雨音に抱擁された空気にピアノの音が響く。静かに、ただ静かに音色を奏でる。指先で新たな雨音を鳴らすように、指の腹で鍵盤を撫でていく。
別に誰が弾こうが構わないが、微かに煙草の匂いがするだろう。ビル・エヴァンスに憧れているんだとはにかみながら、鍵盤と足元に崩れ落ちた吸い殻を隠しきれずにいる。そんな人物が奏でるピアノの雨音の中にある一本の赤い糸を、私は探している。
銀に輝く数多の雨粒に紛れて、だらりと垂れている赤い糸はどこにある。ちょうど、私の首に括るぐらいの長さがいい。その赤い糸につられて、生きるも死ぬも糸次第の勝手さに生きていたい。
ただ導かれたいだけだ。大いなる存在が背景にない者の喉は非常にか弱く、どんなに声を振り絞っても相手の耳には届かない。いっそのこと、赤い糸に喉を締めつけられてしまいたい。誰も彼も自分にも、嫌というほどの絶叫を聞かせられるに違いない。
不愉快極まりないが、雨音がかき消してくれるから別に良いだろう。過去が重なり合って響く雨音なら、生命体の断末魔さえも自然な1/fゆらぎの音にしてくれる。
雨音を二重奏のパートナーにして、ひとときの演奏に酔いしれる演奏者は、ただピアノの鍵盤を叩けばいい。水分をよく含んだ白煙を喫みながらくつろげばいい。銀の雨粒に潜む赤い糸に括られた人間をてるてる坊主か何かと思って、視界の端で見ていればいい。その無関心さが私を救う。
(250611 雨音に包まれて)
6/11/2025, 12:38:28 PM