君からもらった言の葉を
押し葉の栞にすることで
私は今日を保っている
「時間よ止まれ」2025.02.16
「……?」
廊下を歩いているとピアノの音が聞こえた。
足を進めると、段々と音の形もクリアになって来た。
どうやらホルストの組曲「惑星」の1つ、第4曲の【木星】のようだ。
壮大ながらも繊細で、少し物悲しさも感じさせる旋律が心地よい。
音楽室の前に立ち止まり窓から中を覗いてみると、後輩のあの子が弾いていた。
扉の横の壁に背を預けピアノに耳を澄ます。
【木星】が終わり、今度はドヴォルザークの「新世界より」から第2楽章【家路】、そのあとはエルガーの【愛の挨拶】。
まだ練習中なのか、時折間違えて弾き直してるのもなんだか可愛らしい。
このまま黙って立ち去っても良いが、せっかく素敵な「挨拶」を聞かせてもらっているし、と頃合いを見て扉をそっと開けた。
「あ、」
「やあ」
「先輩、いつからいたんですか……!?」
「平和への想い、故郷の懐かしさ、素敵な挨拶、音で想いが伝わってくる演奏だね」
「あ、あはは……」
僕の存在に驚き立ち上がったものの、全て聞いていたことに気づいたのか力無く椅子に座った。
「……」
「……!あははっ、ごめんごめん」
数秒の無言ののち、君は絞り出すように【猫ふんじゃった】を弾き始めた。
「君の声がする」2025.02.15
憧れと
理想を込めた
ガラス瓶
遠く遠くの
海に浮かべる
「ありがとう」2025.02.14
放課後の教室に残っている幼馴染を見かけ、無言で前の席に座る。
チラッとこちらを見たが、何も言わずに課題を再開した。
椅子の背もたれに頬杖をつきながらその姿を眺めていたが、ふと右手を伸ばしヤツの左胸にそっと手を添える。
「……何してんの?」
「……」
「課題できないんだけど……」
「あんたが言ったんでしょ」
「何が」
「心は掌にあるって」
「……」
窓から差す夕陽が眩しい。
遠くから吹奏楽部の練習の音が聞こえる。
掌から小さく、だけどしっかりとした鼓動が伝わる。
心臓と、ココロが重なっている。
どのくらい時間が経っただろうか。
胸に触れていた手の上に、別の温もりが重なる。
顔を上げると茜色の空を差し色にした瞳に射抜かれる。
怖気付いてしまい手を引こうとすると重ねられた手に力がこもった。
どうか、どうか。
「そっと伝えたい」2025.02.13
「先輩、私すごいこと聞きました!」
そう叫びながら部室に入ってきた後輩の顔を一瞥し、やりかけの宿題を再開する。
「先輩ー!」
「聞いてるよ、どうしたの?」
嬉しそうに隣の席に座った後輩は僕の顔を覗き込むように机に伏せる。
懐かれているなぁと感じる。
「実は私たちって未来の記憶を持ってるんです!」
「……未来の記憶?」
話を聞くと心理学でいう【展望記憶】のことだった。
明日テストがあるので勉強する、といった将来や予定についての記憶を、未来記憶ともいうのだ。
「こういうのも記憶っていうんですね、記憶と呼べるのって過去の経験とかだけかと思ってました」
「それは回想記憶だね」
「回想…」
むむむ、と言う表現がよく似合う、とても渋い顔をしている。
「じゃあ、脳は現実と想像の違いが分からないのは知ってる?」
「そうなんですか?」
「うん。たとえ想像だったとしても【強い感情を伴う経験】をすると、脳はそれを実際の記憶として保存するんだ」
「へぇー……」
「だからさ、」
机に体を伏せ、僕を見上げていた薄茶色の瞳に目線を合わせる。
「好きだよ」
「え、」
「ずっと一緒にいたい」
「あの、」
「君がそうだな……25歳になったら結婚しようか?」
「せんぱい……!」
飛び上がるように起き上がって僕から距離を取る。
薄茶色の瞳が離れて行ったのは寂しいが、先程よりもその目が潤んでいるのは可愛らしい。
「揶揄ってるんですか……!」
「違うよ、2人の未来を記憶してるんだ」
「未来……」
「こんな未来は嫌?」
「……」
しばらく無言が続く。
スカートの端を握りながら俯く君の言葉を待つ。
「強い、感情、を、伴いました……」
まるでロボットのような細切れの返事に思わず声をあげて笑ってしまった。
「未来の記憶」2025.02.12