初夕 紺

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5/30/2024, 4:25:23 PM

「この旅が終わるときって、きっと死ぬときなんだと思うよ」
「……喋らないほうがいい。喉が渇くよ」
「あぁ、君と一緒にこの旅を過ごせるのは嬉しいんだけど、少し怖いかな。もし君に先にいかれたら、僕はきっと終わりのない一人旅に耐えきれずに死んでしまうだろうから」
「あっそ。ただの持久走で死人が出たら大ニュースだね。十分後にはこの旅も終わってるだろうから安心しなよ」
「先にいかない?」
「お喋りはここまで。真面目に走れよ」
「あっ、ちょっと待てよ!この薄情者!人殺し!!」

3/2/2024, 3:16:14 PM

たった一つの希望

 君のことだよ。ハル。
 希望って、まだ掴めていないものを言うんだ、そうでしょ。君は僕を友達って呼んでくれるけど、実は僕、まだ信じきれてないんだ。君はいつでも優しくて、いい人で、綺麗な心を持ってるよね。僕のそばにいて汚れるどころか、僕の淀んだ心すら洗ってくれるの。でも時々不安になるんだ。本当に死ぬまでそばにいてくれるのかなって。だって、僕が寿命で死ぬまであと八十年はあるんだよ。その間に君は大人になって、今の考え方も生き方も変わっていってしまうだろう。そうやってまともになった君に僕、捨てられちゃったらどうすればいいの? 例えばそのまま野垂れ死ねたらどんなに素敵かわかんないよね。でもそんな簡単にできるなら、僕は既に地獄の底だ。怖い、死にたくないよ。君、本当に僕のこと裏切るつもり? だとしたら、とにかく早くしてくれないかな。僕馬鹿だから、いつ君のこと信用してしまうかもわからないから、もう近づかないで欲しい、本当に怖いの、僕のこと嫌いになってもいいからどうか希望を持たせないで、どうせ君もみんなと同じなら、僕を一人ぼっちのままにさせて……

 話変わるんだけど、たった一つの希望って怖いよね。何がって、たった一つってところがさ。試験を受けるときだって必ず滑り止めを用意するでしょ。希望が一つしかなかったら、消えたときにお先真っ暗になっちゃうもんね。
 この流れでこんな事言うの、結構重く感じちゃうかもしれないんだけど。あのねハル、君は僕にとってたった一人の友達、希望なんだ。君の言う事何でも聞くよ。毎日宿題するし、絶対遅刻しない。君が嫌ってる「悲観的な妄言」だって口が裂けても言わない。だからさ、一生友達のままでいて。一人ぼっちになんてさせないでよ。

3/1/2024, 2:27:37 PM

欲望

 欲望が欲しい。周りの人の言葉とか、それの一般的な価値とかを全部無視してでも捕まえたくなる「何か」が欲しい。もしそれが手に入らないとわかったとして、絶望して死ぬなんてのももう、生ぬるい。だって、心の底から湧き上がる欲望は、まるで津波が押し寄せるように僕を飲み込む。欲望に毒された僕は、すでに正気もなくなって、それ以外は考えられないんだ。ただ一つ、渇望した光が僕のはるか頭上に浮かんでいるのがみえるだけ。僕はそれが存在する限り、光に向かって走って走って飛んでいく。たとえ犯罪者になろうと幽霊になろうと僕は追いかけ続けるだろう。それほどまでに僕の心を揺り動かす「何か」があれば、僕の人生はそこらの映画にも負けないくらい魅力と刺激に溢れるものになるはず。
「欲望、魅力、刺激……ねぇ。オナ禁でもしたら?」
「初めと終わりしか聞いてなかったろ、君」
「まさか。正気じゃないとか、犯罪とか、飛ぶとか生とか言ってたじゃん。真面目な話、恋の一つでもすればいい」
「もういい。君に話した僕が馬鹿だったよ、バーカ。僕はもっと知的で崇高な話をしてるんだ。性欲なんかと一緒にしないで」
「はぁ。もうすぐ高校にもなって厨二病はモテないよ、知的で崇高なお馬鹿さん」

