※何か…プラトニックですが百合気味です。すみません…。
『やさしい嘘』
「嘘に、正しいとか優しいとか、あると思う?」
ロゼから不意に投げかけられた問い。
なかなかの難問だ。
「どうだろうね」
リリは首を傾げる。
「まあ……あるかも?」
それはロゼの望んだ答ではなかったのだろう。ロゼはわずかに口を尖らせた。
「どんな?」
「んー」
急にふられた問いだ。ぱぱっとシチュエーションが思いつかない。思考をフル回転させて、
「んんー……」
思いつかない。
「そうだなぁ、『太ったかも!』って云われて『そんなことないよー』とかそういうの? なら、優しい嘘かも?」
無理やり捻りだした。それもロゼのお気に召さない。
「それ、優しいかなぁ?」
「思いつかないよ、急に云われても……」
リリは困ったように首を振った。
「つまり、普通にはないってことだよね!」
「んー、んんー、そう決めつけるのもどうかなぁ……」
云いながらロゼの表情に気がついた。
「うん、まぁ、でも、そうかもね。ないのかも?」
得たりとロゼは笑った。
ロゼにはやっぱり笑顔が似合う。
大事なお友達。笑顔でいてほしい。
そんなロゼの笑みにリリもつられたように笑みをこぼした。
◆◆◆◆◆
正しい嘘。優しい嘘。
ほんとは、あると思っている。
そんな嘘をリリはいくらでもついている。
ロゼは大切な友達。それはそう。だけど、それ以上に自分はロゼを想っている。
だけど潔癖なロゼを困らせたくないから。
そう、きっとそれは隠さなきゃならない恋だから。
いつもついている、常習性の優しい嘘。
※すみません。若干BLです。というかBLです。
《天秤》と《災厄》が友人関係にある魔術師同士で、『彼』と本文中呼ばれているのは《災厄》のお手つきの子で《天秤》は彼に横恋慕しています(《災厄》はそれを承知しています)。
『瞳をとじて』
「眼をとじて」
僕の囁きに彼は疑いもなく従った。
朱色味の強い金のまつ毛がうすく影を落とす。
口づけるのは簡単だろう。――少なくとも、可能性、或いは条件としてなら。
彼は僕を信じきっている。
顔と顔の距離も存分に近い。
このまま、唇を重ねてもたぶん彼は赦してくれるだろう。戸惑うように、困ったように、僕を見て、それでもきっと糾弾しない。
その代わり、次からは彼は僕のこともまた警戒してしまうだろう……。
一時の欲望の達成と彼の信頼なら、選ぶものは決まっている。悩むまでもない。
仕方ない。
己れの怯懦にわずかな笑みがこみあげたが。
懐から出したものを彼の手に乗せた。
「眼をあけていいよ」
従順に彼は眼をあけると渡された一冊の書を見る。
「これは……」
「欲しがっていただろう? たまたま見かけたから」
もちろん嘘だ。近辺の書市では売り切れている。この一冊を手に入れるためにどれだけ街を巡ったか。
恩を着せるのは容易いが、それは本意ではない。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに礼をいうその笑顔が何よりの報酬だった。
◆◆◆◆◆
と、いう顛末を見ていたのは、彼の主。
僕と同種の、つまりは魔術師である《災厄》だ。
「いやまぁ、何ていうか……清らかだな?」
「そうだね。たぶんね」
僕は悪びれず認めた。仕方ない、彼の信頼は何より尊い。僕の心のなかが如何に慾に塗れていようと。
《災厄》は何かを言いたそうにしている。言いたいことはわかっていた。だいたい、僕が全然清廉でないことはこの悪友なら知りすぎている。
「《天秤》、いいから手を出しちまえよ……さすがに」
「できないよ。君の二の舞はごめんだ」
《災厄》はばつが悪そうに一瞬天井を仰いだ。
「……少し、飲んでくか?」
露骨な話題の穂先そらしだったが、そこに若干は慰めが含まれていた。
「そうだね……少しいただこうかな」
彼に僕の罪や慾は見せたくない。決して。
だから彼に眼を閉ざすようにいうけれど。
本当に眼を閉ざしたいのは、たぶん僕自身だ。
「あんまり無理すんなよ」
