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9/14/2024, 2:11:09 PM

『先輩へ

突然こんなお手紙を出してごめんなさい。
驚かれたでしょうか?

本日、Ω班への異動が決定しました。
遂に作戦の最前線へ出ることとなったのです。
私は今までずっと、後方支援に徹していました。
物資を運んだり、負傷者の手当てをしたりといったことです。
銃を持って戦ったことなんてありません。
偉い方は私に「お国のために死ね」と言いました。
「何も出来ぬ者は、爆弾を全身に巻き付けて特攻しろ」と言いました。
私はまだ、死にたくありません。
死にたくありません。
何度も逃げることを考えました。
ごめんなさい。
でも、そんな時に先輩の顔が浮かんだのです。

一緒に生きて帰ろう
青い海を見に行こう
緑の草原でピクニックをしよう

笑顔でそう言う先輩が、いつかの未来について話てくれた先輩が、私の背中を押してくれたのです。
ありがとう。
私はもう迷いません。

私は戦います。
あなたのために戦います。
国のために死ぬ気など毛頭ありません。
あなたのために。
あなたの未来のために。
私の命が燃え尽きるまで。
なので、先輩、生きてくださいね

名もなき一般兵より』


全てが終わった夜、微かな蝋燭の灯りで、黄ばんだ手紙を何度も読み返していた。だんだん文字が歪んで読めなくなり、気がつけば涙が手紙を濡らしていた。

何も分かっていないじゃないか。
あなたが生きていなければ、私の幸せな未来なんて永遠に訪れるはずがないのに。

9/5/2024, 3:13:27 AM

私はよく思い出す。

カーテンを閉め切って、電気を消した部屋の中、あなたと2人でいたこと。
完璧に暗くしたつもりでも、日の光がじんわりとカーテンから漏れてしまっていたから、あなたの顔が濃い陰影をつけてじんわりと浮き上がっていた。
あなたは口角を上げて、私に尋ねた。
「いる?」
私は答える代わりに、あなたの頬に両手を添える。
その時、あなたの目がきらめいた。
黒い窪みの中でビー玉が光を反射したみたいに。
あまりに一瞬だったから、私はもう一度よく見ようとあなたの目に顔を近づけた。
「近いよ」
あなたがケラケラ笑う。
私が何も言わないうちに、あなたは軽い音と共にカーテンを開け放った。
光の眩しさに、思わず目を細めた。

今思うとあなたのあの一連の行動は、目のきらめきをごまかすためではなかったか。
あのきらめきはなんだったのか。
何でもない時に、わけもなく考えてしまうのだ。

8/21/2024, 5:16:44 AM

仲のいい友達と別れる時の「さよなら」は悲しくない。またいつか会えることが分かっているから。

今日もいつものように別れるだろうと思っていた。
ジリジリとした太陽の下で待ち合わせをして、涼しいカフェでお茶をして、そして映画を見た。
なんの変哲もない幸せな日だったから。
けれど、違っていた。
「じゃあね、さよなら」
「さよなら」の前に「じゃあね」が加わっただけなのに、僕は闇雲に嫌な予感がしたのだ。
「またね、さよなら」
だから僕は念押しするかのように、「またね」を「さよなら」の前に加えた。
明日また会えるよね、と。
彼女は何も言わなかった。赤い夕日の中に消えていく彼女の背中は、今にも飲み込まれそうな黒色だった。

7/6/2024, 12:37:10 PM

ある日ふと、中学校の友達を思い出した。
顔ではなく、いつも私の前を歩いていた彼女の後ろ姿だ。ショートボブに、白い制服がよく似合っていた。

春に引っ越してきたと思ったら、7月に入ると同時に、何も言わずに引っ越してしまったのだ。
先生は「お家の都合で」としか言わなかったけど、本当にそうなのかはよく分からないままだ。
『心中を図った』
『夜逃げした』
『裏の組織に消された』
露骨な噂はたくさん立ったけど、時間がたつと霧のように消えていった。みんな、友達を忘れたみたいに。
…あれ?
友達の名前…なんだっけ?
いくら考えても思い出せない。
好きな食べ物も、テレビ番組も、家族のことも、全て覚えているのに。その顔と名前だけが、穴でも開いてしまったかのように空っぽだった。
ふと電話帳を開く。ペラペラとページをめくると、いくつかの番号に赤線が引いてあった。
私はその中のひとつに電話をかける。
『おかけになった電話番号は…』
無機質なアナウンスが繰り返されるのみだった。
適当に選んだ番号なのだから当たり前だった。それに当たったとしても、彼女は引っ越したのだから。

私はそれから、毎日電話をかけた。
赤線は無数にあったけれど、ひとつひとつにかけた。
もしかしたら、昔の私が友達の電話番号を聞いていたかもしれない。それでこうやって、書き込んだかもしれない。そんな期待を抱きながら。
経過は、例のアナウンスが大半で、無言電話とたまに誰かが出る事が半分半分。こんなものだろう。
かけている途中で考えた。
もし友達にかかったとして、どうしたいのだろう。
私は何がしたいのだろう。
悪口を庇えなかった事を謝りたい?
中学時代の思い出を語りたい?
なぜ何も言わずに消えたのか、問い詰めたい?
そんな大層なことじゃない気がする。

私はただ、3ヶ月弱だけ友達だった、彼女の名前が聞きたかった。

6/30/2024, 12:14:13 PM

「私には、赤い糸が見えるんだよ」
始めは嘘かと思った友人の言葉だ。

しかし、友人の『恋予報』は嘘ほど当たった。
「隣のクラスのB子とC郎は両片思いだから、付き合うのは時間の問題かな」
「A奈、二股してるね」
「D介とE美はお互いちょっと冷めてきてる。もうすぐ別れそう」
ここまでくると、信じざるをえないじゃないか。

そんなある日のことだった。
私の薬指をまじまじと見ながら、友人は切り出した。
「……もしかして、恋してる?」
え?私が?
思わず私も自身の薬指を見るが、当然そこには何もない。そして、好きな人の心あたりもない。何かの間違いでは?
「……いや、見えてるから……」
「誰!!?」
思わず声が大きくなる。仕方ないだろう、無意識下の恋とか怖すぎないか。
しかしとうの友人はだんまりだ。同じ質問を重ねるも、俯いたままでいる。暑いのか、その首筋はひどく赤かった。
「今はまだ、言えない」
急に友人が切り出した。
「あなたが自覚してからね」
そう言い残すと、私が止める間もなくスタスタと歩いていってしまう。
ちょっと待て、まだ話は終わっていないぞ。
取り残された私は、思わず空を仰いだ。

そこで今日は5月の、太陽が隠れた曇り空だということに気がついた。

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