先生がいなくなった後も日々は少しずつ進み、拡張していきます。あなたがかつてあなたの物語で呟いたささやかで重大な痛みや悲しみや愛を、疑いを、愚かさを気高さを、そのまま反転する言葉で、それでも強く、あまりにも力強く、語り直す物語をイブの夜に受け取りました。その後を生きる私には痛みを伴うほどの喜びでした。耐え難い苦痛にまみれた喜びでした。あなたがいない日々が更新されていく。おぞましさと、さみしさと、喜びに手を引かれながら。
等価であるのは難しい。プレゼントの話だ。交換しようということになっている。交換の約束をしなくてもおのずとそうなるが口約束もイベントの演出である。まぁそれはいいとしてより頭を悩ませることにはなる。
こちらの気持ちがいつも大きいような気がしている。
かつ重い。温度については不明。
天秤の片側に乗せるには躊躇われるほどだ。自覚がある。等価とは。今年の冬はさらに特別だ。君と私が決定的に失われ、私たちが徹底的に傷つき、泣き腫らしたあの日から一年経ったことになるので。君がどう思っているかは知らないが、交換しようと言い出したのは君なので少なからず思うことはあるのかも知れない。香水、時計、財布あたりがくるかもしれない。私がリーディングに入れてる新作のアクセサリーの記事を横目に見ていたかもしれない。目敏いので。
「なあ、決まったか?」
そんなことを思っていたら困ったような顔をしてこちらにやってきた。
「欲しいものがあるんだけどリクエストは可か?」
台無しである。自ら台無しにするのが得意な人ではある。でもこちらは等価であることに頭を悩ませていたので君の望みを叶えられるのならそれがいい。
「ペアの…その、ペアのリング、リングじゃなくてもいいんだけども、なんかそういう揃いの」
引き続き困った顔で言っている。おそらく私も同じような顔をしているのだろう。こうして心も表情も愛もなにもかも、均しく分け合うことを、あの日の私たちが見たら笑うかもしれない。
「あまり馴染みがない。何なら、ほら、チューブ入りの調味料。柚子胡椒の。あれを先に知ったくらいだ」
「嘘つけ」
まるまるとした柚子を手に取ってしげしげと眺めている。これが噂の、などと言っている。そのくせ「桃栗3年柿8年、柚子の大馬鹿18年」といった言葉は知っているらしいのでどうにもちぐはぐだ。
「私たちが結実するまで18年」
歌うように言う。そのまろやかなさえずりを聴くと柚子湯を楽しむのもありかと思ったりもする。馬鹿と馬鹿が共にいるようになるまで18年。18年も掛かったのに、君が柚子の果実に触れたことがないと知ることもなかった。愛ならとうにこの手のなかにあるのに。
諦めてよ。諦めて。
この大空を覆えるほどの雨雲を待つ時間は私にはないの。
青く。どこまでも青く。
間違い続けて生きてきた。この大空の青に怯えるだけの人生だった。片隅なんてどこにもなかった。恥晒し、履き違えて、無様に踊り続けた。正すこともできない。正さなくても良い?間違いだらけの愛にそっと触れたのはあなただけだった。正確には、そっと触れてもらえたと私が気づけたのはあなただけだった。今までにもこうして触れられたことがあったのかもしれない、なかったのかもしれない。
怒る声が。悲しみの声が。
聴こえる。ちゃんと聴こえるから諦めて。あなたの声は私にちゃんと聴こえるから諦めて。雨が降れば、あるいは私がこの青をただしく愛せたら、そのときはまた私と恥晒しのダンスを踊ってよ。
鳴っていた、と言う。その日ベルは鳴っていて、彼らは順調に街を回り、つつがなく子どもたちにプレゼントを配り、そうっと帰った。
「聞こえなかった」
「君が望んだ」
「そうかも」
ただひとつのベルの音で良かった。私はそれで満たされてしまった。だからもうおしまい。新しいベルの音は聞こえず、子どもたちの喜ぶ声だけが耳に届く。赤い服がよく似合うあなたが私の目の前で笑い、星のかたちのキャンドルに火を灯す。