たとえこの身が朽ち果てたとしても、せめて、あなたの手の中に。
波に揺蕩い、砕け、土に還るくらいならば。
わたしの欠片を、どうか。
あなたの心の片隅に。
テーマ「貝殻」
好きなものを好きと言えなくなった。いつからだろう。人目を気にするようになったのは。自分の好きなものは、誰かに忌避されるものかもしれない、なんて。
誰かに「おまえの趣味はおかしい」だなんて、言われたわけではない。仮想のモンスターをつくって、攻撃しているのは自分自身。つまらない大人になったものだ、とこれまたつまらないことを考えながら、寂れた街を練り歩く。日が沈む少し前の、昼でも夜でもない曖昧な時間。
スーパーに駆け込む主婦。帰路につくランドセルを背負ったこどもたち。きゃらきゃらとこどもたちの笑い声が響く。おひさまに逆らうように、まだもう少し、と遊んでいるらしい。道中で拾ったまぁるい小石を見せ合って自慢げな表情。
西日が差し込む。とても綺麗な石なのだろう。光が反射して、すこし、目に痛かった。こどもたちは楽しそうだ。
今楽しいことを、やりたいようにする。いつかの己もそうだった。あまりに目映いそれに、ただ、目を眇めた。直視するには、あまりにも煌めいていたので。
テーマ「きらめき」
ガタン、ガタン。電車の音。PM11時。電車内の乗車率は80%というところ。無機質な機械の音を聞きながら、不規則に体を揺さぶられる。足は肩幅まで開く。そうすれば、横の揺れは対処できる。縦に関しては、揺れを予測して、つま先か踵に力を。
これはゲームだ。毎日の同じことの繰り返し、つまり日常。日常はつまらない。だからルールをつくる。ルールは簡単。揺れに体が傾いたら負け。どれだけ傾いたら負け、かは己の感覚によるものとする。つまり言語化は難しい。
人生はあらゆるゲームの積み重ねだ。その気になれば、探せば五万と転がっている。コンセントさえ抜かなければ、わりと、そこそこ暇つぶしにはなる。
今日もマイルール・ゲームをプレイする。なんだっていい。タイルの線に合わせて歩くとかでも。心に不味いごはんを与えるくらいなら、可も不可もないビスケットを、片手間に摘むのだ。
テーマ「些細なことでも」
手足に力が入らない。声も出せない。心はどうしようもなく打ち拉がれている。
けれど、目だけは、見えている。空を睨む。疲れ果てた心で、それでも。まだ諦めたくないと、叫んでいるんだ。
テーマ「心の灯火」
液晶上部に緑色のアイコンが数件、並んでいる。我が物顔で鎮座するそれを消す気になれないまま、すでに三日が経ってしまった。三日間で、いくらかたまってしまった同じ顔したアイコンは、急かすようにこちらを見ている。
通知を埋めたその人は、普段あまりメッセージを送ってこない相手。つまり、この通知は希少価値が高いのだ。……なんて。
「……あなたのことが好きです」
言葉を投げ付けるように乱暴に思いを告げて、気付けば三日。返事は聞いていない。告げる時間を与えなかったのは何を隠そう、自分自身だ。あれから会ってもいない。避けているのも、何を隠そう、自分自身なのだから。
この緑のアイコンをタップして、そうしたら、自分はどうなってしまうのだろう。開いたその先に答えがあるのかどうかはわからない。漠然とした恐怖に震えながら、心の片隅で期待に震える矮小な自分がいる。
ああ、どうしようもなく吐き気がする。
自分勝手なくせに半端に見返りを求める己の浅ましさを疎ましく思いながら、スマホは変わらず強く、手に握り締められた侭。
今日も、LINEは開けそうにない。
テーマ「開けないLINE」