良い作文は書けると思うぞ。」
「よし。自分頑張ります先生。」
「あぁ。ある程度描き終わったら俺に見せてくれ。それが良かったら実際に作文用紙に書き始める。」

そう言ってセイカはオレにさっきのプリントを渡してきた。話している間に書いてたのはこれか。それには感動した、印象に残った点、その理由、自分と繋げる点と3つ項目があった。しごできだなセイカはなんて思いながら読書感想文用の小説を軽く読み返す。オレが選んだのはベストセラー受賞の大人気小説だ。普段本なんて読まないから終業式の日に本屋に駆け込んで目についたものを手にして買った。本の内容は最近の社会問題をテーマにしたものだった。読み終わるか不安だったが、短編小説だったのでちまちま読んでいたらいつの間にか読み終わっていた。

「これを自分と繋げる?むずくないか?」
オレが特に印象に残ったのは家庭内暴力やネグレクトの話だがオレにはそんな経験はない。ごく普通の家庭で愛を注いでもらってここまで生きていた。小説の登場人物には羨ましく見えるくらいには幸せな家庭だと思う。

「いやまず印象に残った理由か。」
最初はダメな親だと思った。自分達で望んで産んで産んだ子供なのに手をあげて無視して、都合の良い時にだけ優しくして。それでも親かと思った。だけど、読んでいくうちに親にも親の事情があることを知った。仕事の人間関係や経済的な問題、冷たい社会、そんな環境にいる息苦しさ、疲れて家に待っているのは溜まった家事とお腹を空かせた子供。読み終わったオレには簡単にダメな親だと言って良いのか分からなくなった。全てがこの人のせいじゃない。だけど子供にはなんの罪もない。じゃあ悪いのは外の人間や社会?いや、そこにもちゃんと事情があるはず。だから一概に社会が悪いとか言えるわけじゃない。じゃあ悪いのは誰?そもそも悪者はいるのか?いや、悪者がいなかったらこの親子は不幸になっていない。もしかして悪者がいなくても不幸は生まれるのか?それって解決できるのか?わからない。もう一回読み返すか。いや、時間がない。じゃあとりあえず家に持ち帰ってやるか。いやそれだとセイカに見せるタイミングがなくなるかも。

「そんな頭をフル回転させてどうしたんですかハヤト君。」
「うわぁ!って、びっくりしたなんだ団長かよ。」
「なんだとはなんですか。せっかく久しぶりに事務所に顔を出したっていうのに。そんな反応、悲しいですよ私。」
「あーはいはいそうですか。オレ今課題で忙しいから後にしてねー。」
「おや?これが学生の課題というものですか。初めて見ました。………なるほど、学生に本の感想を文章にしてもらうことで文章力、語彙力の向上を図るとともに本の登場人物と自分を重ねて自己を見つめ直す目的もあるようですね。」
「うーんそうそう。そんな感じ。」
やばい。今なんて言ったこの人。全く理解できん。
セイカに聞こうとしたら何故か隣の椅子は空いていた。くそ、団長が来るのを察知して逃げたなあいつ。

「おや、ハヤト君が持ってるその本。私も読みましたよ。」
「え?まじ?」
ならばちょうど良い。団長の感想を聞いてみればオレがモヤモヤ感じていたものもわかるだろう。
「団長。この家族の話についてどう思う?団長の感想聞きたい。」
「私の感想ですか?そうですね、最初はこれがこの国で起きているということが信じられませんでした。私から見れば故郷よりも豊かで人々も幸せそうに見えましたから。」
「ほうほう。それで?」
「終わりです。」
「え?それだけ?」
「それだけです。」
「嘘でしょ。もっと思ったところあったでしょ?親が悪いと思ってたけどそういう話じゃなくなってきたってこととか、じゃあ原因は何かって探ったら分かんなくて一周回って悪者なんていないのでは。とかぐるぐるループになってしまったとか。」
「ほほう。それでハヤト君は頭をフル回転させてたんですね。ハヤト君も社会問題について自分なりに向き合って考えているんですか。あぁ、私感動で涙が。」
「……お前、オレが言い出すように仕向けたな!!」
「団長に向かってお前とはなんですか!!親父にもぶたれたことないのにっ!!」
「なんか違うの混ざってるぞ!!!?」
「良いですかハヤト君?どうせ君のことでしょう。私から感想を聞いてそれを真似しようなんて思ったんじゃないんですか?」
「ううっ……」
「隠すのが下手ですねぇ。いいですよ、素直さは美徳です。」
白髪男はニヤニヤとこちらを見てくる。こういうところが嫌なんだよ団長は。ヘラヘラ人間かと思ったらいきなり刺してくる。自分の感想も本当はあるけど言わなかったのはそう言うことか。

団長はニヤニヤ顔からいつもの表情に戻ると、オレの隣に座った。
「そこセイカの席だけど」
「さっき言ったことをそのまま書けば良いのですよ。ハヤト君。」
「へ?」
「結局自分には悪い人が誰かわからないし、そもそも悪い人がいるのかすらも見当がつかない。全ての元凶も、親が取るべきだった行動も一概にこうとは自分じゃ言い切れないって書けば良いんですよ。」
「それで良いの?」
「はい。実際、私が今言ったことをハヤト君は思ったのでしょう?」
「そうだけど、それじゃあ作文は書けない。セイカは自分と繋げろって言ってた。オレとこんな人たちを繋げるなんて無神経にも程がある。」
「っぷ、」
オレは真剣に言ったのに奴は笑い出した。何がおかしいんだ。笑って良いことではない。

「あるじゃないですか。繋げるもの。忘れたんですか?」

団長は上がった口角を下げて無表情になった。いや、真面目な表情になった。

「君はヒーローですよ。ハヤト君。」
「えっ?」
「ヒーローの君は助けるんです。この話の親子を。この親子のように苦しんでる人々を。」

そうか、

オレは、、 ヒーローだ。


「そうじゃん、オレ、ヒーローじゃん。助けなきゃこの親子を。」
「そうです。わかりましたか?」
「はい!団長!!」
「そうとなったら早速書くのです!今の自分の想いを!!その熱が冷めてしまう前に!!!」

それからオレは夢中でペンを走らせた。自分の手とは思えないほどに速くペンを走らせていた。気づけば原稿用紙は2枚目に到達して自分の想いを綴るところまで来ていた。ところが、「いける」そう思っていたオレに再び行く手を阻む壁が待っていた。

「語彙力が、、、足りない!!!!」
「なんとっっ、!!!」

そうだ。忘れていた。オレは、、オレは、、、、

「オレは、バカだった、、、。」

なんて初歩的なことなんだろう。これじゃ書きたいものも書けない。オレは絶望してしまう。……あれ?これただの作文の課題だよな?なんでこんなに一喜一憂してるんだ?冷静になったオレはとりあえず麦茶を飲む。その間に団長はオレの原稿を読んだようで何か考えている。

