‪スべてはキみのセい。

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【思い出の亡き貝】

黄昏時――波が静かに打ち寄せる浜辺に、彼女は足を踏み入れた。

理由もなく、ただ足が向くままに歩く。
心の中には、何か引っかかるものがあるような気がしていたが、それが何なのかはわからなかった。

砂浜に目を向けると、一つの巻貝が転がっていた。淡い色合いの貝殻は、陽の光に反射してわずかに輝いている。それは、どこか懐かしさを感じさせるようなものだった。

ふと手を伸ばし、貝殻を拾い上げ自然と耳に当てた。そういえば、昔もこんなことがあった――そう思った瞬間、忘れていた記憶が音と共に蘇った。


「海の音が聞こえるよ、耳を澄ませてごらん」

連れられて、初めて海に来たあの日。
彼が微笑みながら同じように貝殻を耳に押し当ててくれたことを思い出す。
まだ若かった自分は、それを不思議そうに聞きながらも、どこか魔法のようだと感じていた。何度も浜辺で遊び、波に揺られた時間があった。二人で同じ貝殻を拾い、笑い合ったあの日々が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る。

しかし、その笑顔はもうない。彼は、もうこの世にはいないのだ。

押し寄せる感情は、まるで荒れ狂う波のように彼女を飲み込んでいった。過去の楽しかった思い出が、重く心にのしかかる。これ以上、彼との時間は戻ってこない。
もう一度、最後に、一度だけでもいいからと、あの笑顔を見たいと願っても、その望みは叶わない。

気づけば涙が頬を伝っていた。感情の波は次第に大きくなり、彼女を岸から遠ざけようとする。必死にもがいて、涙の海から逃れようとした。しかし、その波は強く、まるで彼女を引き寄せて離さない。

やがて、ひとしきり泣いた後、彼女は次第に静けさを取り戻した。心の中で荒れ狂っていた感情も、波が引くように少しずつ消えていった。

貝殻を耳からそっと離し、彼女はもう一度それを見つめた。
何も言わずに、貝殻を静かに砂の上に戻す。まるでその場所に置くことで、彼との記憶を静かに送り出すかのように。

立ち上がり、深呼吸を一つする。海風が頬を撫で、涙の痕をさらっていった。足元をしっかりと固め、もう一度浜辺を見渡す。すべてが元通り、ただ静かな浜辺だけがそこにあった。

彼女は、足を進め、浜辺を後にした。


9/5/2024, 10:49:36 AM