少女N

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4/15/2024, 11:16:16 PM




『届かぬ思い』

4/14/2024, 12:32:08 PM


昔、神様とやらに手紙を書いたことがある。
あの頃の私は、神様を信じていた。
誰かに、私の願いを聞いて欲しかったのだ。

両親は早くに死に、私を引き取ってくれた祖父母も1年と経たずに死んだ。
それから、親戚にたらい回しにされ、結局最後は児童養護施設に入った。
施設の人はいい人ばかりだった。
先生は優しくて、友達も出来た。
でも、家族ほど心の許せる人はいなかった。

所詮、彼らは血の繋がってない他人だから。

そんな時だ。
"神様"という存在を知ったのは。

神様は、私たちのお願いを叶えてくれる。
神様は、私たちをいつも遠くから見守ってくれている。

そんな甘い話を信じて、私は神様に手紙を書いた。
神様は、私の声が聞こえるほど、近くにいる訳では無いから、手紙を書くのがいいのだと、仲のいい男の子が教えてくれた。

馬鹿な私は、覚えたての字で一生懸命に願いを綴った。

『かみさまへ
いつもみてくれてありがとうござきます。
おねがいがあって、おてがみかきました。
わたしははやくかぞくがほしいです。
いいこになるので、おねがいします。』

そうして書いてから、枕元に大事に置いて、神様が手紙を読んでくれるのをじっと待った。

待っていたのに。

神様は、そのお手紙を見てくれることはなかったようだ。

いつの間にか、手紙がなくなっていた時には、神様がもっていってくれたと喜んだものだが、その手紙がなくなってからも私のお願いが聞き入れられることは無かった。
ただ単に、私が手紙を失くしてしまっただけなだったのだろう。

現に私は、その施設を出て、寂しい社会人生活を送っている。
新人社員として忙しくしている時に、ふと、これを思い出して、「神様なんて結局いないのか」と絶望した。

神様がこの手紙を見てくれたなら、きっと、里親が私を引き取ってくれたはずだ。
もしくは、奇跡ってやつで、両親か祖父母を生き返らせてくれてもいいじゃないか。
それがなかったということは、神様は手紙を見てくれていない、『神様なんていない』ということで。

私はその頃から、神を信じなくなった。

毎日毎日、仕事に追われ、誰もいない家に帰り、1人寂しく眠る日々。
悲しくて悲しくて、神を恨みそうにもなったけど、恨むということは、『神様がいる』と信じてるみたいだったから。

あんなやつ、思い出してもやらない。

そう決意してからは、恨もうともしなくなった。



そんな日々を過ごしていたある日、急に後ろから腕を引かれた。
振り返ると、同い年くらいの、スーツ姿の男性が私の腕を掴んでいた。

「あの...」

私は困惑して、何が何だか分からなくて、目の前の男性に声をかけた。
男性は、一度深呼吸をし、こちらを見据えて口を開いた。

「あの頃のお願い、僕に叶えさせてはくれませんか。」

そう言葉を放った真剣な彼の表情を見て、あの頃の思い出が蘇った。
神様を教えてくれた男の子。
彼は、その子によく似ている。

「もしかして」

私は確認するように、彼の名前を呟いた。
彼はそれを聞いて、顔を明るくさせ、大きく頷いた。

「本当は、あの頃から僕に願って欲しかったけど。君はきっと、僕にお願いなんてしてくれなかったから。」

あの頃の私は、自分の意見をひとつも口にしない、そんな人間だった。

「だから、神様になら、お願いしてくれるかなと思って。」

神様には、手紙を書くといいなんて、教えたんだ。

彼はそう言って俯いた。

「勝手に手紙をもっていってごめん。でも、君の願いを叶えたくて、そのために色々頑張ったんだ。」

彼は一度、こちらを見た。

「僕を、君の家族にしてください。」

私は物心が着いてから初めて、"家族"に抱きついた。
家族の腕に包まれて、安心して、勝手に涙が溢れた。

彼のポケットからカサリと何かが落ちる。
あの頃の手紙だ。
『神様へ』なんて。

手紙なんて必要なかった。

ずっと近くに、神様はいたのだから。



『神様へ』

4/13/2024, 1:27:46 AM

母は私が物心つく前に亡くなった。
父は私が小学生になる前にいなくなった。
祖父母はよく分からない。

そうして私は鬼がいる地獄で暮らすことになった。
鬼たちは、私の靴を食べてしまったり、大きな手で襲いかかってきたりした。
痛くて怖くて、布団にくるまって逃げようとしたけれど、逃げた先も結局地獄で。

つまり、この世界はどこまでも地獄だった。

ある日、小さな地図を手に入れた。
それには、この世界からの逃げ道が書かれていた。
私は初めて希望を知った。
それを胸に裸足で外に出た。
地図を見ながら、一生懸命脚を動かした。

