あの入道雲はいつ消えてしまうのだろう。
そんな感覚で雲を見るようになったのは、最近のこと。
朝会話する母親。
散歩道で出会うおじいさん。
そして、見上げた空にあった入道雲。
全部全部、いつかはいなくなってしまうのだと思い、心がきゅうと泣く。
小さい頃から分かっていたはずだった。
昨日までお話していたひぃじいちゃんのお葬式に参加したこともあるし、仲良くしていた友達の名前を新聞で見かけたこともあった。
幼稚園児の癖に、大人ぶって読んでいた新聞で「また遊ぼう」と約束をして手を振りあった友達の名前を見つけてしまった時。
たくさんの鶴を折って、その子の写真の前に置いた時。
その頃は、「死んでしまう」ということが分からなかったから、涙も出なかったけれど。
小学生になってから、可愛がっていたハムスターが冷たくなって動かなくなったのを見て、初めて「死ぬ」ということを理解した。
理解してしまった。
「死ぬ」のは悲しいことなんだと。
それからほんの少しだけ「死」が怖くなった。
でも、その時の私は「自分もいつか死んでしまうんだ」と受け入れることができた。
「死」を実感したことなどなかったから。
途中
『入道雲』
「さいあく〜!」
隣の彼はそうやって、頭を掻きむしっていた。
大きな声で叫んだその子にみな目を向ける。
「おいおい、今日は何が"さいあく"だってんだ?」
他の子がいつものように尋ねると、彼は待ってましたといわんばかりに口を開いた。
「今回のさいあくは〜...じゃん!!体操服を忘れたこと!!」
そう自慢げに自分の最悪を発表した彼に、まわりはどっと盛り上がる。
「よっしゃ!俺の勝ちだな!」
「くそ!今回こそ消しゴム落とすと思ったのに!!」
「それ"さいあく"なのか?」
給食のプリンが賭けられた彼の____"最悪"くんの"さいあく"当てゲームで勝者がガッツポーズを決めている。
最悪くん、というのはもちろんあだ名である。
彼は入学当初からこの"さいあく"発表をしており、最初はみんな戸惑っていたが、いつのまにかこうしたゲームにまで発展していた。
最悪くんは、盛り上がっている様子をみて楽しそうに笑っている。
彼がなぜこんなことを始めたのかは分からない。
もしかすると、小学生の頃からやっていたのかもしれないが、彼は中学入学を機にこちらに引っ越してきたそうなので、それを知っている人は多分いない。
"多分"というのは、私が彼とあまり接点がないから知らないだけ、という可能性も
途中
『最悪』
『愛があればなんでもできる?』
僕は今日も愛を叫ぶ。
開けられることのない窓に向かって、体の底から声を出す。
『愛を叫ぶ。』
『今日の心模様』