NoName

Open App
10/4/2023, 2:19:17 PM

真っ青な空の下。授業中の屋上という箱庭に、今日は僕以外の客人が訪れた。
「サボりか?」
「あなたこそ」
綺麗な長い黒髪をなびかせた客人は、僕の隣にスンと座る。真面目そうな面して僕と同類なのだろうか。
「先生が心配していたぞ。2-3橋本 尚クン?」
ギクリ。肩がはねる。
なんで僕の名前を知っているんだ。同クラスでもないし、そんなに有名人でも無いのに。
「ははは。人間関係を友好に進めるためさ。全学年のクラスと名前を覚えるくらいわけない。
そんなことより、サボりをする時は事前に誰かにいいたまえ。君の担任が心配していたぞ」
すごい事をさらりと言い流し、僕の目先に(正確に言えば僕のメガネの先だが)指を突きつける。
ほんとに何者なんだこの人。
「そういうあなたはどうしてここへ?」
「あぁ。3組にサボり魔がいると聞いてな。気になって付いてきた」
「なんですかその理由……」
「それに」
隣でひょいと彼女が立ち上がる。
「サボりも悪くないな。気分がいい!」
挙句にはふんふんと鼻歌を歌いながらそこらでくるくると回る。彼女の影がゆらめく。強い日差しで一瞬彼女が消えたように思えて、慌てて数回瞬きした。
「君が毎回屋上に来る理由が分かった気がする!」
踊りながらそう言って、彼女は笑う。
理由?理由か……ただ、僕には退屈だったんだ。閉鎖的な空間で受ける授業が。あの気だるくて生ぬるくて苦痛とも言える時間から解放されたかった。
そんな僕の漠然とした理由を言えば、彼女はまた笑うだろうか。
「何をぼーっとしているのだ?」
彼女が踊りをやめて、こちらに手を差し出す。
「一緒に踊ろうじゃあないか」
僕は別に屋上に踊りに来たわけではないが……ニヤリと笑う彼女を前に、断るのは野暮だろう。
僕は「喜んで」と恭しく頭を下げ彼女の手を取り、青空の下のステージへと上がった。

9/17/2023, 12:15:14 PM

1ヶ月に一回ほど見る夢。
真っ赤なお花が敷き詰められたお花畑に、誰かが立っている。向こうを見ていて顔は見えない。
私はいつも話しかけようとするけれど、その前に向こう側へ逃げてしまう。
毎回毎回、なんとか捕まえようとするのだけれど、やっと手首を掴んだ……というところで目が覚める。だから、一度も顔を見ることができてない。誰だか、ずっと分からないままだ。

また、この夢か。
でも今日は様子が変だ。空は今にも泣き出しそうだし、花はさざめいて、いつもの人はなぜだか、今回は逃げずに立っている。
だから、はじめてその人の顔を見ることができた。
「え」
思わず声が出た。
その人は、私と瓜二つだった。まるで双子か何かのような。
「ごめんなさい……」
さらに、その人は泣いていた。謝りながら、はらはらと涙を溢して。なんだか奇妙な気分だ。自分と同じ顔の人間が泣いているのを見るのは。
「まさか、こんなことになるなんて……」
こんなことってなんだ?
そう思ったけど声が出ない。
「そんなつもりじゃ無かったの。いけないことって分かってたのに……けど、どうしても、寂しくて……」
泣き声に嗚咽が混ざる。
「ごめんなさいっ、もう呼ばないから……連れて行こうとしないから……だから帰って、お姉ちゃん」
突然、あたりが真っ白になる。
はっと目を覚ました。
私の顔を覗き込むお母さんと目が合った。

どうやら私は急に倒れてしまったらしい。
意識と心臓の拍が不安定で、生死をさまよっていたそうだ。
私はお母さんに「私に双子がいなかったか」といった旨のことを尋ねた。
するとお母さんは驚いた顔で、
「なんで知っているの?
あなたには双子の妹がいたのよ。産まれた時に死んでしまったけれど」

……そうか。寂しかったんだな。
もっと遊びたかったんだろう。この世で、私と。
「どうして知っているか」というお母さんの問いには答えずに、私は目を閉じた。
『遊ぶだけなら、いつでも呼びなよ』
そうやって心の中で呟いて。

また、あの夢を見た。
真っ赤なお花が敷き詰められたお花畑で、妹が笑ってこちらに手を振っていた。

9/12/2023, 1:26:25 PM

私が好きな人は、女神像に恋をした。

夏の暑さから逃れるために入った教会の中にあった白い女神像。何気なく彼の目を見て、鳥肌が立った。見開いた目、釣り上がった口角。
これは…まずい。
私はすぐに彼を連れて、その教会を後にした。暑さとか気にしている場合では無かった。あのままもう少し長くあそこにいたら、もう彼が二度と戻って来てくれないような気がして。
彼はわけのわからないことをぶつぶつと呟いていた。私と別れる時も、その後も、ずっと。
「YHBH」
カタカタと笑っていた。

彼はその日からずっと教会に通っている。
回数はどんどん増えていって、私と会うことも少なくなっていく。
不安だ。
嫌な予感が胸の中で渦を巻く。
もう手遅れなのではないかと。
もう向こうの世界に行ってしまったのではないかと。

