あかるあかり

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3/11/2025, 11:33:58 AM

『星』

 ひとつの星はシリウス。そして七つの星。
 一糸まとわぬ乙女は双つの甕から水をそそぐ。大地に、そして海に。

 第十七のカード。希望は夢からうまれ、夢は夜に育まれ、夜は星に祝福される。

 結論としてひらいたタロットは正位置【ⅩⅦ 星】だった。

「導きの星が見つかる。希望を信じてゆけばいい」

 その言葉を聴くのは彼女の猫だけだった。足許で丸くなっている。耳が時折りぴくりと動く。

 占いの結果は出た。ひらいたカードと札山をまとめて片づける手が一瞬止まった。
 よい結果だった。不満はないはずだ。だが何故か心がざわつく。すとん、と腑に落ちるものがない。占いは無意識を心の意識できる領域すれすれまで浮上させる行為だ。だから、このようなざわめきを感じているとき、納得感(あるいは諦念でもいい)がないとき、占いは成立していない恐れがある。

 落ち着かない苛立ちを覚えながら彼女は猫に目を落とした。深い理由はなかった。だがそこで彼女は見た。猫のあごの下の、一枚のタロット。

 これか。
 得心がいく。一枚でも欠けた状態で占ったなら、もちろん占いは成立するはずもない。

 すっとカードを猫のもとからひきだす。
 猫はちらりと見あげてきたがそれだけだ。

 彼女はもう一度、占いを始めた。

 大アルカナ二十二枚。小アルカナ五十六枚。
 すべての役者が揃って、物語を展開させる。
 物語が幸せに帰結しても、バッドエンドだとしても、受け容れる。

 手際よくタロットを混ぜ、スプレッドに配置。囁くような静かな指でカードをめくる。

 先ほどとは違うカードが次々現われる。
 そして最後、結論の位置。
 めくって現われるのは。

【ⅩⅦ 星】

 彼女の瞳が笑った。
 辿りつくところがたとえ同じであっても、さっきとは較べようもない満足感で、彼女は結論を受け容れる。

「導きの星が見つかる。希望を信じてゆけばいい」

3/10/2025, 11:54:31 AM

『願いが1つ叶うならば』

「ねー。ねーったら!」
《架空の十月》は目の前の親友の髪を軽くひっぱった。編みおろした髪は金。ところどころに派手で軽薄なピンクが飛地のように混じっている。どういう仕掛けなのか、赤毛の少女《架空の十月》は知らない。
「聴いてるー? ちゃんと聴いてー?」
《とびきりの悪夢》は面倒そうに親友を見やった。面倒くさげな所作よりも、それを隠しもしないことが《とびきりの悪夢》の欠点だと《架空の十月》は常々思っている。

「聴いて! ちゃんと! トビアク!」

 容赦のない略称で呼ぶ。《とびきりの悪夢》はあっさり寝たふりを再開した。

「ちょっと! ごめん! 謝るから聴けー!」

 明らかに謝る態度ではないが《とびきりの悪夢》は仕方なさそうに顔をあげ、《架空の十月》に目をくれた。この辺りの人のよさが《トビアク》のよいところだ。と《架空の十月》は思っている。

「何だよ」
「質問なのですよ」
 柄にもない丁寧体で《架空の十月》。
「願いごとを叶えてあげよう! って云われたら何願います?」

《とびきりの悪夢》は軽く視線を遠くに投げた。
 再び《架空の十月》に焦点をあわせたときには、一瞬の空想から現実に戻っている。
「叶えるのは、おまえ?」
「ん、誰でもいいよ。とにかく何でも叶えてもらえるってことでよろ」
「んじゃ、おまえじゃないだろ……」
 まったくもって夢がない。ついでに親友への信頼もない。
 それでも辛抱強く待つ。しばらくの沈思ののち、《とびきりの悪夢》は息を吐いた。
「まぁ、願いごとか。基本的に自分の願いくらいは自分で叶えたいよな」
 そんな《とびきりの悪夢》の結論は予想済み。だから《架空の十月》はそのまま無言をつづけた。静寂に負けたように《とびきりの悪夢》は片手をあげた。

「そうだな、叶えたい夢か。おまえが、俺の夢を叶えられるだけの立派な聖職者になることかな」
「おお……っと。そう来たか……」
《架空の十月》はたじろぐ。《とびきりの悪夢》は眇めた眼差しで念を押す。
「叶えろよ?」
「んまぁ、ご期待に添えるように努力はするし、聖職に就く予定ではあるんだけども、予定は未定で決定じゃないのさ」

《とびきりの悪夢》は軽く笑って赤毛の親友の額を指で弾く真似をする。

「がんばれ?」
 何故か語尾を疑問形の如く釣りあげて《とびきりの悪夢》。
 気圧されるように《架空の十月》は頷いた。
「がんばる……ます?」

 外は夏の雨。
 学府を卒業するまであと一年。つまり進路が定まるまでもう一年もない。
 いずれこの学び舎から巣立たねばならない。入学したときには、その日まではあんなに遠く見えたのに。

 予期せぬ静寂は雨音だけを響かせていた。

3/9/2025, 11:14:34 AM

『嗚呼』

雨が降るひとりの部屋を浸しゆく心も沈む嗚呼えらが欲しい

3/8/2025, 11:36:16 AM

『秘密の場所』

 秘密。
 誰にも打ち明けない。その場所は誰も知らない。
 秘密を隠す場所は誰も知らず、見つけたとしてもそれがかの《秘密》だとも誰にも判別しえぬ。
 何故その《秘密》が秘されなければならないのか、それも誰も知らない。

 誰からも完璧に隠されすぎていて、誰も、知らない。《秘密》についてひとからも世界からも神からすらも隔離されていて。

 もはや誰もこの世界に《秘密》があったことを知らない。いまもなお隠されていることを、知らない。

 何もかもあけすけに、公平に、すべて開示されるこの世界で。

3/7/2025, 12:08:16 PM

『ラララ』

「そんな能天気に歌って暮らすなんてできないね」
 と、蟻が云った。
「君らとは違うんだよ」

 云われたのはもちろん、キリギリスだ。
 キリギリスは心外そうに反応した。
「あなたと私たちの、食い扶持を稼ぐ方法が違うってだけじゃないですか。それは大事なことですよ。同じすべしか持ってないなら、他人と分業できない。社会の経済がまわらない」

「難しいことはわからんが、とにかく。働かざる者食うべからずだ!」
 蟻はへの字口。

「それ、使いかたが間違ってますよ」
 キリギリスは穏やかに申し訳なさまでにじむ口調で訂正する。
「働かざる者、とは、資本家のことです。私たちは、あなたとは違うけれども働いてますよ。労働層です……」

「知識をひけらかして煙に巻くつもりだろうが、その手は食わん! 君らに分けるものなんてないんだ!」

 ばたん。
 蟻は巣の入り口に戸をたててしまった。

 キリギリスはそっとため息。
 蟻の不見識を嘆くこともできるが、とりあえずは食い扶持。稼ぐなら楽の音を鳴らすしかない。

 十一月、小春日和。
 まだ歌は歌える。

 蟻の戸口の前で、キリギリスは歌い出す。
 蟻がへそを曲げないように曲を選んで。

 炭坑節ならいけそうか?

 キリギリスとしてはもっと優美な曲が好みであったし得意でもあった。しかし聴衆の需要に応えるのがプロの音楽家。その矜持がキリギリスにはある。

 足で小さくリズムをとりながら、奏でる。
 きっと、蟻も気に入るはずだ!

 キリギリスはまさに、プロフェッショナルだった。

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