「時を繋ぐ糸」
いつのものようにポストを覗くと、小さな茶色い封筒が入っていた。真新しいとはいえない、少しだけくたびれた封筒。差出人には私の名前が書かれている。
開けてみると、10代のころに書いた、未来の自分への手紙だった。まだ幼さの残る拙い文章で、様々な質問が書かれている。手紙を読んでいると、つい忘れてしまっていたあの頃のことが鮮明に浮かび上がってくる。
もう数十年も前のものだけれど、この手紙を通して過去の私と今の私が繋がっていると強く感じ、不思議な気分になった。
手紙は、離れた距離の人と繋がるためのものだと思っていたけれど、時と時を繋ぐ糸のような働きもするのだと感じた。
また未来の自分に手紙を書いてみるのも面白いかもしれない。今度はどんな質問をしようかな。
「落ち葉の道」
灰色のアスファルトの道が、降ってきた落ち葉によって綺麗な茶色に染められている。一歩足を踏み出せば、かさっかさっと心地よい音が響く。
この時期限定仕様の落ち葉の道は、歩いているだけで耳も目も癒してくれて、時間を忘れて歩いてしまう。
今日はこの道をどこまで歩こうかな。
「君が隠した鍵」
君はいきなりやってきて、私の心の扉を開き、そして扉の鍵まで隠してしまった。君のせいで私は心の扉を閉めることが、できず、たくさんのことを知ってしまった。もう、戻ることはできない。
だから、そばにいてくれなくちゃ困る。
せめて鍵を隠した責任をとって、ずっとそばにいてほしい。
「手放した時間」
「私はまだ大丈夫だから。あなたはあなたのできる仕事をしてきて。」
君にそう言われると、うまく言い返すことができず、ただ頷いて仕事に向かうことしかできなかった。
仕事から帰ってきて君が微笑んでくれると、まだそこにいてくれていることにとてもホッとする。そんな毎日を繰り返していた。
けれどそんな日も長くは続かず、君はいなくなってしまった。
君の言うとおり、僕は僕の仕事をして色々な人を助けてきたと思う。でもその分、僕は君と過ごせる時間を手放してしまっていた。もっと話をして、君の声を、仕草を、笑顔を心に焼き付けていたかったのに。
あの時の僕の判断は、果たして正しかったのだろうか。
手放した時間は、二度と戻らない。
「紅の記憶」
血飛沫がパッと飛び散って、私を庇うように前に立っていた人が倒れていく。傷口から流れ出ていく鮮やかな赤が、彼女の命の終わりを示すように床を染めていく。
呆然としながら顔を上げると、この惨状を生み出した人物が次の狙いを私に定めてゆっくりと歩いてくる。
怖い。嫌だ。そんな感情よりも、大切な人を傷つけられたことへの怒りが湧き上がり、炎のように燃えていた。
その記憶だけが私の頭に強く刻みつけられ、その後のことはよく覚えていない。
血の赤と、怒りの赤。残酷なまでに鮮やかな2つの紅に染められた記憶は、今も私の心に巣食い、縛り続けている。