あの日から1ヶ月たったある日。
どうやら、彼が通っている教会が閉鎖するらしい。
資金不足だ…とウェブサイトには書いてある。
私はそれを見て安心してしまった。これで彼が教会に通うことはもうない、と。彼の女神像への愛を甘く見ていたのだ。

結論から言うと彼は死んだ。
死因は胸部からの出血による失血死。
場所は例の教会の、女神像の近く。
女神像を抱くようにして死んでいたらしい。
白い女神像は彼の血で真っ赤に濡れて…いや、正確には訳のわからない彼の血文字で埋め尽くされていた。
教会の関係者が言うことには、聖歌…だそうだ。

「この方はね…毎日この教会に来て、女神像に祈っていましたよ。ずっとブツブツと何かを唱えて…私には分からない言語でした。それはもう怖い様子で…
そして教会の閉鎖を聞いた時彼、狂ったように泣き喚いて。ちょっとした騒ぎになりました。取り押さえるのに数人必要で…そして今朝こんなことに…」
神父はため息をひとつついた後、呟いた。
「いつ何が、人を虜にするのか分かったものではありませんね」

9/10/2023, 11:20:20 AM

私の友達は、できない子だった。
何をするにも私を呼んで「ごめ〜ん」なんてふにゃけた声で事を押し付ける。やってあげると、うざったらしいほどの笑顔で「ありがとう!」と言う。
はじめは厄介極まりなかったが、今ではそれにちょっとした優越感を覚えていた。
私がいなきゃこの子、何にもできないんだもんな。
私がいなくなったらこの子、どうなるんだろうな。
私が断ったらこの子、どんな顔するかな。
あーあ…かわいそう。
本当に、なんて可哀想な子だろう。

「私、明日から学校来ないの」
突然だった。
彼女は家の都合で引っ越すことになったらしい。
「ごめんね。もう、一緒にいられないの」
ぼろぼろと大きな涙を流す彼女。
全然似合ってないなぁと思った。

あの子が引っ越してから、私はクラスに居場所が無かった。彼女がいない、酷く退屈な日々を過ごすこと2ヶ月。彼女から写真付きのメールが送られてきた。
『げんき?
私は楽しくやってるよ!
また遊ぼうね!』
その下に、向こうで作ったであろう友達と、満面の笑みを浮かべる彼女の写真。
はっと息が漏れる。
なんだそれ。
私じゃなくてもよかったんだ。
全身の力が抜けて、思わず机に突っ伏す。
本当に可哀想なのは私だったって事か。

その後、私はあの子からのメールを捨てた。
ひどい喪失感があった。

8/31/2023, 11:48:34 AM

『夏に死ぬ』

「夏が終わるね」
「……そうだね」
そう彼女に言われて初めて、今日が八月三十一日だということに気がついた。

こうやって太陽が出ていても、二週間前の肌が焼けるような暑さは無い。やかましい蝉はアスファルトの上に転がっている。ほんのりと爽やかな風が吹く。
「そうだね」
思わず同じ相槌が出る。
本当に、夏は終わってしまうようだった。
「嫌だなぁ」
彼女は空を仰ぐ。
「どうして?」
答えを待っているうちに、雲がゆっくりと太陽を覆う。あたりは少しだけ暗くなって、彼女はそれが悲しいのか顔を歪めた。
「私は、夏を越せないから」
夏を越す。
そんなの当たり前だと思った。
今日を超えて、明日を迎えたら九月一日だ。喚く蝉も、巨大な入道雲も、焦げたアスファルトも、風鈴も、蚊取り線香も、花火も。全てを淡い色の季節に閉じ込めて、僕たちは先へ行けるのだ、と。
彼女は残るつもりなのだろうか。そんな儚い思い出と一緒に、この季節に。
「死ぬの。この季節で」
まさか!と僕は彼女の顔を見る。
嘘をついているようには見えなかった。濁った空の色が、彼女の透明色の瞳を突き刺している。どこまでも真っ直ぐに。
「残らないんだよ。夏は」
彼女は空を見たまま呟く。
「喚く蝉は死ぬし、巨大な入道雲はバラバラになっていわし雲になるし、風鈴も、蚊取り線香も、花火も、青い袋に入れられて、もう私達の元には戻って来ないんだよ」
サンタクロースを信じ込んでいる子供に言い聞かせるように、でもそれにしては無感情な声で彼女は、
「そうやって、私も死ぬ」
こちらを見て笑った。
彼女の、あの真っ直ぐな瞳だけが全然笑っていない。ぬたりと生暖かい風が僕をなぜる。思わず腕をさする。鳥肌が立っていた。
「あなたも、死ぬ?」
彼女がこちらに手を差し伸べる。
僕はゆっくりと首を振った。
「そっか。残念」
雲が散り、再び太陽が顔を出す。
「行こう」
夏の太陽に照らされた彼女はあまりにも美しく、そして今にも消えてしまいそうな陽炎のように儚かった。

本当は彼女の手を取ろうと思った。
そのまま彼女と、夏に死にたいと思った。
けれど今ならはっきり『間違いだ』と言える。
彼女は、夏の記憶として死ぬのにあまりにも似つかわしく、それに対して僕は、こうして死ぬにはあまりにも不完全だった。

Next