備忘録

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夏休みが始まって1週間がたった頃、オレは事務所で課題をする羽目になっている。

「うーーーーん。」

かれこれ作文用紙と向き合って2時間。埋められたのはたったの5行。これはもしかしなくてもやばいか。隣のセイカの作文用紙を見るとなんと3枚目の後半部分までシャーペンを走らせていた。

「なんだ、ジロジロ見てもお前の助けになるものなんて書いてないと思うぞ。」
「いやそれはわかるんだけど、セイカ書くの速くね?もう終わりそうじゃん。終わったらオレのも手伝ってくれませんかね?」
「それはいいが文章は自分で考えたほうがいい。じゃないとハヤトが思った通りの内容にも、自分の力にもならない。」
「そう言われてもねー、なんで書けばいいのかわかんないっすよ先生。」
「いいか?作文にはテンプレートがある。それに沿って書いていけばいつの間にか埋まっている。俺もここまで書けているのはそのテンプレートのおかげだ。」
「なるほど、もしかしてそのテンプレートなるものを使えばオレでもこの忌々しき読書感想文を書けると言うことなのか!?」
「そうだ。ハヤトでも書ける。良かったな。」
「なんかムカつくなその言い方。」

セイカは自分のファイルから白紙の紙を出すとペンを走らせながらオレに説明してきた。

「いいか?学校で出される作文なんかは読む相手を喜ばせたら勝ちだ。読んだ後にこれはよく書けている、書いたやつはよく考えている。なんて思わせるような内容にするんだ。」
「読む相手っていうと先生か?」
「そうだ。ハヤトのくせによく分かったな。」
「は?それくらいわかりますが。」
「続けるぞ。読む相手つまり教師が喜ぶのは自分と結びつけている作文だ。」
「自分と結びつけている作文?」
「あぁ、例えるとだ。主人公は最初体が弱かったが懸命に努力を重ねた結果、誰にも負けない体を作ることができた。なんて話があったとしよう。その話を読んで自分も決してできないと思っていることでも主人公のように己を鼓舞して頑張っていきたい。なんで書けば教師は満足する。」
「ほーん。その話を読んで自分もこんなふうになりたいって言えば良いのか?」
「簡単にいうとそうだ。だがそれだとジャンルや内容によっては書くとまずい場合もあるから気をつけたほうがいい。」
「そんなのあるんか?」
「サスペンスやミステリー、ホラー系がある。自分も殺人鬼のように己の心情を持ってして人間を篩にかけたい。ホラー主人公のように未知の生物にも果敢に立ち向かいたい。なんて書いたらその日は三者面談待ったなしだな。」
「それくらい書いたらやべえことなんてオレにでもわかる。」
「そうか、良かった。一応言ったまでだ。」
「………そうか。ありがとな。」

前々から思っていた。セイカは俺をバカバカ言ってくるがオレを本当にバカ扱いしているこいつ。よくある弄りとかではない。本気でオレをバカだと思っていて、だけどどれくらいのバカか分からないから想定しうるバカ行動をさせないように善意でものを言っている。そしてそれを隠さずオレに言ってくる。恐るべし天然。良かったな、受け手がオレで。

「よし。読書感想文の方向性を教えたところで次は実際に自分が本を読んで思ったことを書き出すんだ。安心しろ、ハヤトでもかける。まずは感動したところや印象的な場面を書いていく。そしてその理由、ある程度かけたら自分とどう繋げるか考えるんだ。こじつけで繋げてもいいし、自分が素直に思ったことでも良い。後者の方がより良い作文は書けると思うぞ。」
「よし。自分頑張ります先生。」
「あぁ。ある程度描き終わったら俺に見せてくれ。それが良かったら実際に作文用紙に書き始める。」

そう言ってセイカはオレにさっきのプリントを渡してきた。話している間に書いてたのはこれか。それには感動した、印象に残った点、その理由、自分と繋げる点と3つ項目があった。しごできだなセイカはなんて思いながら読書感想文用の小説を軽く読み返す。オレが選んだのはベストセラー受賞の大人気小説だ。普段本なんて読まないから終業式の日に本屋に駆け込んで目についたものを手にして買った。本の内容は最近の社会問題をテーマにしたものだった。読み終わるか不安だったが、短編小説だったのでちまちま読んでいたらいつの間にか読み終わっていた。

「これを自分と繋げる?むずくないか?」
オレが特に印象に残ったのは家庭内暴力やネグレクトの話だがオレにはそんな経験はない。ごく普通の家庭で愛を注いでもらってここまで生きていた。小説の登場人物には羨ましく見えるくらいには幸せな家庭だと思う。