「いや、それも違うようですよ。ハヤト君。ここまでよく書けている。確かに拙い文章ですが君の想いや熱は伝わります。今詰まっているのは家族を見て抱えたあなたの感情ですね?」

そうだ。オレはヒーローとして家族を助けたい。その前にこの家族に対する自分なりの見方や感じたことを書くのが筋だろう。普段はこんな頭のいいことなんて思いつかないが脳内のセイカがそう教えてくれた。

「あーなんて言えばいいんだろう。可哀想は違うんだよな。なんか下に見てる感じがして嫌だ。慈悲の心を持ったとかも違う。これもなんか自分のことを仏みたいに捉えてるみたい。てか慈悲の意味もよく知らないしな。まぁとにかく、こう、オレの中の言葉で言い表せない嫌な感情がこの家族にわいてさ。」
「そのままそう書けばいいんじゃないですか?」
「は?………あのさ、団長。オレ真面目に取り組んでるんだけど。この家族について作文を一生懸命書けばヒーローとしての自分も成長すると思って、ない頭で考えてんの。それを何?そのまま書けばいいんじゃないですかって。」
「ハヤト君。私も真面目に言ってますよ。そもそも言葉は人間の意思疎通のために生まれた手段なんです。知恵や情報、感情を相手に伝えたいという欲望から生まれたんです。言語、言葉というものは。」
「もっと分かりやすく。」
「人間に感情が生まれた後にそれを相手に伝えたいと思って言葉が生まれたんです。」
「ほう。」
「つまり、言い表せない感情があってもなんらおかしくないのです。」
「そうなの?」
「そうですねもっと簡単にいうと、人間の感情の多さに言葉の量が合っていないくてもそれは必然なんです。人間は不思議な生き物です。同じような感情でも全く違うものがたくさんあります。もしかしたら、昔にはなかった感情が最近になって生まれるなんてこともあるかもしれません。それこそ今のハヤト君のようにね。その感情が生まれるスピードと量に言葉がついていけてないということです。」
「うーんなんとなくわかったと思う。そう思いたい。オレが今言葉が詰まってるのはそもそもそういう言葉が存在しない可能性があるってこと?」
「そういうことです。だから気にせず、君の言葉で書いていいのですよ。」
「よし、、わかった!!」

再びペンを走らせる。自分でも何を書いてるかよく分からなくなったが良いだろう。それがオレの正直な想いだ。そしてついに、

「できた、、、!!団長!!!できたぞ!!!」
「良かったですね。ハヤト君。私も嬉しい限りです。」
「こんなとこ言いたくはないけどありがとう団長!!」
「なんか引っかかりますが…まぁいいでしょう。」
「やっぱ団長も大人なんだね。オレの知らないことめっちゃ知っててすごい。」
「ふふ、君もいつかこんな大人になれますよ。」
「いや団長みたくはなりなくないな。」
「えっ?」
「けどそっかー。この世にはまだ言葉にならない感情があるんだなー。そう思うと文章書きも少しは楽に取り組めるかな。」

「お前がただ語彙力がない線の方がありそうだが。」
「おっセイカ。逃げたのにもう帰ってきたのか。残念だがまだ団長はいるぞ。」
「こんにちは。セイカ君。どこに行ってたんですか?」
「こんにちは。ずっと椅子に座っていたので気晴らしに少し走ってきました。」
「そうですか。関心です。」
「すまないハヤト。誘おうと思ったが考え込んでいたのでな。途中で思考を止めるのはストレスだと思い声をかけなかった。」
「いや良いよ。それよりさ!完成したんだよ読書感想文!!読んでくれよ!!」
「もちろんだ。」

オレは傑作の3枚をセイカに渡した。セイカが読んでいる最中、反応が気になって仕方なくてずっとセイカの顔を見つめていた。てか、読むの早いなこいつ。

「読み終わった。」
「どうだった?我ながら良いと思うんだ。セイカからしたら言葉が幼稚だったりするかもしれないけどよ。そこら辺は多めに見てな。」
「わかっている。しかしそれを考慮しても想像以上によく書けていると思うぞ、ハヤト。まさかヒーローにつなげてくるとは思わなかった。」
「だろー!?これは団長がアドバイスくれてさ、ヒーローとしてオレはこういう人を助けたいっていう想いが湧いてさ、これ提出してもいいよな!!」
「あぁ、提出はもちろんダメだ。」
「え?ごめん聞き間違えたかも。もっかい言って。」
「提出はダメだ。もちろん。」
「は?」
「これじゃ提出はできない。」
「なんっでだよ!!よく書けてるんじゃないのか!?」
「あぁ、よく書けている。だが、ハヤト。お前は書いてはいけないことを書いている。」
「何をだよ。」
「俺たちはヒーローであることを周りに話していない。」
「「あっ。」」

盲点だった、完全に。そうだ。オレ達は、オレとセイカは、親以外の周りにヒーローであることを言っていない。未成年だからだ。オレ達ヒーローは6人いる。内2人、ハル君とダイスケさんは成人済みだ。残りの4人は、未成年だから名前は伏せた方がいいという上からの方針で活動していだが、ユラとリンは家柄の問題で公表しなくても風の噂で周りの耳に入ってしまうので実質隠していないようなものだ。残りのオレとセイカはそんな特殊な事情はないから完全に隠している。親以外だからもちろん学校にも言っていない。つまり、読書感想文にオレがヒーローであるなんて書いたら本物か虚言癖かどっちかを疑われるのだ。

「書き直しだな、これは。」
「今からみんなにヒーローってこと言うのは、、」
「事務所を出てまた1からヒーロー養成プログラムに参加してもいいなら俺は止めないぞ。」
「ううっ、、」
「ハヤト君。」
団長がオレの肩に手を乗せる。
「その作文は私にください。私が評価して、感想を書いてまた君に返します。」
「お前、、、オレは聞いてたからな、、オレと一緒に『えっ』って言ったのを。」
「さて、なんのことでしょうかね。」

