「この戦いで私は命を落とすことになるだろう」
長閑に揺れる木陰の静けさの中
貴方の言葉に、私は絶望に突き落とされた
どうして、なんて聞くまでもない
花の国である私たちの王国が
猛炎を司る火の王国に敗北することは明らかだった
「怖くないのですか」
その場を繋ぎ止めるだけの言葉が宙を舞う
貴方は優しく私を抱き寄せ穏やかに答える
「怖い。ただ貴女と会えなくなることが
どのような苦しみ、死よりも恐ろしい」
視界が滲み悲しみで心が壊れそうになる
けれどその瞳を見つめ、いつものように微笑んだ
「ずっと貴方を愛しています。次の人生でもきっと
二人で幸せな最期を迎えましょう」
貴方は静かに目を閉じて、私の言葉に頷いた
きっと悲しむことなんて何もない
木漏れ日の跡に続く光は二人の誓いを知っている
ある日のことだった
小さな人間が私の森を彷徨っているのを見つけた
「貴女、ここで何をしているの」
そう声をかけると、貴女は瞳を輝かせて私を見上げた
「貴女がこの森に住む妖精さんなの?」
それが、私と貴女の出会いだった
貴女は毎日この森に来た
正直、迷惑で仕方がなかったけれど
人間に何を言っても聞きやしないだろう
せいぜいこの人間が飽きるまで
妙な真似をしないか見張っててやろうと決めた
「ねぇ、この森には花はないの?」
貴女が辺りを見渡しながら尋ねてきた
「花なんてここにはないわ。あるのは緑だけよ」
私はそっけなくそう返した
けれど、貴女はこちらに向き直って笑った
「それなら、きっと私が咲かせてみせるわ」
その時、何故だか少しだけ
貴女が明るく見えた気がした
それから数年の時が経った
ある日から貴女は姿を見せなくなった
何日も何日も森を探してみたけれど
貴女は二度と現れなかった
「なんて自分勝手なんでしょう」
思わずそんな言葉を口にしていた
それからもっと時が経って
またすっかり孤独に慣れた
緑が赤茶に変わる頃、貴女と歩いた道を辿った
ふと、何かの香りがするのに気がついた
私はその匂いを辿った
少し歩いて出た先には
見たことのない大樹が立っていた
美しい夕焼け色の花が舞っていて
まるで星空に散りばめられた星屑のようだった
大樹の傍らに腰をかけた
今の自分の思いがわからなかった
ただ静かに花を見つめていた
視界の端に、枝に下がった布が映った
外してみると、手紙が添えられていた
貴女からだった
"久しぶり、びっくりした?
私、初めて妖精さんを驚かせたかも
この花はね、キンモクセイっていうのよ
私はもうきっと会いに来れないけれど
妖精さんが寂しくないように
この花がずっと側にいるからね"
涙が頬を伝った
今さら気がついてしまったのだ
私は貴女の名前も知らない
ずっと一緒にいた貴女の名前を
私は聞いたこともなかった
ただひとつ確かなことは
貴女の瞳はこのキンモクセイのように
暖かな夕焼け色をしていた
白銀の満月が世界を照らす夜
光り輝く天使が私に微笑みかけた
「貴女の願いをひとつだけ叶えます」
美しい瞳が真っ直ぐこちらを見据えている
私は貴女から目を逸らして答える
「貴女には、私の願いは叶えられない」
天使は何も言わなかった
新月の夜、私は貴女を呼び出した
願いの天使である貴女は、私の望みを叶えるまで
この地上から離れることができなかった
今日までずっと、私は貴女を縛りつけていた
叶えられなかっただろう
私はずっと、行かないで、と願っていたのに
大地に縛りつけられた貴女は消えかけている
「ごめんなさい、誰かに傍にいてほしかったの」
目を見開く天使の手を取って、ただ静かに願う
貴女が誰かの願いから解放されるように
「本当にどういうつもりなのかしら」
「だって、いつも私の邪魔をしてくるのよ」
そうぼやく貴女は、いつもどこか楽しそうだった
端から見れば恋人への愚痴に聞こえるが
それがただの惚気であることを私は知っていた
結婚式はいつになるのだろう
貴女の話を聞きながら、毎回そんな風に考えていた
だから、彼の訃報が届いたとき
それが現実であると信じたくなかった
月のない夜、貴女は私を呼び出して
隣に座って、ただ夜空を眺めていた
「あの人はどこまでも私を苦しめるのね」
静かに呟く貴女は泣いていた
貴女の左手の薬指には
眩いほどに輝く綺麗な指輪がはめられていた
貴女は人間で、私とは何もかもが違う
それでも貴女は私を怖がったりしないで
ずっと側にいて、仲良くしてくれた
初めて会った日から、もう何年経っただろう
私より少しだけ高かった背も小さくなって
あの頃のような元気もなくなってしまった
ここ最近はずっと寝たきりで
もう歩くこともできなくなったのね
こんな日が来ることはわかっていた
だって、貴女の寿命は私よりずっと短い
いつかはいなくなってしまうんだって
でも、それが今である必要はないでしょう?
永遠なんて、ないけれど
もう少しだけ、貴女と過ごす時間がほしいの
あの日、優しく微笑みかけてくれた貴女の温かさを
何千年先も、ずっと覚えていたいから