暑い。暑すぎる。
暑さの元凶を見上げるとあまりの眩しさに反射的に目を閉じてしまう。
「あづーーい。」
「ハヤト大丈夫?ほら地域の人から水分もらったよ。」
ハル君がくれたのは500mlの麦茶だった。オレは受け取ると同時にキャップを開け無我夢中に喉に流し込む。こんな日の麦茶は格段に美味い。五臓六腑が喜んでいる。
「うんっっっまーーー!!ありがとうハル君。おかげで生き返ったわ。」
「お礼なら地域の人に言ってきな。」
微笑んだハル君は「ほら」と木陰をみる。そこには町内会の大人達が休んでいた。オレはそこに駆け寄る。
「あの、麦茶ありがとうございます。おかげで生き返りました!!」
「あーいいんだよ。いやーヒーローのにいちゃん達が手伝ってくれてとっても助かったよ。やっぱ若い子の力って侮れないねぇ。」
「俺達はもう歳だからなぁ。君たちがいなかったらまだ草刈りも終わってなかっただろうね。ほんとに感謝してるよヒーロー。」
「いえいえ、こちらこそ貴重な体験ができました。ほんと、草刈りとか何年ぶりだろう。小学生以来ですよ。」
今日はハル君と一緒に町内会の草刈りに参加してる。任務ではないが、地域の人とコミュニケーションをとっておくのも大事だとハル君が誘ってくれた。
「小学生ねぇ、ここ最近子供も減ってこの公園で遊ぶ姿も見ていないわねぇ。」
小綺麗な女性が言う。確かこの人のお子さんはすでに大きくなって立派に働いているのとか言ってたな。
「最近は小学生でもスマホを持つらしいね。いやー俺たちが子供の頃は虫網もって近所のそこらじゅうを走り回ってたってのに。最近の子は外にも出ないのか。」
「あなた古臭いですよ。仕方ないわよ、時代の変化ってものじゃない。」
「いやーそうは言っても変わらないものもあってほしいよな。それこそ子供時代の放課後の遊びなんて今でも覚えてるくらい大事な思い出だろ。今の子にはそれがないってなんだか俺たち大人が奪ってるみたいじゃないか。」
「そうだよな。俺も子供にスマホ買ってほしいってせがまれたことあるけど一蹴してやったよ。けど子供は友達の会話に入れないだの一緒に遊んでもらえないだの。難しい問題だよな。」
それで会話は途切れた。どこか空気が重くなっている。オレが小学生なんて話題を出したからか?どうしよう、なんとかこの会話をいい感じに丸く収める方法はないか。オレは小さな頭をフル回転して次の会話の糸口を探す。なんてしてると後ろから暑さを感じさせない爽やかな声が聞こえた。
「この暑さです。子供も外で遊びたいけど暑すぎて熱中症になってしまうから親が家で遊べって言うらしいですよ。」
その声はハル君だった。「麦茶ありがとうございます」と言うと大人の人は「おう、こちらこそな」「ありがとうなにいちゃん」「助かったわ」と口々に言う。
「ハヤト。次の任務があるから急いで事務所に戻らないと。」
「あら、これからお仕事?じゃあ引き止めるのも悪いわ。今日はほんとにありがとうね。お礼にこれどうぞ。」
女性がくれたのはアイス無料引換券と書かれた紙の束だった。昔の子供会でまとめ買いしたものらしい。「もう子供会はないから。」と残りを全部オレ達にくれた。
「こんなにいいんですか?」
「いいのよ。使わないのも勿体無いわ。私たちが使うのも違うし、どうせならいつも街を守ってくれるヒーローの皆さんで使って。私たち町内会からのほんのお礼だと思ってくれたらいいわ。駄菓子屋のおばあちゃんにも話をつけてるから。」
「遠慮すんなにいちゃん。俺たちは歳だから甘いもんなんてバクバク食えやしないんだ。」
「そうそう。将来有望な若者の糧になるならアイス券も本望だよ。」
そう言って半ば強引にハル君に押し付けると「任務頑張って」と大人達は笑顔で送ってくれた。返すことは許されないらしい。オレ達はお礼を言ってその場を後にした。いつの間にかあの会話も、どこか重い空気もみんな忘れていた。