いつもの胡散臭い笑みを浮かべる。やっぱりオレはこの団長とか言う人間は嫌いだ。

「ハヤト。酷かもしれないが今日中に終わらせたいならあまり時間がないぞ。夏休み中もいつ任務が入るか分からん。余裕のあるうちに終わらせたくはないか?」
「終わらせたいよ、、だけどもうさっきの熱は消え去ったよ、、。」
「はぁ、仕方がない。俺がまた1から教えてやる。」
「セイカ様っっ!!!」
「うんうん。これこそ仲間ですね。任務以外でも築かれていく絆。素晴らしいですね。」
「すまないが仲間でない人間は出ていってもらえるか?」
「そうだそうだー!!でてけー!」
「なんとっ!!上司に向かってなんてことを!!」
「なんとでも言ってくれ。今はハヤトの作文をさっさと
終わらせて家に帰りたい。今日は妹とテレビを見る約束をしているんだ。」
「おいまじかよ。それじゃちんたらしてられねぇ。よし、先生ご指導お願いします!!」
「あぁ、任せてくれ。」
「………」

それから1時間ほどで作文は仕上がった。もっと時間がかかると思っていたが直すのはヒーローと言っていたところだけでいいらしいので大部分はそのままだ。終わって一息ついた頃には団長の姿はなかった。

「なぁ、セイカ。ちょっと団長に言いすぎたかな。」
「そうか?気にすることないと思うが。どうせ次顔を出した時には忘れている。」
「あーそれもそっか。」
「じゃあ俺はそろそろ帰るとする。家で妹が待っているからな。」
「おう、今日マジでサンキューな。またなんかお礼させてな。」

そう言ってセイカは事務所を後にした。オレは正直まだ団長のことを気にしていたけどセイカがあぁ言うんだ。大丈夫だろう。

「けど、俺は嬉しかったな。団長が言葉にならない感情があってもおかしくないって言ってくれて。」

完全な独り言で言ったつもりだが、団長が地獄耳だったらいいなと少しだけ思いながらオレも事務所を後にした。

8/13/2025, 8:28:40 AM



暑い。暑すぎる。

暑さの元凶を見上げるとあまりの眩しさに反射的に目を閉じてしまう。

「あづーーい。」
「ハヤト大丈夫?ほら地域の人から水分もらったよ。」

ハル君がくれたのは500mlの麦茶だった。オレは受け取ると同時にキャップを開け無我夢中に喉に流し込む。こんな日の麦茶は格段に美味い。五臓六腑が喜んでいる。

「うんっっっまーーー!!ありがとうハル君。おかげで生き返ったわ。」
「お礼なら地域の人に言ってきな。」

微笑んだハル君は「ほら」と木陰をみる。そこには町内会の大人達が休んでいた。オレはそこに駆け寄る。

「あの、麦茶ありがとうございます。おかげで生き返りました!!」
「あーいいんだよ。いやーヒーローのにいちゃん達が手伝ってくれてとっても助かったよ。やっぱ若い子の力って侮れないねぇ。」
「俺達はもう歳だからなぁ。君たちがいなかったらまだ草刈りも終わってなかっただろうね。ほんとに感謝してるよヒーロー。」
「いえいえ、こちらこそ貴重な体験ができました。ほんと、草刈りとか何年ぶりだろう。小学生以来ですよ。」

今日はハル君と一緒に町内会の草刈りに参加してる。任務ではないが、地域の人とコミュニケーションをとっておくのも大事だとハル君が誘ってくれた。

「小学生ねぇ、ここ最近子供も減ってこの公園で遊ぶ姿も見ていないわねぇ。」
小綺麗な女性が言う。確かこの人のお子さんはすでに大きくなって立派に働いているのとか言ってたな。
「最近は小学生でもスマホを持つらしいね。いやー俺たちが子供の頃は虫網もって近所のそこらじゅうを走り回ってたってのに。最近の子は外にも出ないのか。」
「あなた古臭いですよ。仕方ないわよ、時代の変化ってものじゃない。」
「いやーそうは言っても変わらないものもあってほしいよな。それこそ子供時代の放課後の遊びなんて今でも覚えてるくらい大事な思い出だろ。今の子にはそれがないってなんだか俺たち大人が奪ってるみたいじゃないか。」
「そうだよな。俺も子供にスマホ買ってほしいってせがまれたことあるけど一蹴してやったよ。けど子供は友達の会話に入れないだの一緒に遊んでもらえないだの。難しい問題だよな。」

それで会話は途切れた。どこか空気が重くなっている。オレが小学生なんて話題を出したからか?どうしよう、なんとかこの会話をいい感じに丸く収める方法はないか。オレは小さな頭をフル回転して次の会話の糸口を探す。なんてしてると後ろから暑さを感じさせない爽やかな声が聞こえた。

「この暑さです。子供も外で遊びたいけど暑すぎて熱中症になってしまうから親が家で遊べって言うらしいですよ。」

その声はハル君だった。「麦茶ありがとうございます」と言うと大人の人は「おう、こちらこそな」「ありがとうなにいちゃん」「助かったわ」と口々に言う。

「ハヤト。次の任務があるから急いで事務所に戻らないと。」
「あら、これからお仕事?じゃあ引き止めるのも悪いわ。今日はほんとにありがとうね。お礼にこれどうぞ。」

女性がくれたのはアイス無料引換券と書かれた紙の束だった。昔の子供会でまとめ買いしたものらしい。「もう子供会はないから。」と残りを全部オレ達にくれた。

「こんなにいいんですか?」
「いいのよ。使わないのも勿体無いわ。私たちが使うのも違うし、どうせならいつも街を守ってくれるヒーローの皆さんで使って。私たち町内会からのほんのお礼だと思ってくれたらいいわ。駄菓子屋のおばあちゃんにも話をつけてるから。」
「遠慮すんなにいちゃん。俺たちは歳だから甘いもんなんてバクバク食えやしないんだ。」
「そうそう。将来有望な若者の糧になるならアイス券も本望だよ。」

そう言って半ば強引にハル君に押し付けると「任務頑張って」と大人達は笑顔で送ってくれた。返すことは許されないらしい。オレ達はお礼を言ってその場を後にした。いつの間にかあの会話も、どこか重い空気もみんな忘れていた。

