「心、必、恋、念、惚、忠、偲、愛……」
「何念仏唱えてんだよ」
日誌を書く俺を待つ幼馴染はスマートフォンを覗きながら難しい顔をしている。
顔はこちらに向けず、いいからさっさと書けとでも言うようにサッサッと手を払われる。
何なんだと思いながら視線を日誌に戻す。
「今日昼休みに話題になったんだけどさぁ」
「んー」
「人の心はどこにあるのかって」
「お前らも深い話するんだな」
「バカにすんなっての!」
「いてっ」
半笑いで相槌を打ったのがお気に召さなかったらしい。
蹴られた脛が地味に痛む。
「んで、心臓にある派と脳にある派に分かれた」
「まあ定番だよな」
「でもなんかしっくりこなくてさぁ、心がある漢字をみてた」
どうやら友人たちとの会話もお気に召していなかったようだ。
スマートフォンから顔を上げ伸びをしている。
「心があるかも怪しい君に話してもねぇ」
「バカにすんなよ」
「ちょ、髪乱れる!」
憎まれ口を叩くヤツの頭を手のひらでグリグリ押さえつける。
俺の手から逃れ、怒った猫みたいな威嚇を受けながら質問される。
「じゃあ心はどこにあるの」
「俺の心はここかな」
手頃な紙がなく、日誌の端を破き漢字を書いて渡す。
「掌……?」
「読めない?」
「読めてるじゃん」
「調べてみな」
俺の心はそこにあるんだけどなぁ。
そういうと読み方を調べるためか、視線は素直にスマートフォンに向かった。
書き終えた日誌を持ち、もう一度その頭に軽く手を置いてから教室をでた。
「たなごころ……」
「ココロ」2025.02.11
「ねぇ、星って何味だと思う?」
「そうだなぁ……」
「意外と酸っぱかったりして」
部活終わり、駅の改札で偶然出会った幼馴染と帰路に着く。
日は暮れて空は赤と紺が混じり風が少し強い。
星たちも薄雲に紛れながら顔を出し始めている。
なんとなく一番星に手を伸ばす。
指先を限界まで伸ばし掴もうと手を開いたり閉じたりするけど、当然触れるわけもなく。
空を掴んだ腕を下ろした。
お腹すいたなぁ、なんて思いながら後ろを振り返ると、
同じく一番星に手を伸ばしてるヤツの姿が目に入る。
伸ばされた指先は、確かに何かを掴んだように閉じられた。
「何してんの?」
「星取った」
「はぁ?取れるわけないじゃん」
「まあまあ、手出して」
言われるまま手を差し出すと、手のひらにコロンとした感覚が伝わる。
期待していなかった分、何かの感覚が伝わったことにドキッとする。
「……金平糖?」
「特別な」
そう言い残し、塀の上を歩いていた猫に話しかけながら先に行ってしまった。
渡されたピンクの金平糖を指先で掴み直し見つめる。
空を見上げると雲のせいか一番星は見当たらない。
金平糖を一番星が輝いていた空に重ねる。
そのままピンクの一番星を口に含んだ。
「……あま」
ヤツは自分が掴んだ惑星の意味を知っているのだろうか。
「星に願って」2025.02.10
【筑波嶺の嶺より落つる男女川 戀ぞつもりて淵となりぬる】
黒板に書かれた和歌を古文の先生が解説している。
陽成院が綏子内親王へ向けて読んだ和歌で、恋をする気持ちが膨らんでいく様子を描いているらしい。
恋ねぇ…と思いながら視線を黒板から目の前の背中に移す。
こくり、こくりと舟を漕ぐ頭を心許ない頬杖が支えている。
いつもより小さく丸まっている背中。
右手に持ったシャーペンを置き、その背に指を向け空書きする。
「糸し、糸しと言う心、ってね」
「ぁでっ」
頬杖という相棒を失った舟は大きく沈み、
教科書で作った舟隠しの上に座礁したようだ。
「君の背中」2025.02.09
赤いマグカップ
カーテンを撫でる淡い風
夕暮れを横切る飛行機雲
寂しそうに
けれど一等輝く金星に
君の面影を見る
「遠く…」2025.02.08
薄月の 帳に滲む 徒情
「誰も知らない秘密」2025.02.07