‪スべてはキみのセイ

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1/8/2026, 11:18:54 AM

【色取り鳥】


「色を取る鳥」として知られている。
彼らが好んで食べるのは、世界三大不思木の一つとされるパレットウッドの木の実。その中でも食べるのは実の外皮のみで、核となる部分は必ず吐き出すという奇妙な習性を持つ。
長年にわたり摂取した外皮の色素が体内に蓄積され、羽毛や皮膚の色として現れるため、色取り鳥の体色は生涯を通して徐々に変化していく。吐き出された実は元の色を失っていることが多く、あたかも鳥が色を奪ったかのように見えることから、この名で呼ばれるようになった。
極端な偏食家としても有名で、どの色の実を好むかは個体ごとに大きく異なる。その結果、色取り鳥は一羽一羽がまったく異なる色彩を持ち、同じ体色の個体が見つかることは極めて稀とされている。
体躯は非常に大きく、成鳥はクロハゲワシと同等の大きさに達する。その巨体と多彩な体色が空を横切る姿は、古くから「空を歩く絵具箱」とも形容されてきた。

1/7/2026, 3:29:17 PM

【 銀 雪 憐 花 】


むかし、まだ人が死を恐れる前に、
白銀の雪原にひとつの花が咲いていたという。
銀雪憐花。
雪より白く、月より淡く、
近づく者の息を静める、不思議な花だ。
この花には、ひとつの言い伝えがあった。
死人の傍らに活ければ、花は萎れ、
代わりにその者は一日だけ、生前の姿に戻る。
声も、温もりも、癖も、
死が奪ったすべてを取り戻す。
だが、翌朝には
身体も想いも、雪解け水のように溶け、
死体すら残さず、跡形もなく消えてしまう。
奇跡ではない。
それは、別れをもう一度与えるための花だった。




ある法師が、長い修行の帰り道、
吹雪の山中で一際美しい花を見つけた。
手を伸ばし、摘み取った瞬間、
花は音もなく萎れてしまった。
不思議に思った法師は、
顔を守っていた笠を外し、
根元の土ごと、雪ごと、花をそっと包み込んだ。
すると花は萎れず、
雪の中で咲いていた時のまま、静かに息づいていた。
「これは、妻への土産にしよう」
そう思い、法師は家路を急いだ。
だが、家に戻ったとき、
妻はすでに、ひとり静かに息を引き取っていた。
法師は嘆き、泣き、
何も出来ぬまま夜を迎えた。
ふと、笠に包んだ花を思い出し、
妻の枕元に、そっと添えた。
願いはなかった。
奇跡を求めたわけでもない。
ただ、独りにしたくなかった。
夜が更けるころ、
銀雪憐花は静かに萎れ始めた。
その代わりに、
妻の頬に、血の色が戻った。
閉じていた瞳が開き、
懐かしい声が、法師の名を呼んだ。
二人は、一日を共に過ごした。
語り合い、笑い、
何でもない食事を分け合い、
いつも通りの、何でもない一日。
だからこそ、
別れが迫っていることを
二人とも口にしなかった。
夜、妻は隣で眠りにつき、
法師もまた、その温もりに身を委ねた。
だが、夜明け前。
急な冷えに、法師は目を覚ました。
隣には、もう誰もいなかった。
布団は濡れ、
そこには、雪解け水だけが残っていた。
妻の姿も、
死の痕も、
何ひとつ、残ってはいなかった。






「……それで、その人はどうなったの?」
物語を聞いていた子どもが、布団の中で尋ねる。
「また、会えなかったの?」
親は少しだけ考えてから、答える。
「二度と、その花を探さなかったそうだ」
「どうして?」
「また一日を望んでしまわないように、だろうね」
子どもは黙り込む。
「ねえ……生き返った意味、あったのかな」
親は、灯りを落としながら言った。
「意味があったかどうかは、
残された人だけが決めることだよ」



その後、法師は人の死に立ち会うたび、
必ず一晩だけ、灯を消さずに祈ったという。
別れを惜しみ、
しかし、引き留めぬために。
銀雪憐花は、今もどこかの雪原で咲いていると噂される。
一瞬だけ、
あまりにも美しく輝き、
そして、何も残さず消えるものの象徴として。
それは、
白銀の雪の中に咲く、
憐れみの花の名である。

1/4/2026, 8:17:00 AM

【初日の出】


防波堤の先端で、青年は缶コーヒーを両手で包んでいた。
夜明け前の海は黒く、冷たく、静かすぎて自分の呼吸音だけがやけに大きい。今年も結局ここに来てしまったな、と誰にでもなく思う。
東の空がわずかに薄桃色に滲み、波が色をもらい始める。
去年の今頃に立てた目標は、ひとつも達成できなかった。
それでも太陽は律儀だ。裏切らず、遅れず、今日も昇ろうとしている。その事実が、なぜか胸に刺さる。
ふと、背後で小さな笑い声がした。
振り返ると、見知らぬ子どもが手を振っている。「もうすぐだよ」と根拠のない断言。
その瞬間、雲の隙間から光が溢れ、海が一気に金色へと塗り替えられた。
青年は息を呑み、過去でも未来でもない“今”に捕まる。