「いやまず印象に残った理由か。」
最初はダメな親だと思った。自分達で望んで産んで産んだ子供なのに手をあげて無視して、都合の良い時にだけ優しくして。それでも親かと思った。だけど、読んでいくうちに親にも親の事情があることを知った。仕事の人間関係や経済的な問題、冷たい社会、そんな環境にいる息苦しさ、疲れて家に待っているのは溜まった家事とお腹を空かせた子供。読み終わったオレには簡単にダメな親だと言って良いのか分からなくなった。全てがこの人のせいじゃない。だけど子供にはなんの罪もない。じゃあ悪いのは外の人間や社会?いや、そこにもちゃんと事情があるはず。だから一概に社会が悪いとか言えるわけじゃない。じゃあ悪いのは誰?そもそも悪者はいるのか?いや、悪者がいなかったらこの親子は不幸になっていない。もしかして悪者がいなくても不幸は生まれるのか?それって解決できるのか?わからない。もう一回読み返すか。いや、時間がない。じゃあとりあえず家に持ち帰ってやるか。いやそれだとセイカに見せるタイミングがなくなるかも。

「そんな頭をフル回転させてどうしたんですかハヤト君。」
「うわぁ!って、びっくりしたなんだ団長かよ。」
「なんだとはなんですか。せっかく久しぶりに事務所に顔を出したっていうのに。そんな反応、悲しいですよ私。」
「あーはいはいそうですか。オレ今課題で忙しいから後にしてねー。」
「おや?これが学生の課題というものですか。初めて見ました。………なるほど、学生に本の感想を文章にしてもらうことで文章力、語彙力の向上を図るとともに本の登場人物と自分を重ねて自己を見つめ直す目的もあるようですね。」
「うーんそうそう。そんな感じ。」
やばい。今なんて言ったこの人。全く理解できん。
セイカに聞こうとしたら何故か隣の椅子は空いていた。くそ、団長が来るのを察知して逃げたなあいつ。

「おや、ハヤト君が持ってるその本。私も読みましたよ。」
「え?まじ?」
ならばちょうど良い。団長の感想を聞いてみればオレがモヤモヤ感じていたものもわかるだろう。
「団長。この家族の話についてどう思う?団長の感想聞きたい。」
「私の感想ですか?そうですね、最初はこれがこの国で起きているということが信じられませんでした。私から見れば故郷よりも豊かで人々も幸せそうに見えましたから。」
「ほうほう。それで?」
「終わりです。」
「え?それだけ?」
「それだけです。」
「嘘でしょ。もっと思ったところあったでしょ?親が悪いと思ってたけどそういう話じゃなくなってきたってこととか、じゃあ原因は何かって探ったら分かんなくて一周回って悪者なんていないのでは。とかぐるぐるループになってしまったとか。」
「ほほう。それでハヤト君は頭をフル回転させてたんですね。ハヤト君も社会問題について自分なりに向き合って考えているんですか。あぁ、私感動で涙が。」
「……お前、オレが言い出すように仕向けたな!!」
「団長に向かってお前とはなんですか!!親父にもぶたれたことないのにっ!!」
「なんか違うの混ざってるぞ!!!?」
「良いですかハヤト君?どうせ君のことでしょう。私から感想を聞いてそれを真似しようなんて思ったんじゃないんですか?」
「ううっ……」
「隠すのが下手ですねぇ。いいですよ、素直さは美徳です。」
白髪男はニヤニヤとこちらを見てくる。こういうところが嫌なんだよ団長は。ヘラヘラ人間かと思ったらいきなり刺してくる。自分の感想も本当はあるけど言わなかったのはそう言うことか。

団長はニヤニヤ顔からいつもの表情に戻ると、オレの隣に座った。
「そこセイカの席だけど」
「さっき言ったことをそのまま書けば良いのですよ。ハヤト君。」
「へ?」
「結局自分には悪い人が誰かわからないし、そもそも悪い人がいるのかすらも見当がつかない。全ての元凶も、親が取るべきだった行動も一概にこうとは自分じゃ言い切れないって書けば良いんですよ。」
「それで良いの?」
「はい。実際、私が今言ったことをハヤト君は思ったのでしょう?」
「そうだけど、それじゃあ作文は書けない。セイカは自分と繋げろって言ってた。オレとこんな人たちを繋げるなんて無神経にも程がある。」
「っぷ、」
オレは真剣に言ったのに奴は笑い出した。何がおかしいんだ。笑って良いことではない。

