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10/14/2024, 1:01:33 PM

渾身の一作だった。
私の画家人生を二年費やした、会心の出来。
それは、部屋の天井まである縦長の和紙に描いた、黒々した竜の絵だ。
墨汁を染み込ませた筆で一本一本線を描く。
時には手のひらの大きさあるハケで大胆に。
時には糸のような細さの筆で繊細に。
墨の濃淡で色をつけた竜は、雲ひとつない快晴の日に完成まであと一歩まで漕ぎつけた。
あとは目を描き入れるのみ。

私は大きく深呼吸してから、そっと墨汁に筆を浸し、十分に染み込ませてから、竜の目を黒く塗った。
その時だった。
竜が和紙の中でうごめきだしたのだ。
「あっ」と口に出した次の瞬間には、開け放っている窓から竜が逃げ出していた。
あまりの速さに突風を起こしてめちゃくちゃになった部屋の中から、私は青空へと昇る竜を見ていた。
私の作品を、見ていた。

昇れ、竜よ。
高く、高く。

10/12/2024, 1:47:25 PM

誰もいない学校が好きだ。
いや、正確に言うと教師はいるのだが。それはともかくあの静まり返った雰囲気が好きなのだ。
電気が消えた空っぽの教室を眺めると、世界で僕しかいないような気になれる。

靴の音だけが響く体育館
雫がポタポタと落ちている水道
薬品のにおいが充満する理科室
青空がどこまでも広がる屋上

どこもまるで、日中とは別ものみたいに思えて、僕はいつも新鮮な気分で学校を歩き回ったものだ。


ただ、今日ばかりはわけが違っていた。
僕が一番好きな場所である屋上に、先客がいたのだ。
長い黒髪をたなびかせ、彼女は僕に言った。
「私、あなたのことがずっと気になってたの」
それが、後にとんでもない事件を起こすことになる辻本明美との、ファーストコンタクトだった。

10/11/2024, 12:28:14 PM

私が毎晩楽しみにしていることがある。
それは真夜中の映画鑑賞だ。
特に雨がしとしと降っている夜なんか最高。
閉め切ったカーテンをスクリーン代わりに、洋画や邦画なんかを映す。ココアとクッキーを手元に用意して、エンドロールと共に眠りに落ちる。
それが金曜日の夜の楽しみになってしまった。

さぁ今晩も、カーテンを閉めようか。

10/11/2024, 8:54:25 AM

「ど、どうして泣いてるんです?」
と言われて、初めて私が泣いていることに気がついた。拭おうとしても、次の瞬間また溢れてくる。
「先輩!?」
「大丈夫ですか!?」
「誰かに何かされたんだったら私が…!」
多種多様の反応する私の後輩たち。ゆっくりと背中をさする手があたたかい。
私はやっとのことで口を開いた。
「違うの、悲しいんじゃなくて、嬉しいの」
さっきのざわめきから一転、静かになると同時に、8つの目が私に集まる。
「私、幸せだわ。皆のような後輩がいてくれて」
途端、先ほどのざわめきが帰ってきた。ただし、今度は歓声と悲鳴と泣き声で。「本当ですか!?」「先輩〜!」「私も幸せです!!」中には抱きついてくる後輩もいて、私はもみくちゃにされてしまった。
皆んながこんなに喜んでくれるのなら、たまには泣いてみるのも悪くないかもしれない。
でも、幸せを感じるごとに泣いてちゃ、涙がいくらあっても足りないな。

9/23/2024, 2:30:17 AM

昔、ここらで大きな戦争があった。国の勝利のため、村の女子供まで戦場に駆り出され、あえなく殺されていったのだ。後にその魂を供養するため、村の跡地には大量の墓石が建てられたという。
「でも、今になってはそれすらも無くなってしまったわけだけどね」
「どうして?」
眉を寄せた娘は父親に尋ねた。
2人は荒野となった村の跡地に立っている。
「噂によれば、何者かが持っていってしまったらしいよ。理由は分からないけどね」
「ふーん」
娘は平坦な返事をした後、静かに目を瞑った。黙祷しているのだろうかと、父親が娘の顔を覗き込もうとしたその瞬間、
「あ」
ふいに娘が目を開いた。
父親はあわててのけぞり「どうしたの」と尋ねる。
「聞こえた。声が聞こえたの」
「声?」
「生きてたんだね、本当に」
それだけ言うと娘は歩いて行ってしまう。
何が何だか分からず、首をかしげながらその後をついていく父親の背を、太陽は優しく照らしていた。

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