やっとの事でついたそこは、絶景だった。
私が生きた地獄が小さく見える。
あんなちっぽけな世界で生きていたのだと思い知らされた。

「ちっちゃいでしょ」

あの地獄。

いつの間にか、隣にいた天使のように透明な少女は、小さな口から言葉を紡いだ。
私は、前だけを見ていたけれど、なぜか少女の様子がなんとなく分かった。

「うん、小さい」

呆れるくらいに。

こんな小さな世界だけ見て、私は全てに絶望していたのか。
でも、こんな小さな世界だけれど、私のすべてだったから、

「でも、辛い」

少女の方を振り向く。
私の心の声を代弁した手足が細い少女は、小さな地獄を見つめていた。

「この広い世界から逃げ出したくなるほどに」

少女は、やっとこちらを見た。
彼女の顔には表情がなかった。
可愛らしい少女には似合わない、頬にある大きな傷が目についた。

「でもだめ」

ふわりと笑った少女は、今まで見た何よりも綺麗だった。
いや、今まで見た、1番綺麗だったものと同じくらい綺麗だった。
覚えていない、覚えていないけど、私はこの笑顔を見たことがある。

両親のいない私は、児童養護施設に入れられた。
その施設の先生も子どもも、同じ人間とは思えない酷いやつらだった。
子どもたちは、私の靴を隠して、先生たちは、私を叩いた。
痛くて怖くて、布団にくるまって夢に逃げたこともあったけれど、夢に見るのは両親が死ぬ瞬間。
見たことなんてないくせに。

この世界は、地獄だった。

そんな地獄にその子は現れた。
私の靴を取り返して、いじめっ子達を追いかけ回した。
私を叩いた先生に、思いっきりビンタを食らわした。
彼女は私の天使だった。
そして、当たり前に、いじめる標的はその子になった。

頬にある大きな傷は、手足が細いのは、透明になりそうなぐらい白い肌は、

すべて、私を守ったから。

なんで、忘れていたんだろう。
目から涙が溢れ出た。
喉が張り付いて、声なんかひとつも出ないのに、涙ばかりが出続けた。

彼女は、私の後ろを指さした。

「お迎えがきたよ」

今度、お手紙くらいはちょうだいね。

後ろを振り向くと、微かに見覚えのある男女が私の元に駆け寄り、抱きしめてきた。
私の名前を呼んで、泣きながら必死に謝ってきた。
祖父母だ。

「ああ、やっと見つかった」

ずっと探していた。

本当に、心の底から安堵しているように、私を抱きしめるその2人は、誰からみても私を愛していた。

私は2人を抱きしめ返しながら、もう一度振り返る。
そこにあるのは、揃えられた二足の靴だけだった。
きっと彼女は天使だから、天国に帰ってしまったのだ。

お手紙、書かないとな。
天国ってどこにあるか分からないし、何個あるかも分からない。
だから、空にさえいれば届くように。
彼女のもとに私の声が届くように。



拝啓、遠くの空へ

もう少しだけ待っててね。




『遠くの空へ』

4/11/2024, 1:08:20 PM

昔から喋ることが苦手だった。
自分の考えや思いを言葉にできないのだ。
そのせいで、友達も少なかった。
少ないというか、一人しかいなかった。
そいつは、僕とは違って明るくて、友達の多いやつだった。

彼の口は驚くぐらいよくまわり、楽しくて飽きない話をみんなにしてくれた。
彼の表現力は、先生方も驚くほどだった。

そんな彼と、ある日、流星群を見に行った。
最初に誘われた時は、彼の友達もくると思っていたので断った。
彼以外と会うのは怖かった。
言葉が出なくなってしまうから。
彼の話を聞いた感動すら、言葉にできなくて、彼に伝えられないのに。

ただ、彼が「お前だけと行きたいんだ」なんて言うから。
僕が女の子だったら落ちてたぞ。なんて、出せもしない言葉が思い浮かんだ。

2人で夜に外に出て、昔から使っている秘密基地と呼んでいる所へと向かう。

秘密基地の近くには池があって、夏休みには蛍を見に来たこともあった。
その時も、もちろん彼と2人で来た。
彼は「綺麗だ」とただ一言言葉を放った。
次の日、彼は「綺麗」の一言だけでなく、もちうる全ての言葉や話術なんかを使って、その話をみんなにしていた。
僕は、何も言えなかった。

