「消えた星図」
「うーん。この星が、これだから…。あっ!あったっ!あれがアンドロメダ座だ!隣で光ってるのはカシオペア座かなぁ」
風で揺れる葉の音とフクロウの声しか聞こえない静かな森に君の声が響く。両手で握りしめた星図と空を交互に見る君の横顔はまるで少年のように無邪気で純粋だった。
今まで星なんて誰と見ても変わらないと思っていた私にとって君との出会いは衝撃的で新鮮なものだった。
「ほらほら!そっちも星図あるでしょ?せっかく来たんだからいっぱい見つけようよ!ここにある星があの星でね…」
私が手にしていた星図を見ながら君が一つの星を指差した。この夜空の中でも一際強く輝く一番星が、私と君を照らしている。
きっと、この時が一番幸せだったなと思う。
あの日の星図はいつのまにかどこかへ行ってしまった。
今日も夜空にはあの日と同じ一番星が輝いている。
君もどこかで見ていたらいいな。
「愛−-恋=?」
月の光が枕元を優しく照らしている。あなたの寝息をBGMにして眺める月は、いつもよりも美しく穏やかに見える。
ふと、日中に友達から聞いた話を思い出す。
『恋は自分本位のもの。好きだっていう一方的な気持ち。だから相手に求めすぎちゃったり良いところしか見えなくなったりする。愛は相手を中心にしてる。良いところも悪いところも相手の全てを受け止めて相手の幸せを本気で願えるんだって。』
やけに熱のこもった彼女の語りには、納得するところも多かった。彼女の言ったように私とあなたの関係を当てはめるなら、これはきっと愛だろう。だって、私の話を最後まで聞いて励ましてくれるところも、ちょっとドジで騒がしいところも、あなたの全てを愛おしく感じるから。
でも、もし私のあなたへの愛から恋が失われてしまったらどうなるのだろう。友人は愛と恋は別物として語っていたけれど、私は毎日あなたを好きになっている、恋をしている。
だから愛から恋が失われてしまったら、愛は崩れてしまうと思う。私の愛はきっと、恋があるから成り立っているのだ。
「梨」
しゃくしゃくという音と共に口いっぱいに甘い果汁が広がっていく。電球の光を受けて瑞々しく輝くその果実は秋の訪れを知らせてくれる。
「もう秋なんだね。ちょっと前まではスイカだったのに。」
閉ざされた部屋。テレビもラジオもない無機質な部屋には、白いベッドだけが存在を主張していた。
部屋には窓もなく、季節を教えてくれるのはいつも果物だった。
「梨って木になってるって聞いたけどどんな形なんだろ。来年の秋には外に出て確かめてみたいなぁ」
来年も再来年もその先も、無理であろうことはわかっている。
けれど、どうしても希望を捨てることができなかった。
「LaLaLa Goodbye」
「じゃあな」
「うん。またね」
別れ際は、思っていたより二人ともあっさりしていた。懐かしい日々を振り返るでもなく、お互いを罵り合うでもなく。でも、きっと、相手が必死に平静を装っていることは両者とも分かっているだろう。だから。
「ら〜らららららら〜」
お気に入りの恋の歌を口ずさみながら彼の背中を見送る。
「ららら〜らら、ら…」
背中が小さくなっていくにつれて、だんだん声が震え出してきてしまう。もう少し、まだだめだ。
「ら、ら………」
とうとう見えなくなった。ふっと足の力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。拭っても拭っても涙が溢れてくる。
「いつか、また、きっと……」
きっとまた会える。また言葉を交わすことができる。
そう信じてるから、「さよなら」とは言わなかった。
「どこまでも」
白い翼をはためかせて、自由に、どこまでも飛ぶことが私の幸せだった。
でも成長していくにつれ、自慢の翼は縛られ、カゴの中で、課された仕事をこなすことで生きてきた。
ふと空を見上げると、鳥たちが戯れながらどこかへ飛んでいく。あの鳥たちはどこまで飛んでいくのだろう。あの眩しい青い空はいつから遠くなってしまったのだろうか。
背中の翼に目をやる。鎖で縛られ、とても飛ぶことなどできない。外そうかと何度も考えたがどうしても勇気が出ずできなかった。その鎖に手をかけ、少しずつ外していく。そしてカゴのドアに手をかける。きぃ、と甲高い音と共にドアが開いた。
こんなに簡単なことなのに、怖くて勇気が出なくてできずにいた。いつのまにか、カゴの中の安定さに安心を覚えてしまっていたのだ。
けれどやっぱり、あの空を自由に飛び回りたい。風に乗ってどこまでも飛んでゆきたい,
真っ白な翼を大きく広げる。久しぶりの感覚に違和感を感じるが、まだまだ動かせそうだ。
そうして思い切り床を蹴り、カゴの外へ飛び込んだ。翼を大きく羽ばたかせ、風に乗って飛ぶ。
ついに勇気を出してカゴから出てきたのだ。この先はどうなるかわからないが、気にしていても仕方がない。
私は一歩を踏み出した。これからはもう、どこまででも飛んでいくことができるのだ。