「勿忘草」
旅立たなければならなかった。人々を守るため、この国に平和をもたらすために戦う覚悟を決めた。
君に渡そうと思っていた小さな白い勿忘草は、結局今も僕の手に握られたままだ。君に別れを告げる時、本当なら渡すつもりだった。花言葉を借りて「僕を忘れないで」と伝えたかった。けれど、なんだか身勝手な想いに感じられて渡せなかった。僕が無事に帰ってくる保証はないし、帰ってくることができても何十年も後かもしれない。そんな不確かな未来に、君を巻き込むことはできない。
だから、勿忘草は渡せない。どうか君には、僕のことを一刻も早く忘れて幸せになってほしい。
「ブランコ」
帰り道にある小さな公園の寂れたブランコ。
公園の遊具の中でも1番人気であっただろうに、その面影は今はなく、風に揺られて小さく鳴いている。その姿がなぜだか私自身と重なりそっと腰掛けた。
ブランコなんて何年ぶりだろうか。こうして揺られていると、何も知らない無邪気で輝いていた頃の私がはっきりと浮かんだ。あの時のような輝きは今はない。けれど、忘れないようにしたい。
寂れたブランコは過去の大切なものを私に思い出させてくれた。
「旅路の果てに」
随分と長いこと旅を続けてきた。たくさんの人と出会い、さまざまな景色を見た。1人で始めたはずの旅に、いつの間にかあなたが加わって、賑やかになって。けれどそのあなたは私よりも先に消えてしまった。美味しいものを分け合って食べる楽しさを、美しい景色を共に見る嬉しさを、私に教えたのはあなたなのに勝手にいなくなるなんてずるい。
旅をする意味も楽しさも感じなくなり、もうやめようかと何度も考えた。
「僕はもっと、この世界の美しい景色を見たいし、たくさんの人と話をしてみたい」
懐かしい風に吹かれて、記憶の扉が少し開いた。甦ってきたあなたの声を聞いて、私は旅を続けることを決めた。
もしこの旅路の果てにもう一度あなたに会うことができたなら、私が見た景色を、出会った人々との話を、たくさん自慢してあなたを悔しがらせてやるのだ。
「あなたに届けたい」
庭に出ると、小さな青い花が咲き乱れ揺れていた。今年もそんな時期かと、暖かい光を放つ太陽を見上げながら思った。去年までは、この花の咲くのを1人で楽しみにしていた。けれど今年は、咲いたその小さな花を束ねてあなたに届けたいと強く思う。この可憐さをあなたと一緒に楽しみたい。美しいものをあなたにもたくさん見せたい。そんなふうに思えるということは、きっともう私は1人じゃない。
庭の青い花は花束にはできないけれど、花屋さんで青い花束を作ろう。そしてあなたの家まで届けて、びっくりさせてみよう。
「I love...」
「What do you like ?」
流暢な英語で、君が問う。放課後の教室には、君と僕しかいない。
「アイ ラブ...」
明らかになれていない発音で僕は言葉を紡いだ。
「違うよ!likeで聞いたんだからlikeで返さなきゃ!」
仕方がないな、と言わんばかりの表情を浮かべながら、細かく君は指摘する。それでも僕はその指摘を無視した。
「I love ...」
「だから……」
「you」
さっきよりも綺麗な発音で言えたと思う。君は困惑した顔をして、僕の言った意味を理解したのか段々と顔が赤くなっていった。きっと僕の顔も君と同じくらい赤いのだろう。
異国の言葉に想いをのせると少しだけ伝える勇気が出た。
夕日に照らされる教室に、君の「ミートゥー」というか細く震えた声が響いていた。