No Name

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9/23/2023, 1:34:15 PM

俺は今、ジャングルジムで月へ向かっている。

宇宙エレベーターが完成され、今度はアクティビティとして「宇宙ジャングルジム」が建設された。
そして、様々な冒険家が宇宙ジャングルジムに挑むようになった。俺もその1人だ。
だが、まだ月から帰還した者はいない。

山とは違って、景色が変わらない空間をひたすら登る道中は不思議なものだった。
いくら休んでも月にはなかなかたどり着けない。
しかし見上げれば、そこには月が佇んでいるのだ。

俺が月を見つめれば、月は俺を穏やかな眼差しで見守っているような気がした。
これを愛着というのだろうか。
そうして月を見続けていたら、いつの間にか手を伸ばせる距離まで辿り着いた。

俺は、愛しい月に触れてみた。
ちょっと凸凹で触り心地がいいとは言えない。それすらも可愛らしかった。

もっと君を知りたい。
気づけば、月面を駆け出していた。


「また、宇宙ジャングルジムに登った人が行方不明だって」
「これで何人目なんだか」
「みんな月には辿り着けているらしいんだけどなー」
「さぞ月の居心地でも良いのかね」

9/21/2023, 1:37:20 PM

秋は嫌いだ。

自分の誕生日は木々が衣替えをする季節。昔は、待ち遠しくて大好きだったのに、今ではため息を漏らしてしまう。

周りからも指摘を受けているように、教養はなく、顔の造形も美しくない。
こんなどしょうもない自分が生きてしまった日のような気がしてならない。
うだつが上がらない人生を行く我が身よりも、もっと生きて欲しい人、消えて欲しくない作品や記憶に身を捧げたくなっていく日々。

こうした己を蝕む自己嫌悪から、秋が嫌いになった。

そして、今年もその日はやって来る。
「おはよう」
アルバイト先でできた友人に普段通り、挨拶をする。
「おはよう!今日もよろしくね」

彼女は、私と同じ時期に入った「バイト仲間」だ。
笑顔が素敵で、器用で優しい友人。ちょっとした共通の趣味から話が広がり、次第に話が合うようになった。

「あ、そうだ!これ渡したくて」
そう言いながら、私に紙袋を渡した。中身はハーブティーが入っている箱だった。

「お誕生日おめでとう!ハーブティーなんだけど、飲めそう?」
「うん、飲めるよ」
可愛い林檎のパッケージが本当に素敵だった。

「良かった!アルバイトいつも忙しくて大変だよね。だからハーブティー飲んで少しでもリラックスできたならって」
「うん、ありがとう」
そっか。アルバイト忙しかったよね。でも、貴方がいれたから頑張れたんだよ。

「文房具好きだって聞いたからそれと悩んだんだけどね」
それ話したのかなり前じゃん。ちゃんと覚えてくれたんだ。
「でもこのハーブティー、他の香りよりも凄く爽やかで落ち着けるなーって感じがしたから」
そっか。他のハーブティーも色々みて、選んだんだね。

気づいたら、涙が次々と零れていた。
「あれ、大丈夫!?どこか痛い?」
友人は慌てたように、私の顔を覗き込む。
「ううん、違うんだ」
違うんだよ、でもこの感情を止めることはできなくて。

私は秋が嫌いだ。だけど、貴方のような人が生きているこの世界、この日々、この季節に恋をしてみようと思う。
もう1度あの季節を待ち遠しくなるほど、愛せるように。

テーマ「秋恋」

9/20/2023, 11:01:10 AM

※ちょっとだけホラー描写あります。ご注意ください。苦手な方は無理して読まなくても大丈夫です。

僕には大切な妹がいる。可愛くて優しくて。だけど、数日前から風邪をひいて寝込んでしまっている。
だから僕は、妹の風邪を治すための薬草を山で探すことにした。病に伏している妹のことを考えているうちにいつの間にか山の深くまできてしまったようだ。

この山をよく知る猟師の兄さんは、山奥は人喰い熊が出て危ないから入るなと言われていた。
兄さんの言う通りだ。奥に来た途端、鳥の声がパタリと止んだ。足場は泥でぬかるみ、周囲の匂いもどこか鼻にくる酸っぱい感じがして、目が眩む。
こんなところに薬草が生えている訳が無い。引き返そう。
そう本能が訴え、元いた道を引き返そうとした先、

「こんにちは」
目の前には黒髪でワインレッドのワンピースを着た小柄な女の子が立っていた。あまりにも唐突な登場に驚きすぎるあまり、声も出ず、足がすくんだ。

「ごめんなさい、驚かすつもりは無かったの」
彼女は慌てて、僕の元に駆け寄る。

「き、君は?」
やっと喉から絞り出した微かな声で問いかける。
「私はここの近くに住んでいる人間よ」
ふんわりと微笑みながら彼女は答えた。嘘をついているようには見えない。

