この力で、いつか君を遠ざけて、その命の助けのひとつになれば御の字だ。それ以上望みはない。最初に望んだことはすべて叶えられてしまった。ここまでの過程で望んだこともおそらくすべて叶ったとしてもいいだろう。私によって。あるいは君によって。
「うるさいな、うるさい。聞きたくない」
君の一歩は大きいから、そして力強いから、私の望みをことごとく無碍にして踏み荒らしていく。意見の合わなさが、相反が、お互いの存在を浮き彫りにして、どうにかここまで見失わずに済んだ。だからこそ叶えられた願いによって私が構成されていると君は知らない。愛してるよ。万物すべての質量に勝るほど、深く、大きく。君はそんなもの愛じゃない認めないと唇を噛んで私を抱きしめるけど。
涙も乾いてしばらく経つ。雨は地に降りることを拒絶している。水は尽きている。生きとし生けるものはすべてみな水が必要、それは昔話になった。いずれ夢現のお話になる。かみさまは第二の創世記をお始めになり、その終日に「泣かないで」と仰せになったので、あらゆるものは泣くのをやめた。空も大地も赤子も老人も泣くのをやめた。悲しみも喜びも怒りも行き場をなくした。渇望、ということばを私は本で読み、辞書で引いて、時折呟くなり書いてみるなりしている。さんずい、日の匂い、亡、月の王。かつぼう。かわき。泣くとはどんなものかしら。泣くとはどんなものかしら?
咳が止まらない。季節の変わり目は、冬のはじまりは毎年こうだ。子どもの頃は、大人になれば喘息は治るからね、と言われた。そんなことはなかった。ぽつりぽつりと降る雪のように積もってしまった言葉のうちのひとつだ。恨みに分類してもいいようなものだ。大人の無責な願いと祈りと愛を間に受ける子どもだった。素朴な。なあ、治らなかったよ。おまえは治らないよ。今年は特にひどく、加湿器を常時回しながらネブライザーを日に四度回している。薬剤を超音波で細かく霧状に放出して吸引させる医療機器だ。霧が、煙が、この不具の肉体を包んで、薬剤の反作用で心臓は早鐘を打ち、わずらわしい睡眠欲を諌める。子どもの頃、深夜の救急センターで隣り合ったあの喘息の子どもは今頃どうしているだろうか。元気に大人をやれている?それとも煙につつまれながら、何のものとも知れずにくだらない恨みを分類してる?
そんなことを望まれても困る。舞台はもう終わりの終わり。残すところ君のセリフただひとつ。ひるがえる身体が、浴びるライトが、つくりだされる陰影が、響き出す音色が、固唾を呑む観客が、少しばかり冷たいホールが、君のおわりの合図を望んでいる。夢はここでおしまい。君は私に視線を寄越す。刺すような視線を。針でもナイフでもなくただ君という存在が私を刺す。残念、終わらなければ。私の可愛い人。今宵の物語は過去最高の出来だよ。天上の神、地上の人間、あるいは悪魔と呼ばれる者たちが、立ち上がり拍手をする準備すら忘れるほどに。さあ、その手に握ったトカレフに込めた弾丸で私を撃ち抜いてくれ。私だけが君のセリフを聞く前にこの舞台から立ち去れる。だから私だけが君を永遠に終わらせることがない。悪いね、私の可愛い人。
簡単な話をする。君が私に触れる、私は拒絶しない。以上。これっぽっちの愛の話。泣かないでよ。涙を拭いてもいい?私は君に愛されるに足る?この体で君を抱きしめることは可能?