「ハル君、次の任務って?」
「あぁ、終わったよ。」
「え?」
「次の任務っていうのは空気を変えようと頑張るハヤトを無事に助けること。」
ハル君は華麗なウィンクをオレに飛ばす。
「なんてスマートな男なんだハル君。すかさず会話に入り、話題を変えて違和感なく帰る…そして誰も嫌な思いをしていない、さすが慈愛のヒーローだ……」
「どういたしまして。けどまさかこんなものももらえるなんてね。」
紙の束を嬉しそうに見つめている。その姿はまさに子供だった。ハル君は確か20代半ばとか言ってたけど時々高校生のオレより年下なんじゃないかって思ってしまう。大人の余裕と子供らしい愛嬌を兼ね備えているなんて、きっとモテてるんだろうな。いや、もしかすると…
「全部ハル君の計画通り?ハル君やっぱり策士家?」
「そんなんじゃないよ。ただ遠くから見てたらハヤトなんかオドオドしてたから。大丈夫かなと思って助け舟出しただけだよ。」
「え?そんなにオレわかりやすかった?」
「うん。俺から見たらって話だけどね。」
「だってよー、最近子供が外で遊ばないのは大人の責任じゃないかーって話になってさ。それで空気重くなって、これは話題出したオレがどうかしないとって思うじゃん。」
「なるほどね。ハヤトはやっぱり優しいよ。」
慈愛のヒーローには勝てませんよ。とわざとらしく笑うとハル君も笑ってくれた。話を変えてオレは気になったことを聞いてみる。
「ハル君は子供の頃公園で遊んでた?」
「うん。小学生の頃は毎日と言っていいほど近所の子達と遊んでたな。そう言うハヤトは?」
「オレもだよ。それこそヒーローごっこしてさー、やっぱみんな悪者役よりヒーロー役をやりたいわけじゃん?それでいっつも喧嘩してた。たまに怪我までしてさ。」
「小さい頃からヒーロー好きって言ってたもんね。みんな一回は経験するよね、怪我とか服汚して帰ったらお母さんにめちゃくちゃ怒られてお風呂直行コース。」
「うわーあるある。オレ週3とかでやらかしてたな。ごめんよお母さん。」
「けど構わず次の日にはまた公園で遊ぶんだよね。それも知らない子供と。」
「確かに。今思ったらいーれーてって言えば初対面でも構わず一緒に遊んでたな。今思うと子供のコミュ力すごっ。」
「あの頃は名前とかどこの学校かとか知らなくてもまた明日遊ぼうね、またねって言って約束してたな。次の日会えるかもわからなくて、その日に会えなくても、また会えたらその時の約束なんて忘れて一緒に遊んでさ。」
「それ……激エモじゃね?」
「やっぱりそうだよね。良かったハヤトも共感してくれた。」
「………」
「ハヤト?」
「いや、オレも小学生の時くらいにそんな経験あったなーって。知らない子と普通に遊んでたのはそうなんだけど、その中でも覚えてる子がいてさ。」
「へーそうなんだ。どんな子?」
「それが記憶が曖昧すぎて。くそ自分の記憶力の無さを恨んでしまう。確か男の子だったんだよな。背はその時のオレとおんなじくらいで、妹か弟だったかもいた気がする。公園で見ない顔がいると思ったらずっと突っ立っててさ、遊びたいなら入れてって言うんだぞって教えて一緒に遊んだんだよ確か。」
「結構曖昧なんだね。」
「うん。待てよ、もしかしたら夢の話?」
「あ、あるのねそう言う昔の記憶か夢かわからなくなる時。」
「うーーん。わからん。まぁ、いいや。いつか思い出すだろ。」
「そうだね。あ、駄菓子屋さん寄って早速アイス券使う?」
「え、最高。」
「ちゃんもみんなの分も買わないとね。じゃないと怒るか拗ねるかされるよ。特に団長とか。」
「あーあの人ね。こういう時に限って狙ってましたよって感じで事務所にいるからな。」
「ほんとにうちの七不思議の一つだよ。」
「それもしかしなくても7つ全部団長になりそうじゃない?
