はた織

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6/13/2025, 12:32:47 PM

 読み聞かせしている相手のお腹に耳を当てて、物語を聞きながら相手の内臓の音を楽しむ子どもがいたらしい。発想がなかなかに面白い。そして、子どもゆえの我がままだ。
 絵本の内容だけでは物足りず、語り部の身体を抱きしめ、お腹に耳を傾けて、物語の音を身体の底から存分に楽しもうとするその強欲さを見習いたいものだ。
 身体だけすっかりと大人になってしまった私にはもう難しいことだが、実際に読み聞かせする人間のお腹に耳を当てたら、どんな音が聞こえてくるだろうか。胃液がちゃぽちゃぽと波のように鳴り響くだろうか。胃の奥から、心臓の鼓動が微かに聞こえてくるだろうか。もしかしたら、お腹いっぱいに詰まった言葉たちが、体温を通して語りかけてくるかもしれない。
             (250613 君だけのメロディ)

6/12/2025, 12:50:40 PM

I love me,
for you.
I love you,
for me.
You love you,
for me.
You love me,
for you.
Therefore,
I cannot love me,
for ever.
                   (250612 I love)

6/11/2025, 12:38:28 PM

 雨音に抱擁された空気にピアノの音が響く。静かに、ただ静かに音色を奏でる。指先で新たな雨音を鳴らすように、指の腹で鍵盤を撫でていく。
 別に誰が弾こうが構わないが、微かに煙草の匂いがするだろう。ビル・エヴァンスに憧れているんだとはにかみながら、鍵盤と足元に崩れ落ちた吸い殻を隠しきれずにいる。そんな人物が奏でるピアノの雨音の中にある一本の赤い糸を、私は探している。
 銀に輝く数多の雨粒に紛れて、だらりと垂れている赤い糸はどこにある。ちょうど、私の首に括るぐらいの長さがいい。その赤い糸につられて、生きるも死ぬも糸次第の勝手さに生きていたい。
 ただ導かれたいだけだ。大いなる存在が背景にない者の喉は非常にか弱く、どんなに声を振り絞っても相手の耳には届かない。いっそのこと、赤い糸に喉を締めつけられてしまいたい。誰も彼も自分にも、嫌というほどの絶叫を聞かせられるに違いない。
 不愉快極まりないが、雨音がかき消してくれるから別に良いだろう。過去が重なり合って響く雨音なら、生命体の断末魔さえも自然な1/fゆらぎの音にしてくれる。
 雨音を二重奏のパートナーにして、ひとときの演奏に酔いしれる演奏者は、ただピアノの鍵盤を叩けばいい。水分をよく含んだ白煙を喫みながらくつろげばいい。銀の雨粒に潜む赤い糸に括られた人間をてるてる坊主か何かと思って、視界の端で見ていればいい。その無関心さが私を救う。
              (250611 雨音に包まれて)

6/10/2025, 12:25:53 PM

 事あるごとにクソしか言わなくなった母親でも、美しい物語を残してくれた。私の寝癖を雀の巣といって、幼い頃はよく髪の手入れをしてくれた。
 細毛かつ柔らかな髪質は、触れると猫の毛のようにふんわりとして気持ちいいが、油断すると絡まってゴワゴワとした黒い塊が現れる。これが私の髪の毛に潜む雀の巣だ。
 実際に雀の巣を見たことはないが、何となく分かる気がする。小さな雀が卵を産むには、ちょうどいい柔らかさと大きさなのだろう。まあ今では、どんなに雀の巣をつくろうが、自分で手入れせねば、「お前は相手から好かれないと一生付き合えない」と母親に呪いを吐かれてしまう。ラプンツェルよろしく髪を長く伸ばしたって、人間嫌いの私の元に迎えに来てくれる人間は、そもそもいない。
 いっそのこと、断髪して出家してしまおうか。切った髪は、本当に雀の巣にしてやろう。きっと私を好いてくれる雀たちが、ちゅんちゅんと集まってくれるだろうよ。そうして、雀の子そこのけそこのけお馬が通ると聞かせてやるのさ。
 物心ついた時から覚えた俳句だ。おそらく、私の髪にある雀の巣で育まれた雀が、その句の中にいると信じたのかもしれない。
 本当に私の髪で雀の巣を作ったら、どんな物語が新たに産まれるのか。髪は唯一腐らない肉というが、永遠に美しい記憶ともいえそうだ。
                  (250610 美しい)

6/9/2025, 12:58:13 PM

 香魂という麗しい言葉がこの世にありながら、習慣を持たぬけだもの以下の生命体に怒りを感じる人間界が憎たらしい。
 夜露に濡れ朝露に散る、自然の清く正しくおそるべき循環の中で生み出された言の葉を、よくもまあ踏み潰して唾を吐き出して知らないと簡単に言えよう。
 朝日と共に起きもせず、人から借りた本を返しもせず、自らの無知を無知と認めもせずにいたから、言葉も習慣も知識も知らぬ人間以下のけだもの以下の肥溜め以下の微生物にもなれぬ“何か”に陥るのだ。恥知らずの人間のほうが、まだ生命体としての価値がある喜びを知るがいい。
 無知が故に無恥の私は、香魂の文字の味を知るのに忙しない。子どもの胃の中に収めたかった言葉と出会って、噛み締めて飲み込んで、ようやく恥じらいを覚えたばかりだ。私のたましいに刻み込まねばならない言葉は、この世に至る所に溢れている。その言葉が今見えていないのは、ただ知らないだけだ愚か者よ。
            (250609 どうしてこの世界は)

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