惰眠

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12/21/2023, 6:34:37 PM

大空

どこまでも続く蒼穹を、飛んでみたい。あおいろで視界いっぱいにしながら、雲をかきわけて君に逢いにいく。

高いところから飛べば、青空に手が届くと思ったんだ。
白いドレスを纏えば、背中に翼が生えて、天使になれると思ったんだ。そうしたら君が迎えてくれると思ったんだ。

君がいない世界なんて考えられない。生きていけるわけがない。きっとわたしは、手遅れなところまできていた。

***

――痛い。痛くて、熱い。全身から空気が抜け切って、呼吸することさえできなくなってしまった。
わたしって馬鹿だな。空なんて飛べるはずないのにな。

目の前がぐわんぐわんと揺れて、しだいに白に染まっていく。 遠くでサイレンが鳴っているけれど、フェードアウトみたいに聞こえなくなっていく。これが完全に聞こえなくなったら、死ぬんだろうなって思った。

でも怖くないよ。もう少しで君に会えるはずなんだ。
このひとときの苦しみを耐え忍べば、今度こそ昇っていけるはずなんだ。わたしはそっと瞳をとじて、どこまでも続くあの大空を頭にうつしだした。走馬灯のかわりに。

***

目を覚まして最初に視界に飛び込んできたのは、真っ白な何かだった。やがて視界が鮮明になり、それが天井だと分かる。
――どうやら失敗してしまったらしい。

開け放たれた窓から、風が冬の空気を運んでくる。それがわたしの頬をくすぐるように撫でると、跡形もなく消えてしまう。
鳥の鳴き声、だれかの話し声、笑い声。それに混じって、ほんの少しだけ聞こえたその声が、とても懐かしかった。

11/26/2023, 4:12:03 PM

微熱

君がそばにいると、なんだかわたしは変になる。
かすかな熱が体内を駆け巡った。やがて落ち着くと、じんわり広がり溶けていく。木漏れ日に照らされ、心地良さげにまどろむ君から、目が離せない。

君がそばにいると、いつもわたしは熱をだす。
頬に耳元、首筋までもを赤く染めあげる。林檎みたいになったわたしを、ふふっと笑って撫でてくれた。君は涼しい顔をしているのに、わたしだけなんてずるいよ。

この熱に、君も侵食されちゃえばいいのに。ずっと一緒にいられるから、はやくふたりで溶けちゃいたい。

8/1/2023, 5:05:10 PM

明日、もし晴れたら
 
 夏が泣いていた。夏なのに、秋の雨のように冷たい涙を流していた。

 プールに入りたがった子供は、悲しさに顔を歪ませている。あの女子高生は、げんなりとした様子でうねった髪を気にしているし、あの男性はおろしたての靴が汚れたようで苛立っている。

 僕は、やっぱり今日も頭が痛かった。

 いつも明るい夏が泣いていた。普段はうんざりするほど暑苦しい奴なのに、こんな姿を見てしまうと心が痛くなるじゃないか。それに毎年こうなんだ。

 だけど、明日、もし晴れたら。

 きっとみんなの心にも陽が差すだろう。すると、太陽にも負けないくらい眩しい笑顔であふれるんだ。

 あの子供が元気に泳いでほしい。あの女子高生は、そのさらさらとした髪を風でなびかせて、あの男の人は、洗ってピカピカになった靴で、元気よく歩いている。そんな姿を見たい。

 僕はアイスにかぶりつくだろう。つい食べすぎてしまうから、結局のところ頭痛薬は手放せないだろうけど。

 そうして、僕たちを明るく照らしてほしいんだ――明日こそはね。
 まだ夏は始まったばかりなんだから。

7/23/2023, 8:11:18 PM

花咲いて


 脳内でけたたましく鳴り響くサイレンが、早く描けと僕を急かす。
 なのに描けない。描けない。どうしてか、描けないんだ。

 気づけば、真っ二つに折られた筆が、こちらを睨むようにして床に転がっている。イーゼルに固定されたキャンバスは、黒に飲まれて死んでいる。

筆を拾い上げる気力など残っていなかった。キャンバスを取り替える力もなかった。
 

 絶望にも似たなにかが、僕の耳元で問いかけてくる。
 ――可能性なんて、最初から無かったらしい。

 
 僕の蕾は、開花を知らずにしぼんでいく。そして、埋もれていく。次々と開花する花たちに押しつぶされながら。


 黒く塗りたくったキャンバスに、涙が滴る。

 諦め方を知っているのに、もがき方を知らなかった。
 こうして僕は枯れていく。水も、陽の光も注がれずに。

 ただ真っ暗な閉鎖空間で、絶望に涙を流す。
 こうして自分を枯らすことしか、もう僕に出来ることは残されていなかった。

6/22/2023, 4:18:38 PM

日常

 君と迎える朝が好きだった。
 君と過ごした夜のあと。穏やかで、ささやかで、静かな朝。二人きりの、二人だけの、朝がくる。
 パンを焼いて、コーヒーを作って、カーテンを開ければお日様の光が眩しくて。微笑み合いながら、美味しいねって言いながら、朝食を共にする。

 君の寝癖を見るのが好きだった。いつもぴょこんとはねているそれが可愛くて、とるのが勿体なかったんだ。
 君が出かけるとき、そっと頬に自らの唇を寄せて、反応を見るのが好きだった。いつもしていることなのに、君は決まって赤面するんだ。

 あれほどブルーに感じていた朝が、いつの間にかあたたかい色に変わる。君がいるだけで。

 君という存在は、きっと私の原動力だ。君がいるからこそ、今の私がある。君が生きているから、私も生きていられる。
君がいなくなってしまったら、私はどう生きればいいんだろう?
そう、ずっと思っていた。考えていた。
 君から、離れられなかった。

 ――だけど、その幸福も不安も、結局は最初のうちだけ。

 君を日常の一欠片だと思っていたのが、駄目だった。
 大切なものが日常として浸透していくのが、今はすごく怖い。
 あれほど大切にしたいと思っていたものでも、当たり前の存在になると、ないがしろにするのが私だから。
 
 君という存在がなくなった今、空っぽの私に価値などない。日常の一欠片がなくなって、すべてが一気に崩れ落ちた。パリン、と音をたてて、その破片が、私に傷をつけていく。
 どうしたら、君はまた振り向いてくれる? どうしたら、日常を大切にできる?
今は、ずっと思っている。考えている。
 まだ君から、離れられない。

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