初日の出は、何も約束しない。

ただ昇るだけだ。

青年は缶コーヒーを一口飲み、少しだけ背筋を伸ばした。
今年も失敗するかもしれない。でも、ここに立っている限り、朝は来る。そう思えたことが、彼にとっての始まりだった。

明けましておめでとう。

5/20/2025, 11:15:21 AM

【空に溶ける】


シャボン玉は、風のくしゃみにのって飛んでいった。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。
空にとけて、かすかに音がした。

「ねえ、あれはどこへいくの?」
そうきくと、となりの子は笑った。
ふわふわ、とわらった。

「おかあさんの声のところ」
「うたの中の、まだおぼえてないところ」
「わたしのお兄ちゃんの、いなくなった場所」

シャボン玉は、ひとつも泣かなかった。
ただ、きらきらして、しんとして、
ぜんぶぜんぶ、なにもかも、うつして、
ぱちん、って、いなくなった。

雲のあいだから、ぱっぱっぱと音がした。
それが笑ったのか、さよならしたのか、
わたしには、まだわからない。

5/19/2025, 11:16:18 AM


【    。】


 靴底がぬかるみに沈むたび、水がぴちゃりと音を立てる。湿地の泥が、足に、意識に、命にまとわりついて離れない。
 軍靴を履いた一列が、音もなく進んでいく。疲れ切っていた。兵も、心も、すでに限界だった。その中で、俺の隣にいたのは――ヤマトだった。

「なあ、帰れたら何する?」

ぽつりと、彼が言う。

この絶望の中で、唯一、声に色が残っていたのは彼だけだった。

「……母さんに謝るかな。ろくに話もしないで、出てきちまったから。
それから……柿の木、たぶん枯れてる」

自分でも何を言ってるのかわからなかったが、ヤマトは笑った。

「お前らしいな」

「……お前は?」

少し黙ったあと、彼はふっと遠くを見て言った。

「俺は帰れねえと思ってる」
「やめろよ」
「マジだ。なんとなくだけどな。だから、お前は帰れ。俺の分まで」

その瞬間、怒声が響いた。

「**班、突撃用意ッ!! 全員、前進ッ!!」

空気が張りつめた。
兵たちが泥を蹴って立ち上がる。
ヤマトも動いた。
だけど、俺の体は動かなかった。

――おかしい。

空が開けすぎている。
妙な静けさが続いている。
心が叫んでいた。動くな。

「ヤマト――!」

嫌な予感ほどよく当たる。

「まッ……」

爆音。
閃光。
轟音。
泥と血の匂い。
弾の雨が降る。
一瞬で全てが終わった。
気がつけば、俺だけが倒れていなかった。
それから数週間後、俺は“運良く”帰国した。

戦後

 静かな病室の窓際で、俺は椅子に座っていた。通院は週に二度。他は特に何もない日々。時間が流れているのか、止まっているのか、わからない。
 医者は言った。

「PTSDですね。あと……“ま行”が出ないのは、心因性の構音障害です」

“ま行”が出ない。
いや、“ま”が出ない。

 喉が締まる。舌が動かない。吐き気がする。そのときの言葉が、“ま”だったからだ。
ヤマトに、あの一言を叫ぼうとして――言えなかった。それ以来、俺は時間の中に取り残されていた。
 ある春の日、街角で子供の声がした。

「ちゃんと“まって”って言ったでしょー!」

その音が、耳に焼きつく。
景色が歪む。
色が消える。
音が引いていく。

まただ。

 気づけば、別の場所に立っていた。時間が飛んでいる。俺の体が、俺のものでないような感覚。
 医者は言った。「解離性障害も出ていますね」と。

わかってる。
でも、どうにもできない。

 押し入れから、古びた手帳を取り出す。
従軍時の記録。泥だらけの過去。まだ、どこかでヤマトの声が聞こえる気がする。

「お前は帰れよ。俺の分まで」

俺は――帰ってきてしまった。

 数週間後、戦没者の追悼式。
墓標に刻まれたヤマトの名前を前に、俺は立ち尽くしていた。

線香の煙が上がる。

花が揺れる。

風が吹く。

けれど、胸の奥は冷たいままだ。
あの時、「まって」と言えていれば――。
もっと早く、空の違和感に気づいていれば。伏兵の気配を、上官に報告していれば。止められたんじゃないか? 助けられたんじゃないか?
たらればが尽きない。
けれど、本当にできていたのか。言えていたら、動けていたら、ヤマトは死なずに済んだのか。
……それすら、もうわからない。
ただ確かなのは、あいつが死んで、俺だけが生き残ったということ。

なぜ、俺が。

なぜ、あいつじゃなくて――。

伝えなきゃ。
あのとき言えなかった言葉を。
今こそ、言わなきゃ。何度も息を吸って、喉に絡まるものを押しのけて、口を開いた。

「…………」

沈黙。

涙が、先に零れた。

「………………」

それでも、もう一度。

「………………」

喉が震える。
肺が焼ける。
それでも――

「…………」

……届かない。

また、声は出なかった。
けれど、その沈黙の先にある音を、
ヤマトならきっと、わかってくれる気がした。
だから、俺は手帳に書いた。

"まって。"

それが、俺の――あの日の、答えだった。


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