そんな少しだけ苦い思い出の場所につき、2人で草の上に座る。
空を眺めているとちょうど流星群が始まった。

それはもう、圧巻だった。

僕はいつも、言葉が実際に口から出ていかないだけで、頭の中には言葉がある。

だが、この時ばかりは、ほんとに

「 」

何も考えられなかった。考えられないほど綺麗だった。
僕は今夢を見ているのかと疑う程だった。

「言葉がでねぇわ」

隣の彼がそう呟いたのが聞こえた。
何言ってんだこいつ。「言葉でてんじゃんか。」
いつものように頭の中に言葉が浮かんだ。

彼はばっとこちらを向いた。
それはそれは素早すぎてこちらがビクッとなるほどだった。

「お前もな!!」

彼は、なんだか泣きそうな笑顔で俺の背中を強く叩いた。

「痛いわ!!」

そこで、僕は口から言葉が出たことに気づいた。
感動で頭が真っ白になったことで、『言葉を出すことを拒絶している』ということすら、僕の脳みそは考えられなくなっていたようだ。

そして、僕は言葉が出るようになったら彼に伝えたいことがあった。
これまたとないチャンスだ。

「なぁ、お前の話、いつも...」

言葉が出なくなった。
さっきまで出ていたのに。
頭の中では、彼の話に対する感想が浮かんでは消えてをおかしいくらいに繰り返している。
出ない、いや、言葉にできない。
言葉が出たことによる興奮で出ていた汗が一気に冷えた。
まだ真夏の暑さが残っているというのに指先が冷たくなった。
ああ、また僕は言葉にできないのか。
口を噤んで、彼を見つめることしか出来なかった。

そうしたら、彼は何を思ったか、今回の流星群の話を、学校のみんなにするように、彼のもちうる全ての言葉や話術を使うように、そうやって、話し始めた。

僕は、彼の話を聞き入った。
さっきの感動を言葉にしてもらえて、スッキリしたし、共感しかなくてずっと頷いていた。
さっき、「言葉が出ない」なんて言っていたくせに。
彼は、身振り手振りも加えながら、先程の流星群の素晴らしさが120%伝わるような話を終えた。

「どうだった?」

俺の話。

彼はそう言って、俺に笑いかけた。
素晴らしかった。ほんとに、お前には才能があるよ。
言葉は浮かぶのに、言葉は出なかった。
この感動を伝えられないなんて。
彼のように感動を伝えたいだけなのに。

視界が揺らぐ。
こんな些細なことなのに。

伝えられない、きっとこの先も。
俯こうとする俺の顔を、やつは、両手で掴んで無理やり上げさせた。

彼と再度目が合う。

「言葉にできないほど、俺の話は良かったか!!」

ニカリと彼らしい笑顔を浮かべながら、彼は言った。

そうなのだ。お前の話は、言葉にできないほど素晴らしいから。
だから、言葉が出なかった。
言葉ごときで表せるものではなかったから。
なんだ。じゃあ仕方ないか。
言葉が出ないのは、僕のせいじゃなくて、お前のせいなんだ。
ああ、良かった。
伝わったんだ。
僕のこの感動が。

「 」

ああ、言葉が出ない。

いや、違う。
言葉にできないのだ。







『言葉にできない』

4/11/2024, 12:26:02 PM

着慣れない制服を着て入学式に参加し、周りの人に倣うように大きく3つの文字が書かれた看板の前で親と写真を撮った後、胸に付けられた薔薇だか何だかの安っぽいブローチもどきを外した。
今年の桜はかなりの遅咲きらしく、入学式には蕾すら見えなかった。それを周りの同級生らしき人達は残念がってたが、私は何も感じなかった。
祖父母にも外食に連れていかれ、お祝いされて、やっと、「入学式っていいなぁ」と感動した。
美味しいお肉を食べて感動しない人はいないと思う。
ちなみに、中学の卒業式の日は寿司を食べた。
その時ももちろん、寿司が美味しくて感動した。

だが、その日以降、中学と変わらないような日々を過ごした。
小学から中学に進学するのと違って、今回は中学から高校への進学。
普通は去年から話してた友達がいなくなっただの、仲のいい友達が同じ学校になったはいいが、クラスが違うだのそれなりの変化があるだろう。
が、私には関係のない事だった。
小学にも中学にも親しい友達なんていなかったので。

去年よりも難しく、つまらない授業を右から左に聞き流す。
窓際の一番後ろの席が私の席だった。
あまり運がいい方では無い私がこんないい席にあたるなんて。
今年の運をそうそうに使い果たしてしまったかもしれない。
少しこの先の未来が不安になり、ふと窓の外を見た。
青空でも見て、先程湧き上がってしまった小さな不安を消し去ろうと思ったのだ。
今日は、朝から天気が良く、私が望んだ青空がそこにあった。
前の席の人は背が高い人なので、私が窓の外を眺めていようと、先生にバレることはない。
そもそも、先生がかなり高齢で、耳が遠いだの目が悪いだの、悪くいうとガタがきている先生なので、一番前の席で寝ている人にも気づくことは無い。
だから私は、遠慮なく、青と白で作られた綺麗な世界を楽しんだ。
授業中は静かでいい。
休み時間になると途端に、耳障りな雑音がそこらじゅうに溢れる。
うるさくてうるさくて、空も本も楽しめないのだ。
だから、この綺麗な青空を存分に楽しめるのは、きっと、今しかない。

「ねぇ」

というのに、今しかないというのに。

「ねぇ、隣人さん」

暇なら少しおしゃべりしない?

