「先輩、私すごいこと聞きました!」
そう叫びながら部室に入ってきた後輩の顔を一瞥し、やりかけの宿題を再開する。
「先輩ー!」
「聞いてるよ、どうしたの?」
嬉しそうに隣の席に座った後輩は僕の顔を覗き込むように机に伏せる。
懐かれているなぁと感じる。
「実は私たちって未来の記憶を持ってるんです!」
「……未来の記憶?」
話を聞くと心理学でいう【展望記憶】のことだった。
明日テストがあるので勉強する、といった将来や予定についての記憶を、未来記憶ともいうのだ。
「こういうのも記憶っていうんですね、記憶と呼べるのって過去の経験とかだけかと思ってました」
「それは回想記憶だね」
「回想…」
むむむ、と言う表現がよく似合う、とても渋い顔をしている。
「じゃあ、脳は現実と想像の違いが分からないのは知ってる?」
「そうなんですか?」
「うん。たとえ想像だったとしても【強い感情を伴う経験】をすると、脳はそれを実際の記憶として保存するんだ」
「へぇー……」
「だからさ、」
机に体を伏せ、僕を見上げていた薄茶色の瞳に目線を合わせる。
「好きだよ」
「え、」
「ずっと一緒にいたい」
「あの、」
「君がそうだな……25歳になったら結婚しようか?」
「せんぱい……!」
飛び上がるように起き上がって僕から距離を取る。
薄茶色の瞳が離れて行ったのは寂しいが、先程よりもその目が潤んでいるのは可愛らしい。
「揶揄ってるんですか……!」
「違うよ、2人の未来を記憶してるんだ」
「未来……」
「こんな未来は嫌?」
「……」
しばらく無言が続く。
スカートの端を握りながら俯く君の言葉を待つ。
「強い、感情、を、伴いました……」
まるでロボットのような細切れの返事に思わず声をあげて笑ってしまった。
「未来の記憶」2025.02.12
2/12/2025, 3:45:10 PM