2/27/2024, 3:25:05 PM

現実逃避

 雑草が茂る学校の裏庭にひっそりと設置された、寂れたベンチで昼食をとる。僕たち二人以外に生徒はいない。いつものこの時間帯なら、眠気を誘う暖かな日差しが当たるのに、生憎今日は曇り空で少し肌寒いくらいだった。
「終わりたいな。人生の嫌なこと怖いことを全部投げ出して、空を飛ぶの」
 友人はジュースパックのストローを噛みながら、聞き飽きたセリフを繰り返した。右手で空のビニールの包装をくしゃくしゃにしている。どうやら、彼の昼食は菓子パン一つだけのようだ。それを見かねた僕は、彼にお弁当の卵焼きを差し出してみたが、いらないと首を振られた。卵焼きを箸で割りながら、他愛のない会話のように尋ねる。
「それって、どこから飛ぶの?」
「……学校」
「へぇ、怖そうだね」
 彼の言葉を否定して、もっと楽観的に物事を考えるよう促しても無駄なことだった。だから、僕に出来るのはただ彼を肯定してやることだけ。だけどもし、彼のすべてを肯定したその先の世界に、彼がいなかったとしたら。僕はそれを受け入れられるだろうか。
「意外と楽しいんだよ、多分」
 何が楽しいものか。
 物を食うのが億劫になり、手につかなくなったお弁当は半分残して蓋を閉めた。これじゃ僕もこいつも不健康に変わりないな。
「それって、ジェットコースターみたいな感じ?」
「多分そう、そんな感じ。あのね、空を飛んでる途中でさ、眠っちゃうんだよ。痛くも怖くもなくて、楽しいまま死ねるんだ」
 夢を語る友人はとても楽しそうだった。これがただの現実逃避だということも、彼にそんな勇気がないことも知っていた。だけど、僕が彼を否定したり肯定したりすることが、最後の一押しになってしまうかもしれない。時々、彼と話すのがどうしようもなく怖くなる。
「なんだか眠くなっちゃった。少しの間寝ててもいい?」
「いいけど、寝不足? 珍しいね」
「……ちょっとね」

2/25/2024, 5:40:40 PM

物憂げな空

 冷えた風が吹いている。向こうに見える木々の隙間から、笛の鳴るような音が聞こえた。防寒具を着込んでいても、冷風は外気に晒された僕の柔い頬をチクチクと刺してくる。やっぱり、今日はバルコニーでサボるのは止めにして、室内で隠れられる場所を探そうか。
 手すりに上半身をうつ伏せて、ぼんやりと灰色の空を眺めていた視線を、ふと足元に寄せる。そこに、いつの間にやら現れたモコモコした白い塊が立っていた。よくよく見れば、それは僕が今着ているものと同じ、学校から支給された防寒用のジャケットのようだ。
「冷えるね……」
 ジャケットが喋る。サボり仲間のシャルルの声に似ていた。彼は年齢にしても身長にしても小さいし、フードを深く被られると、僕の目には白い塊にしか見えない。だから、これがジャケットのお化けか、シャルルなのかは未だ謎のままだ。
「今日の空は不機嫌みたい。場所を移そうかと考えてたところだよ」
「オトは空が不機嫌な理由、知ってる?」
 じっと外を見つめたまま、彼は僕の話を遮って、お得意の即興で作ったクイズを投げ掛けてきた。シャルルはこういうとき、わからないと答えるか、適当な答えを出すまで諦めてくれない。僕は、シャルルの知っている丁度いいサボり場所を教えてもらおうと思っていたのだけど。小さな子供にとって冷たい風なんてものは、取るに足らない些細なことなのかもしれない。 
 適当にわからないと答えると、風に紛れながらだろうねと得意げな笑い声が掠れて聞こえた。
「正解はぁ、オトがお仕事をサボってるから、だよ」
「それは君も……、」
 今までで一番強く鳴った風が僕の言葉を遮った。強風は唸りを上げ、僕たちを吹き飛ばそうとしてくる。僕は必死に手すりにしがみつかなければ立つことも出来なかった。ちらりと盗み見たシャルルのフードはすでに吹き飛ばされている。彼は小さな身体を縮こませ、可哀想に両耳を手で塞いでいた。
 数秒後、強い風がひとまずやんだのを感じ、そっと手すりから手を離した。シャルルの方を見れば、彼の髪はひどい形をしていた。僕はそれをからかう言葉を既のところで飲み込む。だって、乱れた前髪の下に隠れた大きな瞳が、ポロポロと涙を零しているのに気づいたから。
「どうしたの」
 驚いて、彼のそばにしゃがんでその涙を拭ってやる。小さな子供はしばらく決まり悪そうに黙って、目線を少し彷徨わせてから告白するように呟いた。
「空が……、おれを怒ったのかと思った」


オト(10) シャルル(6)

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