私の右隣に座った少女が私に話しかけているようだ。
面倒くさい。
それしか感じなかった。
だが、このまま話しかけられ続けたら、それこそあのガタが来ている先生でも気づいてしまうかもしれない。
その子は少し声が大きかった。というか、よく通る声だった。

「いま授業中だから。」

話しかけないで。
そういうように暗に伝えた。その子の顔を一瞬たりとも見ずに。

「そうだね」

その子は少し間を置いてから、そう言って、そこからは何も言ってこなかった。

流れていく雲を見ているうちに授業が終わったらしい。
周りに雑音が流れ始めた。

お楽しみタイムはここまでのようだ。

はぁ、とため息をつく。

この先生以外は、割としっかりしている先生ばかりなので、外をぼーっとみていたらおそらく怒られてしまう。

今日は、少ないチャンスタイムに邪魔が入ったせいで、いつもよりも気分が沈んでいた。
うるさい教室から離れようと窓から目線を外すと、隣人と目があった。
隣人である少女は、私と目が合うと途端に嬉しそうにはにかんだ。

「授業中におしゃべりするのはよくないよね!」

だから、今おしゃべりしよう。

私のいつもより落ちていた気分がさらに落ちた。
少し顔にも出ていたと思う。
だが、無邪気さが滲み出ている少女は、私と"おしゃべり"しようと試みているようで、キャッキャと楽しそうに笑いながら、色々な話題を出てきた。

いつもあんなにウザったく思っていた"他人の声"だったが、不思議とその少女の声には不快感を感じなかった。



次の日も、その次の日も隣人の少女は私に話しかけ続けた。
彼女は私のことを「隣人さん」と呼んだ。
そして、なぜだか分からないが、ガタが来ている先生の授業の際には必ずと言っていいほど、私をおしゃべりに誘った。
先日の「授業中に話しかけるのは良くなかった」などと反省しているような言葉は何だったのだろうか。
何度も「授業中だから」と断っているのに。
ただ、休憩時間はよく少女とおしゃべりをするようになった。
おしゃべりというか、一方的に彼女が話しかけてくるだけだが。
私は許可してないのに、あちらが勝手に"おしゃべり"をしてくるのだ。
「授業中だから」という断り文句以外が思い浮かばなかったから。あと、周りのうるさい雑音しか聞こえないよりも、少女の声があったほうがマシだと思ったから。
彼女の行動を許した理由なんて、そんなものだ。

少女が話しかけて来てから2週間たった。
彼女は、毎日のように私をおしゃべりに誘ってくる。
休憩時間におしゃべりをするのはもちろん、やはりあの先生の授業中も必ず誘ってきた。

私の貴重な癒しの時間なのだ。天気がいいと爽快な気分になるし、天気が悪くても、それはそれでこの後はどんな天気になるかな、などと想像してみたりして楽しい。
だから、何度も「授業中は無理」と断っているのに。

あの先生の授業が始まり、今日も今日とて日課の空観察を始めた。
今日は青空だったため、凄くいい気分になった。
ふとその下を見ると、いつ間にか桜が満開になっていた。
少しだけ感動した。

「彼女の笑顔は、春爛漫という言葉が似合うものだった。」

急に先生の声がはっきりと耳に入ってきた。
春を感じていた矢先に、"春爛漫"という聞き慣れない言葉が聞こえたからなのかもしれない。
先生の方を向く。
どうやら、音読をしていたようだ。

「春爛漫とは、花が咲き乱れ、美しく輝く様子のことです。」

初めて知る言葉に無感動にへぇと頭の中で言葉を呟いた。

「ねぇ、隣人さん」

少し、ほんの少しだけおしゃべりしない?

いつものように隣の少女が私に話しかけてきた。

今日は、綺麗な青空で。その下で綺麗な春を見れたから。
理由なんてそれだけだった。

「いいよ」

私は初めて、彼女のおしゃべりの誘いに肯定を返した。
私は初めて、授業中に彼女の顔を見た。
無邪気さが残る少女はきょとんとした顔をしていた。
しかし、蕾が一気に開くように、顔を綻ばせた。

ああ、春が来た。

彼女の笑顔は、春爛漫という言葉が似合うものだった。




『春爛漫』

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