初夕 紺

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現実逃避

 雑草が茂る学校の裏庭にひっそりと設置された、寂れたベンチで昼食をとる。僕たち二人以外に生徒はいない。いつものこの時間帯なら、眠気を誘う暖かな日差しが当たるのに、生憎今日は曇り空で少し肌寒いくらいだった。
「終わりたいな。人生の嫌なこと怖いことを全部投げ出して、空を飛ぶの」
 友人はジュースパックのストローを噛みながら、聞き飽きたセリフを繰り返した。右手で空のビニールの包装をくしゃくしゃにしている。どうやら、彼の昼食は菓子パン一つだけのようだ。それを見かねた僕は、彼にお弁当の卵焼きを差し出してみたが、いらないと首を振られた。卵焼きを箸で割りながら、他愛のない会話のように尋ねる。
「それって、どこから飛ぶの?」
「……学校」
「へぇ、怖そうだね」
 彼の言葉を否定して、もっと楽観的に物事を考えるよう促しても無駄なことだった。だから、僕に出来るのはただ彼を肯定してやることだけ。だけどもし、彼のすべてを肯定したその先の世界に、彼がいなかったとしたら。僕はそれを受け入れられるだろうか。
「意外と楽しいんだよ、多分」
 何が楽しいものか。
 物を食うのが億劫になり、手につかなくなったお弁当は半分残して蓋を閉めた。これじゃ僕もこいつも不健康に変わりないな。
「それって、ジェットコースターみたいな感じ?」
「多分そう、そんな感じ。あのね、空を飛んでる途中でさ、眠っちゃうんだよ。痛くも怖くもなくて、楽しいまま死ねるんだ」
 夢を語る友人はとても楽しそうだった。これがただの現実逃避だということも、彼にそんな勇気がないことも知っていた。だけど、僕が彼を否定したり肯定したりすることが、最後の一押しになってしまうかもしれない。時々、彼と話すのがどうしようもなく怖くなる。
「なんだか眠くなっちゃった。少しの間寝ててもいい?」
「いいけど、寝不足? 珍しいね」
「……ちょっとね」

2/27/2024, 3:25:05 PM