「ハル君、次の任務って?」
「あぁ、終わったよ。」
「え?」
「次の任務っていうのは空気を変えようと頑張るハヤトを無事に助けること。」
ハル君は華麗なウィンクをオレに飛ばす。
「なんてスマートな男なんだハル君。すかさず会話に入り、話題を変えて違和感なく帰る…そして誰も嫌な思いをしていない、さすが慈愛のヒーローだ……」
「どういたしまして。けどまさかこんなものももらえるなんてね。」
紙の束を嬉しそうに見つめている。その姿はまさに子供だった。ハル君は確か20代半ばとか言ってたけど時々高校生のオレより年下なんじゃないかって思ってしまう。大人の余裕と子供らしい愛嬌を兼ね備えているなんて、きっとモテてるんだろうな。いや、もしかすると…
「全部ハル君の計画通り?ハル君やっぱり策士家?」
「そんなんじゃないよ。ただ遠くから見てたらハヤトなんかオドオドしてたから。大丈夫かなと思って助け舟出しただけだよ。」
「え?そんなにオレわかりやすかった?」
「うん。俺から見たらって話だけどね。」
「だってよー、最近子供が外で遊ばないのは大人の責任じゃないかーって話になってさ。それで空気重くなって、これは話題出したオレがどうかしないとって思うじゃん。」
「なるほどね。ハヤトはやっぱり優しいよ。」
慈愛のヒーローには勝てませんよ。とわざとらしく笑うとハル君も笑ってくれた。話を変えてオレは気になったことを聞いてみる。
「ハル君は子供の頃公園で遊んでた?」
「うん。小学生の頃は毎日と言っていいほど近所の子達と遊んでたな。そう言うハヤトは?」
「オレもだよ。それこそヒーローごっこしてさー、やっぱみんな悪者役よりヒーロー役をやりたいわけじゃん?それでいっつも喧嘩してた。たまに怪我までしてさ。」
「小さい頃からヒーロー好きって言ってたもんね。みんな一回は経験するよね、怪我とか服汚して帰ったらお母さんにめちゃくちゃ怒られてお風呂直行コース。」
「うわーあるある。オレ週3とかでやらかしてたな。ごめんよお母さん。」
「けど構わず次の日にはまた公園で遊ぶんだよね。それも知らない子供と。」
「確かに。今思ったらいーれーてって言えば初対面でも構わず一緒に遊んでたな。今思うと子供のコミュ力すごっ。」
「あの頃は名前とかどこの学校かとか知らなくてもまた明日遊ぼうね、またねって言って約束してたな。次の日会えるかもわからなくて、その日に会えなくても、また会えたらその時の約束なんて忘れて一緒に遊んでさ。」
「それ……激エモじゃね?」
「やっぱりそうだよね。良かったハヤトも共感してくれた。」
「………」
「ハヤト?」
「いや、オレも小学生の時くらいにそんな経験あったなーって。知らない子と普通に遊んでたのはそうなんだけど、その中でも覚えてる子がいてさ。」
「へーそうなんだ。どんな子?」
「それが記憶が曖昧すぎて。くそ自分の記憶力の無さを恨んでしまう。確か男の子だったんだよな。背はその時のオレとおんなじくらいで、妹か弟だったかもいた気がする。公園で見ない顔がいると思ったらずっと突っ立っててさ、遊びたいなら入れてって言うんだぞって教えて一緒に遊んだんだよ確か。」
「結構曖昧なんだね。」
「うん。待てよ、もしかしたら夢の話?」
「あ、あるのねそう言う昔の記憶か夢かわからなくなる時。」
「うーーん。わからん。まぁ、いいや。いつか思い出すだろ。」
「そうだね。あ、駄菓子屋さん寄って早速アイス券使う?」
「え、最高。」
「ちゃんもみんなの分も買わないとね。じゃないと怒るか拗ねるかされるよ。特に団長とか。」
「あーあの人ね。こういう時に限って狙ってましたよって感じで事務所にいるからな。」
「ほんとにうちの七不思議の一つだよ。」
「それもしかしなくても7つ全部団長になりそうじゃない?
「言えてる。」


それから事務所のみんなの分のアイスを買ってオレとハル君は食べながら事務所に向かった。任務が終わって家へ帰る時、ふと思い立ってあの時の公園へ寄ることにした。公園に着いた時には夕日が強くなってきた頃合いで、小学生ならバイバイを交わして各々家に向かって足を進めているだろう。しかし、公園にもその周りにも子供の騒がしさはなかった。寂しさを感じるのは夕日の眩しさだけではないらしい。オレは久しぶりにジャングルジムに登りたいななんて思っていたが、あるはずの場所には何もなかった。周りの草が伸びきってる中、不自然に正方形の形に土が顔を出していた。この前のニュースで遊具撤廃が全国で行われているというのを見た。おそらくオレの思い出のジャングルジムもその犠牲になったのだろう。ジャングルジムの跡を見つめていたら後ろから声をかけられた。

「いーれーて」
「え?」

あの日の子供?なんでいるんだ?

「妹もいる。妹だけでも入れて欲しい。」
「えっと、、、君名前は?」
「………」

無視されたかと思うと突然公園の出口に向かって走り出した。

「えっ、ちょっ」

その子はそのまま住宅街へ向かい姿を消した。

「なんだったんだろう、、、」

見た目は完全に女の子だった。記憶では男の子だったのに。けど確かにあの日の子供だと頭が言っている。まさか、オレの記憶はもうダメなのか?病院に行こうかな。

「この場合は外科?脳外科とか言うのもあるよな。ん?脳なのに外科?ん?脳って頭の中にあるよな?」
「お前は精神科のほうがいいんじゃないか。」
「うるせぇよセイカ!!ってなんでいるんだ。」

公園の入り口に佇んでいたのはオレの同期のヒーローで同級生でもあるセイカだった。

「こんな寂れた公園でブツブツ言ってたら警察を呼ばれるぞ。ヒーローが警察沙汰なんて情けない。」
「オレまだ未成年なんすけど。」
「しかし懐かしいな。一度だけ俺もここにきたことがある。遊具はすっかりなくなったようだな。」
「俺の話は無視かよ。」
「あの日は妹と一緒に来たんだ。2人で遊ぼうとしたが人が多くてな。どうしたものかと突っ立っていたらある少年が声をかけてくれた。今となっては懐かしい思い出だ。」
「え?妹と来た?それも一度だけ?」
「そうだが。」
「お前まさか…」
「なんだ。」
「いやそんなわけないない。セイカは男だ。」
「何を当たり前のことを言っている。俺は男だ。」
「よしっセイカ。そうとなったらブランコ対決だ。ブランコから飛び降りてその距離が長かったほうが勝ちな。」
「すまない。そうとなったらの意味がわからないのだが。」
「お?勝ち目がないからするのが怖いか?」
「そんなことはない。」
「よし決まりな。ベタだけど負けた方は勝った方の命令を一つだけ聞くでいいな。」
「受けてたとう。」

そしてブランコへ向かう。その途中、公園の入り口にあの女の子がいた。気がした。ほんとになんだったんだろう。幻覚か?そうにしろ、そうでないにしろ今日は灼熱の中で長時間作業をしたんだ。今日は帰ってゆっくり休もう。その前にセイカとの勝負だ。

8/12/2025, 6:31:43 AM


「!? これは美味しいですね!」
「そうですか?団長のお気に召したようで良かったです。」
「こんなに美味しいものがあるなんて。世界にはまだまだ知らないものがたくさんあるようですね。」

