もも

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1/21/2024, 10:23:02 AM

『特別な夜』

誕生日の夜だけは特別な夜だった。
俺の家は家系的に全員医者になるのが定められていて、兄の二人の出来がいまいちだとわかれば、必然的に俺も医者になって将来病院を継ぐものだと勝手に決めつけられて、勉強、勉強、勉強の毎日。
でも俺の頭は家族が期待する以上には良くなくて、結局兄よりも出来ないとわかれば期待は一気に逆転した。
期待されなくなれば何もしては貰えなくて、家政婦の人が定期的に勉強をしているか見に来るのに耐えながらただひたすらに何かを詰め込むだけ。
楽しそうにあそこに行ったんだ、あんな物を見たんだ。そう語る兄達は自慢話を毎回のように話にきて、買ったばかりのおもちゃを見せに来る以外は誰も俺には話しかけて来ないのに、話して欲しいなんて思ってた俺は必死に足掻いて頑張って結局なんにも与えられなかった。

ただ唯一誕生日の夜だけは見かねた姉がこっそりとケーキを買ってくれて「ナイショだよ!」って部屋の机の上に置いていってくれたんだ。
見つかれば姉さんだって怒られるのに、わざわざ俺のためにお金を溜めてくれて買ってくれたショートケーキは、どんなご馳走よりも美味しくて泣きながら一人でいつもこっそりと食べてた。

今でもケーキ屋のショーケースにショートケーキが並んでると泣きそうになる。
結局医者になれたものの、心がついてけなくて休むはめになってしまったけれど、あんな風に救えるものがあるならまた元に戻りたいって思うんだ。


今日は普通の日だけど、ショートケーキ買って食べよう。
ショートケーキは特別な食べ物。
あの夜確かに俺は救われたんだから

1/20/2024, 10:30:44 AM

『海の底』

眼の前に青い光を見ながら、暗闇へと落ちて行く。
唯一わかるのは光が見えるほうが上だと言うだけで、体にまとわりつく水が自分の体の全てを奪ってもう指一本動かせない。
嵐の中、家臣たちにも止められていたにも関わらず航海に出たのは遠くの国で王と王妃が行方不明になったと聞いたから。
どんなに厳しく育てられたって自分の父と母。
いてもたってもいられなくて航海に出た先。船は難破し皆海へと落とされた。
このまま海の底へと沈むのだろう。
父様と母様を探せないまま、馬鹿な息子は海の中に沈んでいくんだ。

もう目も開くのが意味もない暗闇に差し掛かろうとした時。
とても綺麗な青を見た。
微かな光にキラキラと輝いてまるで泳いでるようなその青は、沈んでいく自分の周りを心配そうに回ってそして自分を包みこんだ。

このまま海の底へと連れていく化身なのだろうか。
ならばこんなに綺麗ならそれでもいいかもしれない。

無音の海の中そんな風に思えば自然と力が抜けて、意識も遠くへと向かう。

父様、母様。
馬鹿な息子でごめんなさい。

そう思って次に目を開いたのは、あの日家臣に止められた港側の浜辺。
水浸しの自分を
眩しい光の向こう心配そうに覗く少女の顔が見えた。

1/20/2024, 2:40:57 AM

君に会いたくて
僕はいつもの道を走り出す。
なんの変哲も無い通学路だけど、君に会えるってわかれば全てが輝いて見えるんだ。
いつものつまらない授業だって楽しいものに変わる。
学校までの道のりを走り終えた先、いつもの教室で君は今日もおはようなんて待っててくれるかな?
早く会いたい。
昨日いいことが有ったんだと伝えたいんだ。

