『ラララ』
「そんな能天気に歌って暮らすなんてできないね」
と、蟻が云った。
「君らとは違うんだよ」
云われたのはもちろん、キリギリスだ。
キリギリスは心外そうに反応した。
「あなたと私たちの、食い扶持を稼ぐ方法が違うってだけじゃないですか。それは大事なことですよ。同じすべしか持ってないなら、他人と分業できない。社会の経済がまわらない」
「難しいことはわからんが、とにかく。働かざる者食うべからずだ!」
蟻はへの字口。
「それ、使いかたが間違ってますよ」
キリギリスは穏やかに申し訳なさまでにじむ口調で訂正する。
「働かざる者、とは、資本家のことです。私たちは、あなたとは違うけれども働いてますよ。労働層です……」
「知識をひけらかして煙に巻くつもりだろうが、その手は食わん! 君らに分けるものなんてないんだ!」
ばたん。
蟻は巣の入り口に戸をたててしまった。
キリギリスはそっとため息。
蟻の不見識を嘆くこともできるが、とりあえずは食い扶持。稼ぐなら楽の音を鳴らすしかない。
十一月、小春日和。
まだ歌は歌える。
蟻の戸口の前で、キリギリスは歌い出す。
蟻がへそを曲げないように曲を選んで。
炭坑節ならいけそうか?
キリギリスとしてはもっと優美な曲が好みであったし得意でもあった。しかし聴衆の需要に応えるのがプロの音楽家。その矜持がキリギリスにはある。
足で小さくリズムをとりながら、奏でる。
きっと、蟻も気に入るはずだ!
キリギリスはまさに、プロフェッショナルだった。
3/7/2025, 12:08:16 PM