こどものように目をキラキラさせてこちらをみる。
任務後に2人で事務所へ向かっている途中、団長は道端のキッチンカーを見ると無言で俺の手を引いて列に並んだ。数分のメニューとの睨めっこの末、団長が選んだのはソフトクリームだった。

「ところで、ハルキ君は本当に何も食べなくていいのですか?連日の任務にこの暑さで顔色も良くなさそうですよ。」
「はい。多分夏バテですかね。あ、でも安心してください。毎日ちゃんと3食食べてます。」
「そうですか?あまり無理しないでくださいね。大丈夫ですよ。うちには元気が有り余ってる子達がいますから。1日くらいの休養は。」
「それもそうですね。お気遣いありがとうございます。」

失礼だが、たまにしか顔を出さないのによく見ているんだなこの人。ソフトクリームじゃなくてこっちを見て言ってくれたらもっと見直してたのに、なんてね。それほどソフトクリームに夢中なんだろう。

「食べるの初めてなんですか?ソフトクリーム。」
「ええ、そうですね。私のいた国にも似たようなものがありましたが高級品で手が出せなかったんですよ。」
「へぇーアイスが高級品かー。小さい頃から食べてたからなー。けどキッチンカーとかのアイスって他のより美味しく感じるんですよね。」
「そうなんですか?スーパーやコンビニとはまた味が違うんですか?」
「いや、たいして変わらないと思うんだけど、なんていうんだろ、目の前で絞られて手渡しでもらうあの感じが特別感あっていいんですよね。」
「なるほど。ふむふむ、、」

何か思いついたのかソフトクリームを食べる手が止まる。何を考えてるんだろう。今年の春にヒーロー事務所ができて4ヶ月が経とうとしている。俺とダイスケさんはそれよりも前から一緒にヒーロー活動を始めていて、だから団長とも4ヶ月以上の付き合いだけどこの人のことは今だによくわからない。

「あ、団長。」
「? どうしましたか?」
「アイス。溶け始めてます。」

団長の食べるスピードはこの暑さに勝てなかったようですでに溶けたアイスは団長の手袋まで伝っていた。

「待ってくださいね。たしかバックにウェットティシュがあったはず。」
「すみませんありがとうございます。本当に気が利きますねハルキ君は。他の子達にも見習ってほしいですよ。」
「あはは。ハヤト達はあれくらいの元気がある方が良いですよ。逆に考えてみてください。異常なまでに団長のこと敬う姿を。」
「……なんか違いますね。」
「でしょ?」
「……うん。私に優しくしてくれるのはハルキ君だけが良いです。慈愛のヒーロー以外が私に優しくしてくれるなんてあってはいけません。」
「それは言い過ぎでしょ。」

思わずツッコんでしまった。今のがボケか本音かわからなかったが空気がさっきより和んだ気がする。
そうか。俺も団長も他のヒーローメンバーより歳が離れてるから彼らを見る目が一緒なのかも。そう思ったら団長との心の距離が近くなれる気がした。

「団長。」
「はい?どうしましたか?」
「また2人でどこか行きましょうね。」

急に変なことを言ってしまったけど団長は俺の考えてることを勘づいたのだろう。

「はい、もちろん。そうだ、私ウォータースライダーというものに興味があってですね。ヒーローの皆さんと行きたいなと思っていたんです。」
「良いじゃないですか。ハヤト達喜びそうですね。あ、けど、ダイスケさん来るかな?あの人遊びとか付き合ってくれるイメージないな。」
「それは私に任せてください。無理やり引っ張ってでも連れてきますよ。若い子達に混ざって気分転換してもらいましょう。」
「ダイスケさん、体がついてかないかもですね。ユラとか遊びは本気って感じだし、それにつられてリンも楽しみそう。セイカはどうだろ。」
「セイカ君もハヤト君が引っ張ってくれますよ。彼は大人っぽいがところありますがハヤト君と同じ年齢ですから。ハヤト君と競争でもしていつのまにか輪に入ってますよ。もちろん、あなたもね。」
「そうしたいけど体がついていくかなー。」
「ヒーローで年長組ではありますが、あなた自体まだまだまだ若いじゃないですか。」……

それから団長とヒーローメンバーの雑談をした。

時間が流れるの早い。いつの間にか夕日は別れを告げようとしていた。

8/10/2025, 11:27:52 AM



帽子でも持ってくるべきだったかな。そう後悔するほどに今日は異常なまでに暑い。だけど夏特有の不快さは感じない。自転車で感じる風のおかげなのかもしれない。


「おっと。あっぶねぇ。」
「うおっ。」


車体が揺れる。
危うく落ちるところだった。
「もっと安全運転してよ。」
僕は目の前の運転手に言う。
「ちゃんと掴まっときゃ大丈夫だって。今のはたまたまタイヤが石に乗っちゃっただけだよ。それともなんだ、2人乗りは源平君には早かったかな?」
「……。」
顔は見えないが腹立たしい表情をしているのがわかる。それに反抗するように僕はわざと体を揺らしてみた。
奴は不意を突かれてうぇっ、とか情けない声を出した。あまりの間抜け声に笑ってしまう。
「お客さん。あんまり運転の邪魔するんであれば降りてもらいますよ。こっちも商売でやってますんでねぇ。」
「それは大変ですね。いいですよ降りても。別に僕行きたいとことかないし。運転手さんがいきなり家に来て乗れってウッキウキで言ってきたもんですから、仕方なく乗ってるだけですよ。ここら辺で降ろしてもらっていいですか?歩いて帰れますので。」
「はぁ。」
わかりやすくため息をつかれる。
「お客さん。今日何日ぶりに家出たんですか。夏休みになってから、一度も家でてないですって。お母さん愚痴こぼしてましたよ。ゲンにはお友達いないのかしらって心配までさせて。親不孝者ですね。」
「いや。一度も出てないは嘘ですよ。夏休み入ってから買い物行ってきてだの、回覧板持っていってだの、こき使われっぱなしですからね僕。それに予定がないから家にいるのは当たり前でしょ?」
「その予定がないからお母さん心配してんじゃ」
「なんか言った???」
「なんでもないです。」
「まぁどうせ暇してたでしょ源平。いいじゃん1日くらいつきあってよ。すっげーところ見つけたから。」
「そうだよ。僕たちどこ向かってんの。」
「それは着いてからのお楽しみってことで。そこの道曲がって登ればすぐだぞ。」
そういうと自転車のスピードが上がる。もともと2人乗りにしては速かったのに、まだ体力あるのかと少し尊敬する。細道を曲がると先は急な坂だった。ここからは歩くらしい。勾配を一歩一歩感じながら歩いていると前の男と差が開いていた。男は涼しい顔で走っていた。
「おーい!!源平はやくー!!」
返事をする余裕がない。数日とて怠惰な生活を送ってしまったつけがここでくるとは。立ち止まって休憩しようとしたらいきなり左手を引っ張られ、無理やり走らされる。肺がやめてと言っている。相手はお構いなしにぐんぐんと加速する。
「着いたぞ!!!!」
「はぁ、はぁぁ、はぁ」
やっと着いたらしい。身体中から汗が出るのを感じる。額の汗を拭って顔を上げると目の前には終わりが見えない花畑が広がっていた。
「めっちゃ綺麗じゃないか!!?」
「お、おぉ、そうだね。」
「なんだよー反応わりー」
「いや、綺麗だよ。ほんとに。」
「だろー!?俺最近花にハマってるって言ってたじゃん?ここらへんでどっか花植えられてるとこないかなーって夏休み入って散策してたらなんと!見つけちゃったんだよねー!」
「どれがどんな花かわかるの?」
「もちろん当たり前でしょ。まぁこの前来た時はわかんなくて本片手に調べてたけど。」
疲れていることも忘れて僕は花に近づく。1種類、1色だけじゃなく、いろいろ植えているようだ。素人だからよくわからないのが惜しい。ひまわりくらいしか分からない。だから聞いてみる。
「これは?」
「それはマリーゴールド。あれはホウセンカ。結構メジャーな花だな。あの端っこのはわかるだろ?」
「……あさ、が、お……?」
「随分と自信なさげだな。合ってるよ。」
花はどれも一緒に見えるからね。とか言うと怒られるだろうな。2人で歩いてる間もずっと、僕から聞かずとも花の名前や説明をしてくれた。本当に好きなのだろう。楽しそうな声色だった。