「あるじゃないですか。繋げるもの。忘れたんですか?」

団長は上がった口角を下げて無表情になった。いや、真面目な表情になった。

「君はヒーローですよ。ハヤト君。」
「えっ?」
「ヒーローの君は助けるんです。この話の親子を。この親子のように苦しんでる人々を。」

そうか、

オレは、、 ヒーローだ。


「そうじゃん、オレ、ヒーローじゃん。助けなきゃこの親子を。」
「そうです。わかりましたか?」
「はい!団長!!」
「そうとなったら早速書くのです!今の自分の想いを!!その熱が冷めてしまう前に!!!」

それからオレは夢中でペンを走らせた。自分の手とは思えないほどに速くペンを走らせていた。気づけば原稿用紙は2枚目に到達して自分の想いを綴るところまで来ていた。ところが、「いける」そう思っていたオレに再び行く手を阻む壁が待っていた。

「語彙力が、、、足りない!!!!」
「なんとっっ、!!!」

そうだ。忘れていた。オレは、、オレは、、、、

「オレは、バカだった、、、。」

なんて初歩的なことなんだろう。これじゃ書きたいものも書けない。オレは絶望してしまう。……あれ?これただの作文の課題だよな?なんでこんなに一喜一憂してるんだ?冷静になったオレはとりあえず麦茶を飲む。その間に団長はオレの原稿を読んだようで何か考えている。

「いや、それも違うようですよ。ハヤト君。ここまでよく書けている。確かに拙い文章ですが君の想いや熱は伝わります。今詰まっているのは家族を見て抱えたあなたの感情ですね?」

そうだ。オレはヒーローとして家族を助けたい。その前にこの家族に対する自分なりの見方や感じたことを書くのが筋だろう。普段はこんな頭のいいことなんて思いつかないが脳内のセイカがそう教えてくれた。

「あーなんて言えばいいんだろう。可哀想は違うんだよな。なんか下に見てる感じがして嫌だ。慈悲の心を持ったとかも違う。これもなんか自分のことを仏みたいに捉えてるみたい。てか慈悲の意味もよく知らないしな。まぁとにかく、こう、オレの中の言葉で言い表せない嫌な感情がこの家族にわいてさ。」
「そのままそう書けばいいんじゃないですか?」
「は?………あのさ、団長。オレ真面目に取り組んでるんだけど。この家族について作文を一生懸命書けばヒーローとしての自分も成長すると思って、ない頭で考えてんの。それを何?そのまま書けばいいんじゃないですかって。」
「ハヤト君。私も真面目に言ってますよ。そもそも言葉は人間の意思疎通のために生まれた手段なんです。知恵や情報、感情を相手に伝えたいという欲望から生まれたんです。言語、言葉というものは。」
「もっと分かりやすく。」
「人間に感情が生まれた後にそれを相手に伝えたいと思って言葉が生まれたんです。」
「ほう。」
「つまり、言い表せない感情があってもなんらおかしくないのです。」
「そうなの?」
「そうですねもっと簡単にいうと、人間の感情の多さに言葉の量が合っていないくてもそれは必然なんです。人間は不思議な生き物です。同じような感情でも全く違うものがたくさんあります。もしかしたら、昔にはなかった感情が最近になって生まれるなんてこともあるかもしれません。それこそ今のハヤト君のようにね。その感情が生まれるスピードと量に言葉がついていけてないということです。」
「うーんなんとなくわかったと思う。そう思いたい。オレが今言葉が詰まってるのはそもそもそういう言葉が存在しない可能性があるってこと?」
「そういうことです。だから気にせず、君の言葉で書いていいのですよ。」
「よし、、わかった!!」

再びペンを走らせる。自分でも何を書いてるかよく分からなくなったが良いだろう。それがオレの正直な想いだ。そしてついに、

「できた、、、!!団長!!!できたぞ!!!」
「良かったですね。ハヤト君。私も嬉しい限りです。」
「こんなとこ言いたくはないけどありがとう団長!!」
「なんか引っかかりますが…まぁいいでしょう。」
「やっぱ団長も大人なんだね。オレの知らないことめっちゃ知っててすごい。」
「ふふ、君もいつかこんな大人になれますよ。」
「いや団長みたくはなりなくないな。」
「えっ?」
「けどそっかー。この世にはまだ言葉にならない感情があるんだなー。そう思うと文章書きも少しは楽に取り組めるかな。」

「お前がただ語彙力がない線の方がありそうだが。」
「おっセイカ。逃げたのにもう帰ってきたのか。残念だがまだ団長はいるぞ。」
「こんにちは。セイカ君。どこに行ってたんですか?」
「こんにちは。ずっと椅子に座っていたので気晴らしに少し走ってきました。」
「そうですか。関心です。」
「すまないハヤト。誘おうと思ったが考え込んでいたのでな。途中で思考を止めるのはストレスだと思い声をかけなかった。」
「いや良いよ。それよりさ!完成したんだよ読書感想文!!読んでくれよ!!」
「もちろんだ。」

