毒毒しいネオンの看板、人工灯、店から漏れる光。
夜の都会は昼間のように明るい。
喧騒にまみれて眩しい街をブラブラ歩いていると、
ふわり。
視界の端に翼が見えた。
真っ白な翼。排気ガスでネオンが歪むこの街にはあまりにも似つかないほどの純白。
思わず視線が追いかけるも、もうその姿は無かった。
どうやら昔、この近くで飛び降りがあったらしい。
飛び降りたのは女子高生で、白いワンピースを着て宙を舞ったと目撃証言が入っている。
あれは天使になりきれなかった女子高生だったのかもしれない、と今更ながら思う。
飛べない翼を生やして、自分が死んだ街から離れられずにいるのだ。
空に佇む月に手を伸ばすように。
あなたの隣に立てるよう努力をしてきた。
メイクを練習して、流行りの服を買って、常に流行の最前線にいられるように。
けれどあなたはこちらを見なかった。
周囲がいくら「お似合い」だと言っても、
あなたに振り向いてもらわなきゃ意味は無い。
結局私が手を伸ばしていた月は、湖に浮かぶ幻だったようだ。取ったと思っても、手から溢れていく。
あぁ、なんて、意味の無い。
暗がりの中で、彼女は笑った。
こちらを嘲笑うかのような薄笑い。
喪服のような格好をしているせいで、白い肌が闇に浮いて見える。まるで幽霊のようだ。
しばらく向かい合っていたが、やがて彼女はくるりと身を翻した。
そのまま、闇に溶けて見えなくなった。
目が覚めて最初にうつったのは、自宅の天井だった。
午前7時、青い空、すずめの声。いつもの朝だが、雨に打たれた後のように全身が汗でびしょ濡れである。
アレは何だったのだろう。
しかし、訳もわからぬ不安は、お袋の「朝ごはんよ」の声に掻き消された。
登校中、車道を挟んだ向こう側に、黒い影を見た。
ヒュッと喉が鳴る。
ドッと汗が吹き出す。
青ざめるとはまさにこの事だ。
見間違いでなければ、夢の中の彼女ではないか。
俺は思わず、彼女の方へと歩みを寄せる。
突然、横から耳をつんざくような音が響く。
次の瞬間には体が宙を舞っていた。
最期に見た彼女は夢の中と同じように、
こちらを嘲笑うような薄笑いを浮かべていた。
部長がいる部室からは、いつも紅茶の香りがする。
別に部員が紅茶が好きというわけでもなく、かと言って部長が特別紅茶が好きというわけでもなく。
毎週茶葉を変えて、時にはクッキーも買い込んで。
部長は今日も、私たちの部室を英国貴族のティータイムの場に仕上げている。
部長の
「ご機嫌いかが?」
なんて調子に
「どういたしまして」
と返してみたりする。
そうしてそのまま部活が終わるまで、ずっとお嬢様言葉だったり。
しかしそんな日がいつまでも続くわけもない。
それは部長が卒業する日。
もう部長が淹れた紅茶を飲むことはないだろう。
そこで、私たち後輩はそれぞれで紅茶を買い込んで、呼び出した部長を出迎えた。
部長より先に部室に入ったのは、最初で最後だ。
部長は目を丸くしてから、少し笑って、何か言おうと目を泳がせてからギュッと口をつむんで。
そして、柔和な笑みと一緒に、言った。
「ご機嫌いかが?」
「どういたしまして」
みんな涙声だったのは、内緒だ。
私の友達、ハルカはとても器用だった。
私が幼い頃からやっているピアノ。
ハルカはたった2ヶ月の練習で銀賞をとった。
私が2ヶ月もかけて完成させた絵の課題。
ハルカは徹夜で仕上げ、賞をとった。
ハルカはいつも私の一歩先にいた。
そして、私の手を引っ張ってくれた。
ピアノは、ハルカが練習に付き合ってくれて、過去一優秀な成績を残す事ができた。
絵の課題は、ハルカが必死に先生に推薦してくれて、私も小さな賞をもらう事ができた。
けど、今日だけは違った。
横断歩道を渡っている時、ハルカは突然私を後ろに突き飛ばした。
そして、ハルカの体は次の瞬間宙に舞った。
耳鳴りが残るような車の音と一緒に。
ハルカは、
ハルカは、どうして最後だけ、私を突き放していってしまったのだろう。
もっと早く言えばよかった。
「行かないで。いかないで」