※すみません。若干BLです。というかBLです。
《天秤》と《災厄》が友人関係にある魔術師同士で、『彼』と本文中呼ばれているのは《災厄》のお手つきの子で《天秤》は彼に横恋慕しています(《災厄》はそれを承知しています)。
『瞳をとじて』
「眼をとじて」
僕の囁きに彼は疑いもなく従った。
朱色味の強い金のまつ毛がうすく影を落とす。
口づけるのは簡単だろう。――少なくとも、可能性、或いは条件としてなら。
彼は僕を信じきっている。
顔と顔の距離も存分に近い。
このまま、唇を重ねてもたぶん彼は赦してくれるだろう。戸惑うように、困ったように、僕を見て、それでもきっと糾弾しない。
その代わり、次からは彼は僕のこともまた警戒してしまうだろう……。
一時の欲望の達成と彼の信頼なら、選ぶものは決まっている。悩むまでもない。
仕方ない。
己れの怯懦にわずかな笑みがこみあげたが。
懐から出したものを彼の手に乗せた。
「眼をあけていいよ」
従順に彼は眼をあけると渡された一冊の書を見る。
「これは……」
「欲しがっていただろう? たまたま見かけたから」
もちろん嘘だ。近辺の書市では売り切れている。この一冊を手に入れるためにどれだけ街を巡ったか。
恩を着せるのは容易いが、それは本意ではない。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに礼をいうその笑顔が何よりの報酬だった。
◆◆◆◆◆
と、いう顛末を見ていたのは、彼の主。
僕と同種の、つまりは魔術師である《災厄》だ。
「いやまぁ、何ていうか……清らかだな?」
「そうだね。たぶんね」
僕は悪びれず認めた。仕方ない、彼の信頼は何より尊い。僕の心のなかが如何に慾に塗れていようと。
《災厄》は何かを言いたそうにしている。言いたいことはわかっていた。だいたい、僕が全然清廉でないことはこの悪友なら知りすぎている。
「《天秤》、いいから手を出しちまえよ……さすがに」
「できないよ。君の二の舞はごめんだ」
《災厄》はばつが悪そうに一瞬天井を仰いだ。
「……少し、飲んでくか?」
露骨な話題の穂先そらしだったが、そこに若干は慰めが含まれていた。
「そうだね……少しいただこうかな」
彼に僕の罪や慾は見せたくない。決して。
だから彼に眼を閉ざすようにいうけれど。
本当に眼を閉ざしたいのは、たぶん僕自身だ。
「あんまり無理すんなよ」
《災厄》はグラスに琥珀の酒をついで差し出す。
「ありがとう……」
友とふたりで軽く乾杯を、した。
1/23/2025, 11:05:08 AM