《災厄》はグラスに琥珀の酒をついで差し出す。
「ありがとう……」
友とふたりで軽く乾杯を、した。
『あなたへの贈り物』
あなたに本を贈った。わたしの好きな、あなたもきっと好きになる、エンデの『果てしない物語』。もちろんハードカバー。あの物語にかけられた魔法はハードカバーでなきゃ。
あなたにお茶を贈る。みずみずしいダージリンのファーストフラッシュ。白一色のカップも一緒に。透かし彫りのちいさな花模様に透明釉薬がかけられている。お茶の色が光と混ざる、そんなカップ。
あなたとプラネタリウムに行く。街の夜空では見えない、望むべくもない満天の星空。あなたの星座が掲げられた天に流れ星が流れる。プログラムでしかない、そうかもしれない。だけどきっと、私たちが生まれてくるずっと前の地球が知っていた宇宙。
あなたに花束を、タロットカードも。誕生石にミュシャのポストカード。明るい色のシュシュ。ブルーブラックの万年筆…。
あなたに贈る、私の企みをあなたは知らない。
受け取るあなたが感謝とともに微笑む。
その微笑みが私への贈り物なんだよ。
『羅針盤』
陽のあたる出窓であなたは午睡する。
太陽は東から昇り、ゆるゆると南天低きを巡って西に沈むだろう。冬のやわらかな陽射しが白い毛並を撫でる。
私もあなたを撫でようかと、ソファから立ちあがって近づいた。
気配に聡いあなたが眼をうすくあけて、また閉じる。
その、それだけの仕種に、得がたい信頼があった。
毛並にふれた。
猫の体温が私の指を舐めた。
尻尾が、ぱた、と出窓の縁をはたいた。
そして私の手を撫でかえすように絡んでくる。
ちいさなこの生きものの、この親しさ。許容。信頼。
尻尾がまた振られる。
この白く長い尻尾は、間違いなく、猫を慈しむという感情へ私を導いた。
猫を、ちいさな生きものたちを、ほかの生命を、そしてきっとひとをも。
慈しむ。
愛おしむ。
そんな優しい世界へ私を導く羅針盤。
『明日に向かって歩く、でも』
自信がなくて、他人もあまり信じられない。
疑いたいわけじゃない。
でも将来なんて見透せない。「可能性」は嫌いな言葉。
前向きな言葉を使おうとか、言霊を大事にとか、どうして信じられるんだろう? 言葉だけ繕ったところで現実が変わるわけ、ないじゃない。
ずっと、そう思って。
あの子が友達かどうか私は知らない。
おしゃべりに費やした時間で決まるならあの子は友達。親友クラス。
でも、例えば弱みを見せられるかとか、信じているかとか、そんな物差しではかるなら全然友達じゃない。
そんな、あの子が言った。
「ゆいちゃんはなかなかの後ろ向き人生だねぇ」
ゆいちゃん、とは私のことだ。
信じてた子に秘密を話して、敢えなく翌日にはそれをクラスにばらまかれてた、そんな昔の話をしたときに。
ああ、この子は私のあの痛みを、恥ずかしさを、愕然と心が凍ったあの温度を、わからないんだ。
少し信じかけていた私が、やっぱり甘かった。
私は顔に笑顔を貼りつけた。
でも、私が何か云う前にこの子はにこりと笑った。
「でも、後ろ向きでいいと思うよ。厭なこと、あるよね。そんな厭なことだって、なかったことにならないもんね。だからさ、過去ばっかり振り返っててもいいと思う。過去に向いてるときに、後ろ向きに歩けば、未来に向かうってことだしね!」
……何を、云ってるんだろ、この子。
「過去向いて後ろ向き?」
「そう、マイナスに向かってマイナスに進めば、プラスだよー」
中学生の数学か。
ツッコミを入れるタイミングも逃していた、私は。
「ゆっくりいこ! おつきあいしますよ!」
そんな私をよそに、この子はおどけた様子でにこにこ笑う。
おしゃべりに費やした時間は親友級。
弱みを見せられるかなら。
いま、この子に私は弱みを見せられるか…なら。
「後ろ向きに後ろ向きで前向きね…」
弱みはまだ明かせない。だけどいつかこの子に明かせるなら。
それはなかなか厭ではない予想図。
まだ明日に向かって歩けなくても。
でも、いつか来る日をちょっとだけ。
期待して、みた。