オレは傑作の3枚をセイカに渡した。セイカが読んでいる最中、反応が気になって仕方なくてずっとセイカの顔を見つめていた。てか、読むの早いなこいつ。

「読み終わった。」
「どうだった?我ながら良いと思うんだ。セイカからしたら言葉が幼稚だったりするかもしれないけどよ。そこら辺は多めに見てな。」
「わかっている。しかしそれを考慮しても想像以上によく書けていると思うぞ、ハヤト。まさかヒーローにつなげてくるとは思わなかった。」
「だろー!?これは団長がアドバイスくれてさ、ヒーローとしてオレはこういう人を助けたいっていう想いが湧いてさ、これ提出してもいいよな!!」
「あぁ、提出はもちろんダメだ。」
「え?ごめん聞き間違えたかも。もっかい言って。」
「提出はダメだ。もちろん。」
「は?」
「これじゃ提出はできない。」
「なんっでだよ!!よく書けてるんじゃないのか!?」
「あぁ、よく書けている。だが、ハヤト。お前は書いてはいけないことを書いている。」
「何をだよ。」
「俺たちはヒーローであることを周りに話していない。」
「「あっ。」」

盲点だった、完全に。そうだ。オレ達は、オレとセイカは、親以外の周りにヒーローであることを言っていない。未成年だからだ。オレ達ヒーローは6人いる。内2人、ハル君とダイスケさんは成人済みだ。残りの4人は、未成年だから名前は伏せた方がいいという上からの方針で活動していだが、ユラとリンは家柄の問題で公表しなくても風の噂で周りの耳に入ってしまうので実質隠していないようなものだ。残りのオレとセイカはそんな特殊な事情はないから完全に隠している。親以外だからもちろん学校にも言っていない。つまり、読書感想文にオレがヒーローであるなんて書いたら本物か虚言癖かどっちかを疑われるのだ。

「書き直しだな、これは。」
「今からみんなにヒーローってこと言うのは、、」
「事務所を出てまた1からヒーロー養成プログラムに参加してもいいなら俺は止めないぞ。」
「ううっ、、」
「ハヤト君。」
団長がオレの肩に手を乗せる。
「その作文は私にください。私が評価して、感想を書いてまた君に返します。」
「お前、、、オレは聞いてたからな、、オレと一緒に『えっ』って言ったのを。」
「さて、なんのことでしょうかね。」

いつもの胡散臭い笑みを浮かべる。やっぱりオレはこの団長とか言う人間は嫌いだ。

「ハヤト。酷かもしれないが今日中に終わらせたいならあまり時間がないぞ。夏休み中もいつ任務が入るか分からん。余裕のあるうちに終わらせたくはないか?」
「終わらせたいよ、、だけどもうさっきの熱は消え去ったよ、、。」
「はぁ、仕方がない。俺がまた1から教えてやる。」
「セイカ様っっ!!!」
「うんうん。これこそ仲間ですね。任務以外でも築かれていく絆。素晴らしいですね。」
「すまないが仲間でない人間は出ていってもらえるか?」
「そうだそうだー!!でてけー!」
「なんとっ!!上司に向かってなんてことを!!」
「なんとでも言ってくれ。今はハヤトの作文をさっさと
終わらせて家に帰りたい。今日は妹とテレビを見る約束をしているんだ。」
「おいまじかよ。それじゃちんたらしてられねぇ。よし、先生ご指導お願いします!!」
「あぁ、任せてくれ。」
「………」

それから1時間ほどで作文は仕上がった。もっと時間がかかると思っていたが直すのはヒーローと言っていたところだけでいいらしいので大部分はそのままだ。終わって一息ついた頃には団長の姿はなかった。

「なぁ、セイカ。ちょっと団長に言いすぎたかな。」
「そうか?気にすることないと思うが。どうせ次顔を出した時には忘れている。」
「あーそれもそっか。」
「じゃあ俺はそろそろ帰るとする。家で妹が待っているからな。」
「おう、今日マジでサンキューな。またなんかお礼させてな。」

そう言ってセイカは事務所を後にした。オレは正直まだ団長のことを気にしていたけどセイカがあぁ言うんだ。大丈夫だろう。

「けど、俺は嬉しかったな。団長が言葉にならない感情があってもおかしくないって言ってくれて。」

完全な独り言で言ったつもりだが、団長が地獄耳だったらいいなと少しだけ思いながらオレも事務所を後にした。

8/13/2025, 7:08:27 PM