説明を聞きいているとある花が目につく。
「これはなに?」
「どれどれ?えーっと、、、ってお前。これ前に俺が教えた花じゃんかよ。」
「え?そうだっけ?」
「おい忘れたのかよー。いいか?もう一度教えてやる。この花の名前は×△?:&/!-;>+」
「え?」
「もう忘れんなよ。ったく、俺悲しいぜ。源平にしか言ってないのに。この花は運命だったって。」
「ごめんなんて?」
「え?だから×△?:&/!-;>+」

聞こえない。おかしい。疲れが溜まっているのかな。

「源平?どうした?」
「ごめんなんでもない。安心して。もう忘れないよ。」
「もー頼むぞ?」
また聞いたら怒りそうだったので聞こえたふりをした。
「ところでさ、ここっていつからあるんだろうね。ずっとこの街に住んでるのに、こんなところ一度も聞いたことない。」
「それは俺も不思議に思ってた。見つけるまでてっきりここら辺は工場って勘違いしてたな。」
「長年住んでても知らない場所ってあるもんなんだね。」
「そうだなー。」
それから2人で他愛もない会話をして歩く。もちろん、花の解説も忘れずにしてもらう。止まって花を観察しては歩いて、また止まって歩いて、止まって歩いて………



おかしい。

知らない花を見つけては止まって話を聞いて、それからまた2人で並んで歩いて、また知らない花があったら……

おかしい。


2人で並んで歩いて、花の話もして………


おかしい。



「そうこの前さー……」



終わりがない。




「だから俺、言ってやったんよ。………」




終わりがないくらい長い花畑。



「どう思うよこれ?まじ酷くない?………」



いくら進んでも終わらない。

日も沈まない。

暑さはずっと変わらないのに喉は乾かない。

隣の男の話も止まらない。


隣の男?


「そういえば、あの子って………」


誰だ。


この男は誰だ。


名前がわからない。どんな顔だっけ。思い返すと今日一度も顔を見ていない。そもそもこの男との関係は?何も思い出せない。いや覚えていないのか?

「あのさ!!!」

大声を出して男の話を強引に止める。

「うぉっ!!びっくりした。大声なんか出してどうしたよ?」
「この花畑いつまで続くの?」

夏バテで頭がやられてるだけかもしれない。きっと顔を見れば思い出せる。僕は顔を上げて隣の男を見る。だが、隣には男どころか人がいなかった。


「…え?」

呆然とする。

「どこ見てんの源平。先に行くぞ?」
声は前から聞こえた。男はずっと前にいた。なんで?さっきまで隣にいたはずなのに。僕は追いつこうと走る。いつのまにか疲れはなくなっていた。だが、僕がどれだけ本気で走ろうとも追いつかない。相手は走っていないのに追いつかない。そもそも距離が縮まっていない。
「ちょっと待ってよ。」
流石におかしいと声をかけた。
男は足を止める。
「そうだ源平。さっき花畑がどこまで続くのかって聞いてきたな。」
声をかけるべき相手は後ろにいるのに振り返ろうとしない。男は気にせず話を進める。




「ずっとだ。この花畑はずっと続くんだ。」



「……え?」
何を言っているのかわからない。そんなわけない。



「ちょっと前にいつからあるんだろうねとか言ってたな。俺も共感したけど嘘だ。これはずっと前からある。だけど昔と言えるほど前でもない。数年前がしっくりくるかな。それも1、2年前。」
「……なんで知ってるのに嘘をついたの?」
「それはお前も一緒だ。源平。」
さっきから言っていることが理解できない。僕も嘘をついている?
「僕は嘘なんかついていないよ。こんなところ知らない。」
「すっとぼける気か?俺が知ってるのにお前が知らないわけがない。」
男の声に少しの苛立ちがまじる。
「なんでそう言えるの。」
無意識に僕も強く言う。
「それは、




この花畑は、源平。お前が作ったからだ。」




「は?」
「源平の手でこの花畑は作られた。そして、源平は終わりを作らなかった。ここじゃ日は落ちなし花は枯れない。」



何を言っているんだ。



「知らない。僕にはそんな記憶ない。ここには今日初めてきた。花だって詳しくない。何より育てられない。君が作ったんじゃないの。」
今まで忘れていた疲れと汗を感じる。
「俺は、お前がここを作っているのをずっとそばで見てきた。」
「だから知らないよそんなこと!そもそも君は誰なの!!」
理解ができない焦りと恐怖からか落ち着きが保てない。思わず聞いてしまった。

「俺はお前の×△&/-;>+だ。」

まただ。

「聞こえないよ。」

「聞こえなくていい。」

それを聞いた瞬間、よくわからないけどさっきまでの苛立ちが何故か寂しさに変わった。相手はもう会話をする気はないらしい。寂しさは男にも伝わったのだろう。


「俺はなんでもない存在だ。知る必要も、知らないことを機に病む必要もない。そもそも俺自体も自分のこと知らないしな。そして、源平。君はここにいるべきじゃない。」
心が痛かった。なんでかわからないけどそれが苦しく感じる。