はずむ息を押さえながら降りる歩道橋。
突然現れた鳩に僕の視界はぐにゃりとひっくり返った…。

1/18/2024, 11:05:47 AM

『閉ざされた日記』

ここに一冊の日記があるわ。
ある貴族の男が書いた鍵付きの日記。
不運にもこの日記を書いた男は日記の鍵を持ったまま事故にあって、急な崖下に落ちてしまったの。
だからこの日記の鍵はもう見つからない。
何でも日頃からこの日記にはとても重大な事が書いてあるから決して覗かないように、もし私に何かあったらこのまま燃やしてしまいなさい。
って言っていたそうよ。
残された家族はそう言われていたからどんな事が書いてあるのかとっても気になったのね。
遺産についてだ。とか、ある別の貴族の重大な秘密だ。とか、色々と憶測が飛び交って次第に皆それが本当の事だって重大な秘密を手に入れるのは自分なのだと争い始めてしまったの
鍵を壊せば済む話だ!ですって?
ええ。そうね。
だけどどれだけ頑丈な金槌で殴っても、どんな凄い鍵師が開けてみようともこの日記は絶対に開かなかったの。
だからこそ、本当に大事な事だって考えたのでしょう。
醜い争いは続いたわ。
それこそ最後の一人になるまで。
騙して、騙されて、最後に残ったのはこの家に長年勤めていた執事だった。
長い事勤めていたのだから亡くなった旦那様のものは頂いてもいいなんて考えて、やっと日記を手に入れた時。

不思議な事に日記の鍵はすんなりと開いてあんなに見たかった中が簡単に見れたわ。

日記には長年勤めていた旦那様の字で最初のページから最後から2番目までのページまでずっと家族、使用人、友人そして…長年勤めていた執事について感謝が述べられていたの。

執事は日記に書かれた事を読んで、あんなに厳しくて一言も感謝なんかしたことが無い旦那様がまさかこんなとこで感謝を述べていたなんてと、日記を抱えたまま涙を流してうなだれたわ
こんな事が書かれていたと皆に見せたいのに自分が全てを消してしまったからもうそれも出来ない。
ただ誰もいない屋敷に執事のむせび泣く声が響いただけ。

貴族の男はただ恥ずかしかったのね。
普段は感謝をすれば威厳が下がるなんて思っていたから、心やさしい自分は日記に閉じ込めたの。
こんな結末になってしまったのは
それを見抜けなかった屋敷の者のせいなのかしら?
それとも
素直になれなかった貴族の男のせいなのかしら?

1/17/2024, 11:07:05 AM

『木枯らし』

これは少し前の秋の事。
赤や黄色で染まる神社を一人で散歩していた時のお話です。
一面真っ赤に染まった境内はその色と、神社というか独特な神聖な空気にまるで異世界にでも行ったかのような不思議な雰囲気がありました。
あまり人に知られていない神社ということもあり、境内を歩く人は私一人。
この不思議な場所に一人きりな何ととも言えない優越感に浸りながら、いつも通りのお参りをしようとした時でした。
強い風が吹いたのです。
木枯らしが吹くなんて天気予報で言っていた位元々わりと風が強い日でしたがその風は、境内の紅葉を舞い上げてとても幻想的で思わず立ち止まって見入ってしまいました。

『もう、冬になりますね。』

ふと気づくと今まで誰もいなかった境内に一人の男性がた立って、舞い上がる紅葉を私と同じように見ていました。
向こうも今私に気づいたかのように顔を向けると何処か寂しそうに、私に微笑みを浮かべてきたんです
その男性は、酷く儚くてまるで今すぐにでも消えてしまいそうなくらい美しい人で、そんな人と初めて話す私は少しだけどぎまぎとしてしまいました。

「ほ、本当ですね。どんどん寒くなっていきます。
で、でも私は冬も好きなんですよ。雪かきは苦手ですけど、雪は綺麗ですし何より全てがお休みする大事な時期だと思うんです!
休んだあとまた春になるとお花も咲きますし、それもまた楽しみで…!」

だからか凄くどうでもいいような聞かれてない事まで答えてしまって、それが恥ずかしくなって更に慌てると男性は驚いた表情をしながら優しく笑っていました

『…冬も無駄にならないということですか?
…あなたみたいな方がいて嬉しいです』

その姿がやはりとても綺麗で見入っていると、また境内に強い風が吹きあまりの風の強さに思わず目を閉じると、次にはもうその男性はいませんでした。
私は何か幻でも見ていたのかまるで狐につままれた気分になりながら、目的のお参りを済ませてしまおうと慌てて足を進めようとした時

『ありがとう』

もう一度紅葉が舞い上がり先程の男性の声でそんなふうに聞こえた気がしました

木枯らしが吹くある秋の日の不思議な体験です。
あの男性は一体誰だったのでしょうか。

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