「言えてる。」
それから事務所のみんなの分のアイスを買ってオレとハル君は食べながら事務所に向かった。任務が終わって家へ帰る時、ふと思い立ってあの時の公園へ寄ることにした。公園に着いた時には夕日が強くなってきた頃合いで、小学生ならバイバイを交わして各々家に向かって足を進めているだろう。しかし、公園にもその周りにも子供の騒がしさはなかった。寂しさを感じるのは夕日の眩しさだけではないらしい。オレは久しぶりにジャングルジムに登りたいななんて思っていたが、あるはずの場所には何もなかった。周りの草が伸びきってる中、不自然に正方形の形に土が顔を出していた。この前のニュースで遊具撤廃が全国で行われているというのを見た。おそらくオレの思い出のジャングルジムもその犠牲になったのだろう。ジャングルジムの跡を見つめていたら後ろから声をかけられた。
「いーれーて」
「え?」
あの日の子供?なんでいるんだ?
「妹もいる。妹だけでも入れて欲しい。」
「えっと、、、君名前は?」
「………」
無視されたかと思うと突然公園の出口に向かって走り出した。
「えっ、ちょっ」
その子はそのまま住宅街へ向かい姿を消した。
「なんだったんだろう、、、」
見た目は完全に女の子だった。記憶では男の子だったのに。けど確かにあの日の子供だと頭が言っている。まさか、オレの記憶はもうダメなのか?病院に行こうかな。
「この場合は外科?脳外科とか言うのもあるよな。ん?脳なのに外科?ん?脳って頭の中にあるよな?」
「お前は精神科のほうがいいんじゃないか。」
「うるせぇよセイカ!!ってなんでいるんだ。」
公園の入り口に佇んでいたのはオレの同期のヒーローで同級生でもあるセイカだった。
「こんな寂れた公園でブツブツ言ってたら警察を呼ばれるぞ。ヒーローが警察沙汰なんて情けない。」
「オレまだ未成年なんすけど。」
「しかし懐かしいな。一度だけ俺もここにきたことがある。遊具はすっかりなくなったようだな。」
「俺の話は無視かよ。」
「あの日は妹と一緒に来たんだ。2人で遊ぼうとしたが人が多くてな。どうしたものかと突っ立っていたらある少年が声をかけてくれた。今となっては懐かしい思い出だ。」
「え?妹と来た?それも一度だけ?」
「そうだが。」
「お前まさか…」
「なんだ。」
「いやそんなわけないない。セイカは男だ。」
「何を当たり前のことを言っている。俺は男だ。」
「よしっセイカ。そうとなったらブランコ対決だ。ブランコから飛び降りてその距離が長かったほうが勝ちな。」
「すまない。そうとなったらの意味がわからないのだが。」
「お?勝ち目がないからするのが怖いか?」
「そんなことはない。」
「よし決まりな。ベタだけど負けた方は勝った方の命令を一つだけ聞くでいいな。」
「受けてたとう。」
そしてブランコへ向かう。その途中、公園の入り口にあの女の子がいた。気がした。ほんとになんだったんだろう。幻覚か?そうにしろ、そうでないにしろ今日は灼熱の中で長時間作業をしたんだ。今日は帰ってゆっくり休もう。その前にセイカとの勝負だ。
8/13/2025, 8:28:40 AM