「君だけずっと喋ってるのに何もわからないよ。」

「ごめん。俺が知ってるのはここまでなんだ。けど安心して。源平を帰すべきところに帰すことはできる。もう少し進もう。」
「…わかった。」




男は、彼は、この会話の間に一度もこちらを見なかった。


しばらく歩くと彼は止まった。距離は前と変わらず開いたままだ。

「ここでお前とはバイバイだ。俺はここから先に行くなって言われてさ。花畑の間に小道が見えるだろ?そこを進めばいい。帰るべき場所に帰れるから。」
「本当に帰れる?」
「安心しろ。これは嘘じゃない。覚えてないんだろうけどお前が俺にそう言ったんだからな。」
「だから記憶ないって。」
何故か笑ってしまった。彼の話は本当なのかもしれない。僕が忘れているだけなのかも。

僕は足を進める。相変わらず日は高いままだ。少し進むと花畑の間に人1人分の小道があった。花を踏まないよう足元に気をつける。すると、後ろから声が聞こえる。


「おーーーい!!」

彼だ。

そういえば、ずっと距離が縮まらなかったのにいつの間に追い越したっけ。歩きはじめの記憶はあるのにどうやって彼の先に行ったのかわからない。終始よくわからない所だ。試しに振り返ってみると彼の姿はずっと先で、目を凝らさないと見えないくらいに小さくなっていた。これじゃ見ても顔がわからないじゃんと呟く。
「またなぁぁ!!源平ーーーー!!!!」
そう言って彼は大きく手を振る。彼のことは知らないけど嬉しかった。僕もやり返そう。


「またねぇぇーーー!!!!!」

腕を可動域いっぱいに動かす。そして彼に背中を向けて再び小道を進む。



僕はきっと彼に会ったことがあるんだろう。思い出さなきゃ。それで、思い出したら彼に言わないと。僕が花畑を作って、終わりを作らなかった理由を。彼のことを。彼がずっとここにいるかはわからないけど。そもそも僕がまたここに来れるかわからない。大前提、思い出せるかすらも。だけど思い出したい。そのために帰るべき場所に早く帰るんだ。僕は走り出す。花を踏まないように。





「んー、思い、だ、すぅ、、。」
「あれ?ゲン君起きた?」
コーヒーのいい香りがする。目覚めにはおしゃれすぎるな。なんて思いながら頭を上げると目の前にはマスターがいた。
「すみません。寝ちゃってました。」
寝ぼけ眼を擦りながら言う。
「今は休憩中なんだからいいんだよ。ゲン君、寝起きはぽやぽやしてるね。」
コーヒーカップを丁寧に磨きながらマスターは僕を見て微笑む。その目には慈愛と、生き抜いた男にしか出せないような深みがあった。この人は本当にダンディーという言葉がよく似合う男だ。
「途中うなされて、それから満ち足りた表情になってたけど夢でも見てたのかい?」
「うーんなんか変な夢でした。花畑歩いてましたね。てか、もしかしてずっと見てました?」
「うん、楽しそうな夢で良かったよ。」
マスターは満足そうだ。見られてたのが恥ずかしい。まぁ、カウンターで堂々と寝てたんだ。見てくださいと言ってるようなものだ。マスターの視界に入れた僕が悪い。
「あ、そうだ。」
ポケットから手帳とペンを出す。そして、夢の内容を思い出す限り細かく書く。これは僕の日記だ。毎日、1日の出来事をノートいっぱいに何ページにも渡ってかく。かれこれ1年続いている。そしてもうすぐで2年目に入るのだ。その時は全部読み返してやろうって言うのが密かな楽しみだ。僕が日記を書いてる時は、マスターは話しかけてこない。そうして欲しいって言ったわけじゃないけど恐らく僕の境遇から察してくれているのだろう。ますますできた男だなと思う。大人になったらマスターみたいになりたい。そのくらいマスターは僕の中で憧れだ。一通り書き終えて読み返す。なにか書いてなかったり、間違いがあったら大変だ。
「よしっ。これでおっけい。」
確認が終わったのを見てマスターが声をかける。
「ゲン君。お店の看板をオープンにしてきてくれるかい?」
「わかりました。マスターいつもありがとう。」
日頃の感謝を不意に言ってみる。マスターはなんのことかなとぼけている。そういうところに惚れるんだよなぁとしみじみしながら店の外に出てクローズからオープンに看板を変える。最近は夕方でも暑さが厳しい。店に入ろうとすると涼しい風が吹く。


どこかで感じたことがある風だ。
たしか、今より暑くて、だけど、じめじめはしてなかったな。
「うーん。」
思い出せそうなんだけどな。これも手帳に書いておこう。










7/26/2025, 3:40:36 AM


「団長っていっつもその格好だよね。」
オレは隣で歩いている白い燕尾服の男に言う。

「そうですね。これ以外に服ないんですよ。」
ニコッとこちらを見る。年齢に見合わない幼い笑顔は今日も健在だ。

「え?まじ??」
「はい。」

…これは本当なのか?それともちゃんと嘘か?この人は本気も冗談も同じ口調で言うのでわかりずらい。

「なんで?買わないの?お金ないの?俺たちの上司のくせに????」
「お金ならありますよ。ただ必要がないだけです。この服がいちばんしっくりくるんですよ。ほら、あなたも制服ばかり着ていると私服選びが億劫になるでしょ?」
「確かに…」

これはガチのやつらしい。

「団長」と呼んでいる彼はオレが所属するヒーロー事務所の「キーパー」。簡単に言うと上司だ。彼は団長という呼び名らしく、初めて会った時からサーカスの団長みたいな服を着ている。

今日は団長に誘われて買い物に付き合っている。と言ってもお店に入って見るだけで何も買いやしない。手ぶらで店を出る時の申し訳なさや怪しさ満点さを感じているのはオレだけのようだ。

「歩き続けると疲れるものですね。そうだ。いつものカフェに行きましょう。」
気分が乗ったのか軽くスキップをしてオレの前を歩く。オレに拒否権ないようだ。

「気まぐれだなーうちの団長は。結局なんも買ってないし。」
つい愚痴っぽく言ってしまう。まあ鈍感な人なので良いだろう。

なんて思っていると前の長髪男はスキップをやめて振り返る。嫌に綺麗な碧眼と目が合う。

「買い物はあなたを誘うための言い訳です。今日の本命はネタ探しですよ。おかげでまた色んなとこを知れました。ありがとうございますね。」

団長はニコニコというオノマトペが似合う顔をする。何も買っていないのにやけに満足げなのはそういうことか。ついでにオレを誘えば色々説明してくれるだろうとか思ったのだろう。

