夢見がちな眠り姫

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8/6/2023, 8:50:48 AM

鐘の音

毎朝9時に鳴る、教会の鐘。高く、凛とした音をこの町に響かせる。

それが当たり前の日常。鐘を鳴らす人は日替わりで、なる回数も人によって違う。あいまいな日々だ。しかし、音。それだけは変わらない。
あの音が好きだ。無表情な音だ。だからこそ、毎日同じ音なのに感じ方が変わる。凛とした、気高く、美しい音。それが、当たり前。


鳴らない。なぜ。


今日は教会の鐘が鳴らなかった。鳴ったのだが、いつもの音ではない。全く違う。痛く、無理しているような音だった。
私は行動的なタイプだ。すぐに教会に駆けつけ、司祭さんに問いかけた。
「鐘の音かい? なにか違ったね。ああ、そういえば、鐘を管理しているウィリーさんが体調を崩したらしい。あの方も、もう若くない。少々心配でね。」
鐘の管理。そんなものがあるのか。当たり前に聞いていた音は、当たり前ではなくなるのか。
ウィリーさんにとっても、当たり前だったのかもしれない。鐘の管理は。当たり前だからって、何もしなくて良いのだろうか。私は、鐘の音に感動したのではないのか。ウィリーさんに感謝しているのだろう。私は。



「ねえ、ウィリーさんの住所を聞いても?」

8/5/2023, 10:23:02 AM

つまらないことでも

頭の悪い人間ってのは、どうしてこうも自分の話ばかりしたがるんだ。武勇伝、過去の栄光、不幸自慢。つまらない話ばかり。だが、僕は笑顔で快く、それを受け入れなければならない。優等生だから。



「あなた、笑顔が下っ手くそなのね。」

「は?」

思わずドスの効いた声が出てしまったことを許して欲しい。そして笑顔が引きつったことも。初対面でこんな悪口を言う奴がいるのか。なんなんだこの女は。
「失礼ですね。もともとこういう顔なんです。」
こんな奴にも、大人な対応をしなければならない。なのにこの女は「はぁ?あなたの方が失礼でしょ。人が話しておいて、なにその張り付いた笑顔。」だと...。あんたの話がつまんないんだよ。むかつく。

「やけに不服そうな顔してるわね。そっちの方がいいわよ。面白くって。」
空いた口が塞がらない。本当になんなんだこいつは。
「あなたって、全てがつまんなくて仕方がないんでしょ。でも今のあなたは、少なくともつまんなくはないでしょ。」

ああ、そうだよ。つまんなさより、怒りの方が勝ってるからね。ああ、そっか、つまんなくないのか。
「ふふ。気づいたようね。」
つまんなくないって調子が狂う。


「まあ、つまんないこともないかな。」

8/4/2023, 8:21:16 AM

目が覚めるまでに


悪魔は今夜も仕事をする。

僕には彼女が見えるだけで、彼女には僕が見えない。だから、僕の仕事が成立する。僕、悪魔の仕事は、人間界から魂を借りること。いずれは、別の器にその魂を入れ人間界にまた返す。なのに、人間は悪魔が人を殺すと信じてばかりいる。これだか、表面しか見ない人間は嫌いなのだ。

彼女というのは、今回の僕の仕事のターゲットだ。まだ、若い。数え年で10も行かないほどに。書類を確認すると、7歳3ヶ月となっている。O型、好きな食べ物 カレー、将来の夢 看護師さん、好きな動物 ねこ。そして、恋をしている。
だから、なんだと言うのだ。ただ、魂を借りるだけ。後で返す。
今日、明け方の、4時27分、彼女の魂を拝借する。しかし、それだけが仕事ではない。残り短いその器での一時を楽しんで貰うこと。これも悪魔の仕事だ。僕は精一杯、彼女を手伝うつもりだ。

少女はもちろん寝ている。真夜中だから当たり前だ。彼女は泣いていた。寝ながら。悪夢を見ていた。その器で見る最後の夢が悪夢なんて、悪魔は少女に同情した。悪魔は仕事を達成させようと、とっさに彼女を起こそうとした。だが、起こさなかった。

「最後に見る景色が、僕なんて。悪夢の方が彼女のためなのだろう。」

悪魔は何もしなかった。


何もしなかった。ただ、彼女の目が覚めるまで、彼女を見つめていた。


「僕はクビだろうね。」

8/2/2023, 1:27:44 PM

病室

この瞬間に慣れることはないだろう。

無表情な機械の画面に映る、真っ直ぐな線。人が亡くなったことを意味する、この線。実際にこの線を見たことがある人はどれくらいだろうか。ドラマなんかでは、奇跡的に最愛の人の死の瞬間に立ち会える。立ち会うのが幸か不幸かはべつとして、そんなに運がいい人がどれほどいようか。

どんな死因であれ、人に思われながら死ぬことは、美しい死だと僕は思う。医師がこんなことを言うのは不謹慎かもしれない。しかし、美しい死というのは、それだけ難しいことなのだ。
いつ死ぬか分からない。覚悟は出来ていても、心の準備は出来ていないかも。死と、美しい死と向き合うことは、勇気がいる。そう、運以前に僕らの心の問題でもあるのかもしれない。

だが、僕らは生にも死にも向き合わなければならない。生きるのが、死ぬのが当たり前になってたまるものか。

死の瞬間だけではない。生きている瞬間もだ。その瞬間に慣れることはないだろう。慣れてはいけないんだ。