Lacryma

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ある日、書庫を整理していた私は
大切に保管されたひとつの日記に出会った
裏表紙を見ると、祖母の名前が記されていた
一体何が書いてあるのだろう
人の日記を覗き見るなど趣味が悪いと思ったが
今は寝たきりになってしまった彼女の生き様を
その人生の一欠片を、少しだけ知りたいと思ったのだ

『毎晩同じ夢を見るのです
お姫様と騎士様の、報われぬ恋物語の夢でした
二人の想いは決して許されないものでしたが
秘密裏に逢瀬を交わし、愛を誓い合っていました
しかし、とある敵国との大戦で
騎士様は命を落としてしまうのです

私は夢の中で、そのお姫様として生きていました
彼が呼ぶ私の名は、いつだって花の名前でした
おそらくそれがお姫様の名前だったのでしょう
そして私は彼を、ある星の名で呼ぶのです』

『その日、私はカフェに行きました
街の一角にある、小さいながらもお洒落なカフェです
そこで、一人の老紳士に出会いました
私はその人を見て、思わず目が離せなくなりました
彼の横顔に、騎士様の面影が重なった気がしたのです』

『私は思わず、騎士様の名を呼びました
夢の中で、いつも呼んでいたあの星の名を
多くの人が行き交う街の中
老紳士は真っ直ぐ私の目を見たのです

彼は少しの間、私を見つめていました
そして私は確かに感じたのです
夢の中で幾度となく感じた、あの優しい眼差しを』

『それから私たちは言葉を交わすようになりました
彼はいつも私の話を笑顔で聞いてくれました
いつしか私は夢の話をするようになりました
しかし彼はその話に深く触れることはなく
ただ穏やかに微笑みを浮かべるだけでした』

『ある日、私は彼に尋ねてしまったのです
「貴方は、あの人なのですか」
そして、返事を待たぬままこう言いました
「もしあの人ならば
今からでも貴方の側にいたいのです」』

『それから私は何度もカフェを訪れました
しかし、彼はもう来ませんでした
ある日、私がいつもの席に腰掛けたとき
店員が私に手紙を差し出したのです
「いつも貴女と親しげにお話されていたご老人が
貴女が来たら渡すようにと」
そして一輪の花を添えられました
それは、夢の中で彼が私を呼んでいたあの花でした』

『店員にお礼を言って私は手紙を読みました
手紙には、こう書かれていました

"貴女が私の名を呼んだとき
私は驚きで胸がいっぱいになりました
遠い昔に愛した人とまた会うことは
きっとできないだろうと思っていたからです
貴女と再び出会えて本当に幸せでした
けれど私はもう老いぼれの身
貴女の隣を歩くには、少し急ぎすぎてしまったようです
だから、これからはもう私を忘れて
どうか幸せに生きてください"

私は涙を堪えることができませんでした
あの時私が側にいたいと言わなければ
貴方はまだ私の隣で
優しく微笑んでくれたのでしょうか
その日から私は、あの夢を見ることは
もう二度とありませんでした』

私は日記を閉じ、その場に立ち尽くしてしまった
とても幻想的な話だが
私にはただの作り話だとは思えなかった
なぜなら手紙の最後には
古い手紙と一輪の花が添えられていたから

「次の人生ではどうか、次こそは
二人が側にいられますように」
日記帳を抱きしめ、その場に座り込む
涙が落ちたことに気づいたのは
それから少し後のことだった

7/23/2025, 2:11:05 PM