ネタ探しというのは彼の劇団の台本のとこだろう。団長は劇団の長でもあり、オレ達ヒーローのキーパーでもある。本人曰く、劇団が本業でキーパーは副業らしい。逆にする気はないようだ。

「団長って外国人だっけ?外国にも服屋とか花屋とかあるでしょ。」
「はい。ありますが、私の故郷にあった店とは全く違います。この国は本当に豊かですね。」

心からそう思っているのだろう。しみじみとした顔をしている。

「団長がこっち来たのって何年前?日本語普通にうまいよね。カタコト微塵もないし。」
「2年前の冬でした。こっちに来る前から言語だけは勉強させられていたので喋れますね。ちなみに副団長とダイスケもですよ。」

再び2人で並んで歩く。
足は無意識にカフェの方へと進んでいる。

「オレ副団長に未だにあったことないんだけど。」
「彼は多忙ですからね。台本作りに会計処理、ヒーロー事務所の運営などなど。やることがいっぱいです。彼、仕事人間なんですよ。」

呆れて苦笑しているがヒーロー事務所の運営はあなたの仕事では??と心でツッコんで言わない。

まぁ、上司がこれだ。副団長は仕事人間にならざるを得なかったのだろう。会ったことがなければ顔も知らない副団長の苦労がこちら伝わってくる。

「ダイスケさんもヒーローのくせにぶっきらぼうだよね。知ってる?事務所で最初に帰るのはダイスケさんなんだよ?」
「彼は昔からそうですから。安心してください根はちゃんとヒーローです。私が保証しましょう。」

その保証、信用できないな。昔からそうだと言われてもな。

ん?てか待てよ?

「ダイスケさん外国人??」
「はい。先ほどもそう言いましたが。」
「ダイスケって名前のくせに??」
「……」

団長の歩調が早くなる。こいつ、何か隠してる。

「そうだ!彼、こっちに来た時に名前を変えたんですよ。」
「帰化したってこと?名前変えるのめんどくさい手続きだって正華が言ってたけど。」

早歩きが駆け足に変わる。

「あー!間違えました。向こうにいた時からダイスケでしたよ。親が日本に憧れがあったとかでその名前にしたんだとか。ところでなんですか帰化って。」

こいつまじか。

「てか、団長たちの故郷ってどこの国?顔立ちからしてヨーロッパらへん?」

オレは無視をして質問を投げる。団長は秘密が多くオレたちもよく知らないことが多い。だが、そのせいで定期的にボロが出てこういうことになる。そんな時は構わず質問攻めにするのが効果的だ。

「私の質問に答えてください!帰化とはなんですか!!ちなみに私の故郷はフランスとかです!!」

質問に答えてくれるのか。律儀なところは評価しよう。というか「とかです」とか言わなければ信じたのに。
もしかしなくてもオレより馬鹿か?

駆け足はスピードを増し、追いかけっこが始まった。
現役ヒーローに勝てると思ってるのかこの男。
オレはすぐに追いついて襟を掴む。なんか高そうなのでシワがつかないように謎に気をつけた。

「はぁ、はぁ、」
「んで?本当は?ダイスケさんの名前の謎は?団長たちの故郷の国は??」

容赦なく追い詰める。日頃の恨みだ。子供と言われても構わない。オレはまだ高校生だ。

「個人情報ですよ!!ハヤト君!!」
「団長のとこは聞いたけどダイスケさんのことを言い始めたのはお前だ。オレはそれで疑問を持って聞いているだけ。」

うっ…と決まりが悪そうな顔を浮かべる。
この人余裕がないと表情管理がなってないな。

「はぁ、、出したくなかったですか背に腹はかえられません。ハヤト君!!これを見なさい!!」

団長は内ポケットから何か出したかと思うとそれをオレに見せつけてきた。

「……!!?!」

オレは驚きのあまり声を出すのを忘れた。無理もない。なぜなら団長が出してきたのが、

某有名ヒーローの招待チケットだったのだから。

 オレは小さい頃からヒーローが大好きだ。大好きじゃこの熱は伝わらないかも知れない。そうだな、オレの体はヒーロー愛で出来ていると自信をもって言えるほどにはヒーローが好きだ。愛している。憧れている。熱が増しすぎてオレもそれになってしまったほどだからな。
 そんなメイドインヒーローのオレが昔から好きな特撮ヒーローの周年記念イベントを知らないわけがない。応募はもちろんした。倍率が高すぎるのでお願いして親のアカウントでも応募をした。だが抽選というのは残酷だ。オレがチケットを手に取る瞬間は来なかった。

それなのに。なんで。此奴がもっている。オレより古参のファンだったのか??それはそれで腹が立つ。

「知り合いの伝手でもらったんですよ。今日のお礼にあなたに渡そうと思ってたんですが。気が変わりそうです。」

ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。
こいつ。大人気ない。大人気なさすぎる。
だか侮られては困る。オレはペーペーでも、端くれでもヒーローだ。悪手に屈することなどあってはいけない。そう。たとえ目の前にあるのがヒーローショーのチケットだとしても。

たとえ、あの全人生の運を賭けても欲しいと思ったチケットでも。

たとえ、オレの青春の集大成でも。

「………。」

「欲しいですか?ハヤト君?」

「………」

そういえば、高校生は大人になるための大事な時期だと担任が言っていた。つまりオレはまだ子供で、目の前の卑しいやつは大人気ない人間。つまり子供。ここから分かるのは、大人になった方の勝ちということだ。

まぁしょうがない。ここは大人になるのがオレの成長のためだ。

「さっきのことは無かったことにしますよ。団長。」
オレは爽やかな笑顔を見せる。大丈夫だ。団長の秘密なんてこれからいくらでも聞ける。
「流石ハヤト君。大人ですね。大人な君には今日のお礼にこれをどうぞ。」

そういうと、団長はオレの手に紙切れを乗せた。手にした瞬間、目を閉じたくなるほどの光がチケットから溢れ出した気がした。なんてことない印刷紙。だけどオレにとって紙幣よりも重く、価値のあるもの。きっと、オレのこれからの生き甲斐となる宝物。口角が上がるのをやめられない。

なるほど、悪者はこうやって増えていくのか。オレは今、違う意味で大人になってしまったのかもしれない。ごめんなさい。先生。

顔を上げると目の前の男は相変わらずニヤニヤしていた。これもこの男の計画のうちだったのだろうか。
…いや、考えるのはやめておこう。

「カフェも奢ってくださいね。」
オレはやられっぱなしで終わらない。言っただろう。ペーペーでも、端くれでもヒーローだ。

「はぁ、しょうがないですねぇ。」

なんてやりとりをして、再び歩を進めるとすぐカフェに着いた。

今日は何を頼もう。何を頼んでもきっといつもより美味しく感じるはずだ。

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