「薬草が欲しいんでしょう?」
「どうして、それを?」
笑みを崩さぬまま、見透かしたように僕に言った。

「だって、ここに来る人たちみんな言っているから。高く売れるらしいのよね」
彼女は髪を弄りながら、気に食わない様子で呟く。

「僕は、売るためじゃなくて妹のために使いたいんだ」
「妹?」
「うん、大事な大事な妹なんだ。風邪を治したくて」
初対面の人ではあるが、本心をありのままに告げてみる。

「そう......じゃあ」
彼女はワンピースのポケットから紙包まれている何かを取り出した。
それは、僕が探していた薬草だった。

「あげるわ。さっきお庭で拾ったの」
「いいの?」
「大事な人に使って」
彼女は薬草が包まれた紙を僕に手渡した。彼女の手は異様に氷のように冷たく、僕と同じ人間か疑ってしまう。
お礼を述べようとした次の瞬間、

「おい、そこにいるのは誰だ」

僕たち以外の声が聞こえ、思わず振り返る。
「兄さん!」
僕の兄さんだった。
「兄さん、どうしてここに」
「それはこっちの台詞だ。探したんだぞ」
兄さんは僕腕を引っ張った。
「兄さん、待ってさっき、薬草をもらって......」

そう言って彼女を指したつもりが、消えていた。
「あれ?さっき、女の子が」
「女の子?」
そして、先程の経緯を話した途端、兄さんは顔を真っ青にして貰った薬草を取り上げた。
「いいから、帰るぞ」
「でも、お礼言わなきゃ」
「お礼よりも、今はお前の身を大事にしなきゃいけないんだ」
兄さんは猟銃を取り出し、体を震わせながら僕を家まで連れ帰った。
帰る途中、森のざわめきと共に小声で誰かが囁くような言葉が聞こえた。

『もう少しだったのに』

退屈そうな悔しそうな声が耳へと届き、

『 だけど、私もまだ君を大事にしたいな』

素敵なおもちゃを見つけた子供のような 愉快な笑い声を残していた。



(tips:登場人物紹介)
・女の子
屋敷の中は退屈でお腹が空くので、山奥の森で散歩している。欲にまみれた人間が大嫌い。よく白いワンピースを着ている。

・兄さん
山の里にいる猟師。最近、山に入った商人が行方不明になる事件を聞いており、警戒している。
弟には「人喰い熊が出るから」と注意していたが、実際は「熊」ではなく「人」である噂がある。

テーマ「大事にしたい」

9/19/2023, 5:44:48 PM

太陽が別れを告げる夕空、放課後。
その下で友人とわたしは、帰るべき場所へと向かっている。

「ねえ、時間が戻るならいつの時代に戻りたい?」
素朴な雑談のテーマといったところだろうか。友人は唐突に話し始めた。
「うーん、いつの時代か......。江戸時代かな」
日本史の小テストが明日あるので、思わず浮かんだ時代を口にする。
「それ、小テストの範囲じゃない?」
友人は吹き出しながら、私の答えに突っ込む。コンマ1秒で友人に心の中を読み取られてしまった。
ばれたかーと、頭をかきながら、友人にも聞いた。
「じゃあ、そっちはどの時代に戻りたいの?」
「私はねー......」
友人は、か細い腕で背伸びをしながら答えた。
「文化祭の日」
こうして、 交差点前についた。
「じゃ、ここから1人で戻るね」
そう言いながら友人は横断歩道を渡っていく。
「大丈夫?道わかる?」
「馬鹿にしないでよねー」
小言を言い合いながらも、友人は遠くへと消えていく。
何か言いたいのに、言葉が詰まって出てこない。
次第に歩いていく姿は、視界が滲んでよく見えなかった。

「文化祭の日」
あの日は本当に楽しかった。友達とやりたい事を全力で準備してやり切って。これ以上ない出来事だった。
でも翌日、私は救急搬送された。癌だった。手術をしても、進行が早かったので寿命は半年。
すぐ学校は行けなくなった。でも、たまに病院近くを通る友達へ会いに行くために、こっそり病室を抜け出した。
真面目で生徒会も受験も忙しい、私の友達。
もっと一緒にお出かけして、お弁当も食べて、テスト前には勉強会もして。恋バナとかもしたかったな。
交差点を渡る途中、痩せ細った体を無理矢理動かしながら、考える。でもきっと、
「文化祭が楽しかったな」
そう、戻れるなら文化祭の日がいい。友達と過ごした1番楽しかったあの日。
だけど、ちょっと違うかも。
「戻る」というよりは、あの日を永遠に。そう、いっそのこと『時間よ止まれ』。これが合っているだろう。